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第17話 射干玉色の君、語る

Side リュノワール


「リュノ?ぼぅっとしてどうしたの?熱でもあるの?」


アキに手招きをされたので少し腰を低くする。すると突然額を柔らかな手でぴたっと触られる。内心ドキッとしながらもそれを顔に出さないように平常を装う。

数秒後、手は離れた。もっと触れていてくれても良かったのだが。熱があればずっと触っていてくれたのだろうか?


「う~ん、熱はないみたいだね。良かった!」


ふわっと優しい笑みを浮かべるアキ。

あぁ、やっぱり熱がなくて良かったのか、と考え直す。こんな綺麗な笑みが見られるのなら熱なんて要らない。

本来マナの塊で身体を構成されている精霊が風邪をひくことなんてありはしない。人間のように脆く出来てはいないのだ。しかしこうして心配してくれるのが嬉しかったのであえて何も言わずにいることにした。心配させるのは良くないことだと分かっているはずなのに、態と言わないのは不誠実、だろうか?


「やっぱり調子が悪いの?大丈夫?つらいんなら今日はギルドに行くの、やめて此処に残る?二人だけだと色々と大変だろうし・・・。」

「・・・いや、平気だ。」


首を傾げてなんてかわいいことを言うのだろうこの子は。思わず首を縦に振ってしまうところだった。それがいけないことだと承知している。だが、調子が悪いふりをしてでも此処に留めたくなってしまった。

そんな思いを振り切って笑ってみせる。(リュノワールの場合、微笑)それでも不安な表情をしている彼女を安心させようとして、さらに彼女の髪を手で梳いてみる。今度こそ彼女は笑ってくれた。彼女が笑ってくれているだけでこちらまで幸せな気分になってくるから不思議だ。以前、アキと出会う前の自分だったら、こんなことは起こり得なかった。

この短時間で俺の何かが変わってしまったとでも言うのだろうか。



最近、こんなふうに自分の行動に不可解なことが沢山ある。



それはアキと出会ってから起こるようになった。

これまでも、あのときも人間に関わる気なんて一切なかった・・・はずだ。人間と契約するつもりなんて本当ならこれっぽっちもなかった。

実際彼女を川から救い出した後も特にこれといった心情の変化はなかった・・・はずだ。今になっても思い出せる。あの日は月が二つ輝いていた特別な日であったから、偶々彼女を助けただけだったと。これは断言できる。





最初。初めて彼女を視界に映したとき。息が止まるかと思った。

夜空に紛れることのない、純粋の黒。漆黒。・・・いや、鴉の濡れ羽色。ここまで綺麗な黒を見たのは、この生きている何千年という長い長い時の中で初めての出来事であった。

自分が闇を司る大精霊であるが故に、自分自身の存在が闇といっても過言ではない。常に漆黒は共にある。しかし自分の姿を見ようとすることなんてない上、それこそ大きな姿見でもなければ見ることは出来ない。身近にありすぎて、突然目の前に現れた黒の存在が逆に眩しかった。


彼女には漆黒の布が似合う。髪と同じ、闇色の服が。

月影から切り取った黒曜石の色の布は彼女のためだけに。


寝ている彼女はとても神秘的だった。

固く閉じられた目蓋の中を早く見たくて仕方がなかった。きっとこの中も漆黒なのだろう、と。今思えばこのときからもう彼女に興味を持ち始めていた。


目が覚めた彼女の瞳はやはり黒かった。それが何故だか無性に嬉しくて、とても愛おしく思えてきて。倒れそうになった彼女を支えたときにふわりと香った甘い匂い。強く抱きしめてしまえば一瞬で壊れてしまいそうな華奢な身体。

こんな弱そうな人間がこの森を無事に抜けられるわけがない。もし万一に抜けられたとしても魔物の餌になるのがオチだ。そんな弱弱しいなりをして、そんな必死な表情で一体誰を探しているのか。一生懸命になりすぎて自分の身体の状態も分からない。そんな彼女があまりにも儚く見えて、


放っておけなかったのだ。


『お願い。貴方の名前を教えてくれる?』


今だったら答えてあげることが出来る。自信を持って、『俺の名はリュノワールだ』と。


名前なんて何の意味がある?

そもそも名は自分自身を縛るもの。他人に知られればそれだけでこちらの命運が左右される。そんなものは一生必要ない。そう思っていたのに。


「リュノ?」

「・・・なんだ?」


名前を呼ばれることがこんなにも嬉しいことだとは思いもよらなかった。今ではアキに名を呼ばれただけで気分が高揚する。頬が緩む。心が温かくなる。そして何より、自分が此処に居る意味を見出すことが出来る。

名前がこんなに良いものだったとは。あとで他のやつらに自慢でもしてやろうか。



「せいれいはかぜをひいたりしないんだよ?アキ。」



そんなことを思っていると耳障りな甲高い声が部屋に響く。

その声の持ち主は俺から彼女を遮るように目の前を通り過ぎて、くるりとこちらに向き直る。ちょうどアキには見えない位置でこいつは癇に障るような嫌味な笑みを浮かべた。


「だからしんぱいする必要なんてないんだよ~?」


金色の瞳を細める。これ以上こちらを視界に入れたくないとでもいうふうに嫌悪感が溢れ出る表情を一瞬して、再び子供っぽい笑みを浮かべて彼女のほうを振り返る。さらりと揺れる真っ白な髪・・・いや、こいつの場合、白髪(しらが)で十分だ。


こいつは聖獣だ。たしか忌色崇拝の邪教集団の巣に居た。そこでは教祖と呼ばれていたが、所詮はお飾りであった。おそらくだがあいつらはアキを聖獣に食わせ生け贄にして、リクラシニアを呼び寄せるつもりだったのだろう。実際はそうはならなかったから良かったものの、もしアキを生け贄にしようものならあの村ごと破壊する気だったのだが。

こいつは死にかけてたところをアキに救われてから物凄い勢いで懐いて、ずっと後を追っかけまわしてくる。正直言って目障りだ。アキの周りをちょろちょろとうろついて、気安くアキの身体に触れる。もうなす術もなかったはずのところを彼女に助けてもらっただけでなく、こいつは生意気にも名前まで請う始末。気に入らなかった。何故か無性に腹が立った。

本当ならば、アキに俺以外の名前を呼んで欲しくなかった。アキは俺だけの名を呼んでくれてれば良かった。

背が低いのとまだ表情にあどけなさが残っているのとが相まって純真なお子様に見えるが、騙されてはいけない。聖獣こいつは年増腹黒だ。聖獣で言えばまだまだ子供だが、実際には三桁の年に突入しているはず。聖獣が空を羽根で飛行できるようになるにはそれくらいの年月が必要であると同時に、人型になるのも同じ月日を要する。


「え、そうなんだ?」

「うん!だから気にかけることなんてないんだからね。」


だからたとえこいつがどんなに子供っぽく振舞っていても、俺からしてみればわざとらしさしか感じられない。以前アキの前で本性を曝け出したことがあるが(第15話参照)アキにとっては些細なことだったのか、こいつとの接し方は全く以前と変わらなかった。あのときのことをなかったことにしているのか、素として受け止めているのかは俺にはわからない。まぁ俺としてはアキの記憶からこいつをなかったことにしたいのだが。半分冗談だ、なんて言わない。勿論言わずもがな全て本気だ。


「そっかぁ・・・でも風邪ひかないっていいことだよ。風をひくと頭痛だったり熱が出たりして苦しいから、ひかないに越したことはないしね?」

「そうなの?僕はかぜひいたことないからわからないなぁ・・・。」

「バカは風邪をひかないらしいな。・・・たしか人間の言葉でそんなのがあった。」


「くすっ、そんな迷信みたいなの本気で信じてるの?お前ってやっぱバカ?」


「・・・・・。」


やっぱり今すぐにでもこいつの存在ごと消し去ってやろうか。そんな考えが頭の中を過ぎる。いや、ここは何も考えずに消滅していればよかった、と後で後悔した。

アキとの契約がなかったら有無を言わさずに消していたものを。とりあえずここは無視しておく。またこいつの軽い挑発に乗ってアキの魔力を奪ってしまったら拙い。


基本的に人間と契約した精霊は契約者から本当に微量の魔力を貰いそれを糧として生きている。

例えば此処に魔物が一匹現れたとする。契約する以前だったら魔物に攻撃する際に純粋に自らの魔力を源とする。しかし契約者が存在した場合、攻撃する際に自然と契約者の首にある契約印が媒介となって契約者の魔力がこちらに送られてくる仕組みになっているのだ。契約者の魔力は自らの魔力に比べると質が良くて、攻撃は普段の二、三倍の威力になる。実際、以前魔物を倒したときに(第4話参照)影の威力が上がっていたのも確かだ。だから中級程度の精霊はやたら人間と契約したがるのだろう。俺くらいになると契約なんぞしなくとも十分な威力があるため、人間と契約するはおろか人間に会おうともしないやつらがほとんどだ。実際俺も少し前まではその括りにあった。


沈黙が続く。ふと視線を上げるとアキが居心地悪そうにしていた。目が合うと苦笑いをして目線を逸らされる。


物凄い衝撃が体中を走った。


(・・・アキに、視線を逸らされた・・・?もしかして嘘をついていたから、か?)



嫌われた?



「えっと、じゃあいってくるね?イルもあんまりリュノを苛めちゃだめだよ?」

「は~い!いってらっしゃい!」


優しくこいつの頭を撫でるアキ。それに対してご機嫌なこいつは両手を高らかに挙げて大げさに振っていた。何故か苛々が止まらない。先ほどまで暗いどん底にあるように気持ちが沈んでいたはずなのに変だ。いきなりアキを抱きしめたい衝動に駆られるが、先ほどの苦笑いしたアキの顔を思い出すと胸が痛んでどうしても行動に踏み出せなかった。


「・・・気をつけろ。」

「うん、いってきます。」


なんとか声を絞り出してこれだけは言えた。逆に言えばこれ以上は何も言えなかった、の方が正しいか。

アキはこちらを見て普段どおりの可愛らしい笑みを浮かべて頷く。一瞬アキは何も気にしていないのではないかと楽観的な考えが過ぎるが、それはないと冷静な自分が否定する。


ばたんっとドアが開く。アキの気配が宿屋の外に出るまで階段の近くに立って見送ってから部屋に戻った。ベットの上で偉そうに足を組んで、つまらなそうに口を尖らせながら寝転がっているこいつに目を向ける。アキがこの場にいないだけでここまでギスギスした雰囲気になるものなのか、と心の中で感心する。一瞬視線が交差したが、お互い嫌なものを見たような顔をして視線を逸らした。

この動作が先ほどのアキの表情を鮮明に浮かび上がらせる。



「・・・やはり最初から消しておけば良かったか。」



するりと口から滑り出す台詞。

こいつは動かない。一瞬の沈黙。


「・・・何?やるの?僕はいつでも良いよ?たとえ相手が闇を司る大精霊だったとしても、僕は負けない自信、あるし。」


そうすればアキを独り占め出来るしね。そう呟くとスッとベットから上半身を起こして顔に似合わない不敵な笑みを浮かべる。その途端じわりと濃厚な殺気が滲み出す。常人ならば容易く気絶してしまうほどのものだ。

聖を司る獣がこのような殺気を出しても良いものなのか。一応神聖な生物だったはずだが。


「・・・・・。」

「・・・・・。」


沈黙が続く。

すると突然殺気がふっと消える。こいつは小さくため息をつくと、何かに飽きたつまらなそうな表情で体を巻く包帯を弄り出した。どうやらやる気が急に失せたらしい。また少しの沈黙。


「・・・どうせ行くんでしょ?」


渋々と喉からひねり出したような低い声がベットから聞こえてくる。


「お前には関係のないことだ。」

「僕も行くから。」

「・・・勝手にしろ。」


それはこっちの台詞だとでも言いたげにこちらを睨んできたが、今はこいつを相手にしている暇が惜しい。早くアキの元へ行きたくて仕方がないのだ。そうこいつも思っているのかこれ以上口を開くことはなかった。


アキの元へ行くといっても彼女の傍に行くわけではない。彼女に危険が及ばないように遠くから見ているだけだ。出来れば傍に居たいがどうせ夕方になれば彼女は此処に帰ってくるのだし、焦る必要なんて何処にもない。契約した彼女とは一心同体も同然。彼女といられる時間はまだまだたくさんあるのだから。


「・・・・・。」


そういえば今朝、アキは俺を誰かと間違えていたみたいだ。たしか、カズちゃん、と呼んでいた。とても優しい声で。温かい笑みで。

たしかアキが探している相手もそういう名前だったような気がする。アキの表情や仕草でそいつのことをとても大切にしていることが分かる。俺に向ける笑みとはまた違った雰囲気。

このとき胸の辺りがキシと音を立てていたが、それが何なのか分からなかった。特に気にすることでもないだろうと思いこれ以上考えるのをやめる。そうしなければ腹の底から湧き上がってくる苛々が静まらないと思ったから。


―とんっ


床を、正確に言えば自らの影を片足で一回叩く。そこから波紋が広がって空間を作り、身体は自分自身の影に沈み込んでいく。これは自らの影と行きたい場所の影を繋げて一瞬で移動する魔術だ。因みに風の精霊と契約した、力のある人間がよく使う瞬間移動(ワープ)とは全く別物である。


すると左のほうから勢いよく窓が開く音が聞こえてくる。視線だけ動かすともうそこにあいつはいなかった。代わりに白い羽根が数枚舞っている。どうやら一足先にアキの元へ向かったようだ。俺もうかうかしていられない。


足元に黒に輝く幾何学的な模様が浮かぶと、周りの景色は一瞬で闇の中に溶け込んだ。





                             第17話 終わり


2012/1/22大幅に訂正しました。

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