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第16話 こんがり狐色、パンのお味は?

「ふぁあ・・・・・」


ふと目が覚めた。

今何時だろうと枕元に目をやるが、いつもならそこにあるはずのカエルの目覚まし時計は何処にもない。カエルの目覚まし時計は小学生の頃、(カズ)ちゃんにもらった誕生日プレゼントのひとつだ。まるっこいカエルのお腹部分に時計が埋められていて、何故かリアルな鳴き声で朝を教えてくれる。お気に入りの目覚まし時計だったはずなのに。


一体何処にいったんだろう?


「・・・アキ、おはよう。よく眠れたか?」


心地よく響く甘い声。誰かが微笑みながら私の前髪を弄っている。


「・・・・・かず、ちゃん?」



“なぁに、(アキ)ちゃん?”



あれ?何かがおかしい。

いつもならこう返してくれるはず。笑いながら朝だよって起こしに来てくれる。カエルの目覚ましがあるのに変なのって最初は思ってたけど、もう今となってはそれが日常となって起こしにきてくれるのが当たり前になってた。


どうして何も言ってくれないの?(カズ)ちゃん・・・?


「・・・・・アキ?」


・・・あれ?春ちゃんって私のこと、アキって呼び捨てに、してたっけ・・・?


「・・・寝惚けてる、のか?」


誰が?もしかして寝惚けているのは、私?


ふと視界が翳る。誰かが顔を近づけてくる。何のために・・・?


―ぱちっ


銀色が見えた。艶やかな銀色の髪がさらっと肩から零れ落ちて私の頬にかかる。

その銀色の持ち主は一瞬大きく目を見開いて素早く私の上から退いた。


「・・・リュノ・・・?」


小さく、呟くようにおはようと聞こえたので、おはようと返す。出来れば顔を見て言って欲しかったのだけれど、彼は後ろ向きのままで振り返ってはくれなかった。

内心首を傾げつつ起きるために上半身に力を入れる。しかし何かが邪魔していて起き上がれない。何気なく左のほうへ片手を這わせるとさらっとした髪に当たった。そこにはリュミイルが居て、がっしりと私の左腕に抱きついて静かな寝息を立てている。


(・・・たしかイルとは別々に寝たはず・・・。なんで此処にいるんだろ?寒かったのかな?)


この部屋にはベットが二つある。精霊は睡眠が必要ないらしいのでベットはありがたく二人、つまり私とリュミイルで使わせてもらうことにした。リュノワールはたしか寝る前は壁に寄りかかって目を閉じていた。リュミイルもきちんと私の寝ているところの反対側にあるベットで寝たはずだ。少なくとも私が寝る前までは。


「・・・ん、あさ・・・?」

「あ、ごめんね。起こしちゃった?イル。」

「アキ!おはよう!」

「うん、おはよう。」


最初は眠そうに目をこしこしと擦っていたが、こちらを視界に入れた途端ばっちり目を見開いて嬉しそうに顔を綻ばせた。とてもじゃないが寝起きの顔とは思えない。それに対して私はものすごい寝起きの顔をしているのだろう。

リュミイルが起きたことによって身体を起こすことが出来たので、洗面台まで行って顔を洗った。タオルで顔を拭いていると何気なく見上げた目の前の鏡に映る自分の姿に目を奪われる。見慣れた自分が、目と髪の色を変えただけでまるで別人に見えた。もうすっかりファンタジーの住人になってしまったかのように見える。元はファンタジーなんかとは縁遠い世界に居たはずなのに。


変な気分だ。



―春ちゃんは、こんな姿をしていても私だと、気づいてくれるのかな?










階段を使って下の階に下りると香ばしいにおいが鼻腔を刺激する。すごく良いにおいだ。先ほどまで全く空腹を感じていなかったのに、急にくぅっとお腹が騒ぎ出す。これまできちんとした食事を取っていなかった(主にリュノワールが何処からか取ってきた葡萄みたいな果物で済ましていた)、というより出来なかったのだけれど。久しぶりに文化的な料理のにおいを嗅いだ所為で普段以上に空腹感が胃を支配する。


「お早う。よく眠れたかい?」

「おはようございます。はい、ぐっすり眠れました。」

「そりゃあ良かった。ほら、ここにお座りなさいな。ちょうど朝食が出来上がったところなんだよ。サラ、料理を運んでおくれ。」

「はーい。おはよう、アキちゃん。」


指定されたテーブルに座ると、目の前においしそうなスープと焼きたての胡桃パン、それからサラダを置いてくれる。


「おはようございます、サラさん。」

「ふふっ、敬語はなしって昨日言ったじゃない。」

「あっ、すみま・・・ごめんね、サラ。」

「ふふ、いいわ。友達だから許すわ。」

「サラ!油売ってないで早く他のお客さんにも料理を運んで頂戴!」

「はーい!じゃ、また後でね。」

「うん、頑張って!」


こげ茶色の髪を翻して走っていった。そういえば昨日此処に来たときも夕飯時で忙しそうに走り回ってたのを思い出す。

サラは今私たちが泊まっている宿を経営している夫婦の一人娘兼看板娘。さらさらと揺れるこげ茶色の髪は腰まで長さがあるので、邪魔にならないように桃色のピン留めを×にして横に流して留めてある。優しい雰囲気の垂れ目は緑色で、鼻筋がすっと通っている美人さんだ。昨日からまだ一日も経っていないけれど、誰とでも気さくに話す彼女は私にとって気の置けない友人となりつつあった。

彼女は同い年くらいの友達が出来て嬉しいと言っていたけど、私自身も同じ気持ちだ。こちらに来てから同姓の人とあまり関わりがなかったように思える分、彼女との出会いはとても新鮮だった。


「ねえ、アキ。」

「ん?」


どうしたのかと思って、まだ椅子に座らないで突っ立っている二人に目を向ける。二人の表情は同様でどちらも何かに困惑しているようだった。私が案内されたのは長テーブルだったので横に並んで座るスペースは十分にある。それなのに何故二人は座ろうとしないのか不思議に思った。


「僕、アキのとなりにすわってもいい?」

「そんなの当たり前だよ。一緒に座ろう?ほら、リュノも。」

「あ、あぁ。」

「うん!!」


途端にぱぁああっと顔を輝かせて右隣に腰を下ろすリュミイルと、ほんの僅かにだが嬉しそうに口元を緩めて左隣に座るリュノワール。

どうして最初は座ろうとしなかったのか聞こうと思ったが、空腹には勝てずに先ずは腹ごしらえを優先することにする。こんなおいしそうな料理を目の前にしてお預けは流石に辛い。早くしてくれー、と胃が引き攣っているような気さえしてくる。


「じゃあ食べよっか。いただきます。」

「いただきまーす!」

「・・・頂きます。」


因みにこの世界には“いただきます”の習慣はない。食事の前に目を瞑って祈る人もいるらしいけれど、ほとんどの人は特に何もしないとリュノワールに以前聞いた。

二人が私の真似をして“いただきます”をしているのはどうやら私の為らしい。詳しい理由は分からないのだが、ちょっとだけリュミイルに聞いてみたところ「アキが喜ぶから」としか答えてくれなかった。このとき私の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだのは言うまでもない。もしかしたらあちらの世界では当たり前なことだったので、それがあると自分でも知らないうちに元の世界に触れている気がして安心できるのかもしれない。


「ん~おいしいっ!」


焼きたてだからか、外はパリッと香ばしくて中はふわふわ。今まで食べたパンの中で確実に上位に食い込む勢いのおいしさだ。胡桃も香ばしさに一味加わってなんともいえない絶妙な美味さが口の中を駆け巡る。思わずほぉっと感激のため息が出てしまった。

焼きたてのパンなんて元の世界でも滅多に食べることがなかった。うちの近くにパン屋さんがないというのもひとつの理由だったが、母がどちらかといえばご飯を好む。だからうちではあまりパンが出なかったというのが大部分だと思う。私自身はどちらも好きだけど、どちらかといえばパン派だ。将来は絶対パン屋さんの近くに家を構えるんだ、と小さい頃はしょっちゅう言っていた。そしたら決まって春ちゃんはこう言うのだ。『じゃあオレがパン屋さんを開けば、昼ちゃんはお隣だね。毎日オレが作ったパンを届けてあげるね。』と。


(小さい頃は嬉しくって何も考えずに返事してたけど、今考えてみると恐ろしい・・・。春ちゃんはきっと将来良い職業に就ける。それなのに・・・)


『うん!!じゃあわたしは毎日はるちゃんのおてつだいにいくね!』


(・・・私が知らず知らずのうちに春ちゃんの可能性を潰してたかもしれない、なんて・・・)


無知って恐ろしい。


今となっては彼が本気にしていないか心配だ。もうこんな昔のこと、彼は覚えてないのかもしれないけれど、もし覚えていたら大変だ。いや、おそらく覚えているだろう。彼の記憶力を馬鹿にしてはいけない。そして彼は言ったことは必ずやる。有言実行あるのみ。

早く彼を見つけて取り消さないと確実に彼はパン屋さんへの道を歩む。そんなの洒落にならない。


(拙い・・・っ!!)


「?アキ、顔色が少しわるいみたいだけど・・・だいじょうぶ?」

「あ、うん!大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだよ。」

「・・・無理、するなよ。」

「うん、ありがとうリュノ。」


止まっていたスプーンを動かす。

そういえばこれも以前聞いたのだが、リュノワールは食事を取らなくても大丈夫らしい。簡単に言えば精霊はマナの集まりが長い年月をかけて意思を持つようになったもの。その精霊自体を構成しているマナ自体がエネルギーの塊だから態々他からエネルギーを摂取する必要性はないんだとか。

でも、リュノワールは食事をする。

こちらのことを考えてくれているのだろう、と私は思っている。だって食事していない人の目の前で(たとえその人が食事という行為を不要だとしていても)自分だけおいしそうに食事するのは気が引けるでしょう?それにリュノワールも満更ではないみたいで、食事を楽しんでいる節がある。最初は食べ物なんて何でもいいだろう、と木の実やら固い木の皮みたいなものを取ってきてくれていた。けれどある時偶々葡萄のような果物を取ってきてくれた。そのときは嬉しくていつも以上に食べてしまい、それを見た彼は食事に興味を持ち始めたようだった。それ以降は林檎だったり野いちごだったりとおいしそうに見えるものを持ってきてくれて一緒に食事をするようになった。一人で食べるより二人、二人で食べるより三人。大勢で食べると普段は味気なく感じる食べ物もおいしく感じたりするものだ。だから私は、リュノワールが一緒に食事をしてくれるようになってすごく嬉しい。


「そういえばね、私この後ギルドってところにいってお仕事を探してみようかと思うんだけど、どうかな?」

「行くのは構わないが、着いていくからな。」

「僕もいくー!!」


元気よく片手を挙げるリュミイル。リュノワールも行く気満々のようだ。

たしかに二人とも一緒に着いてきてもらったほうが心強いかもしれないけれど、今まで迷惑たくさんかけた分休んでいて欲しい。きっと二人がいると私は無意識にも頼ってしまう。


「えっと、ごめんね。ひとりで行ってみたいんだ。二人は宿でゆっくりしていて。」


申し訳なく思いながらもはっきりと告げる。すると以外にもあっさりと二人は頷いた。

拍子抜けだ。いや、これでいいはずなのだけれど少しだけ寂しいような気分になったのは気のせいだと思いたい。それは私がそれだけ二人に依存しているということだ。


すぎた依存は己の身を滅ぼすし、相手の身も滅ぼすことになりかねない。


「ありがとう二人とも。お金が稼げたらお土産買ってくるからね!」

「うん!!僕、おりこうにしてまってるね!!」

「・・・なるべく早く帰って来い。」


このとき私は少しでも疑うべきだった。

何故二人がすんなりと頷いたのか、疑問に持つべきだった。これまでの行動をよく見てれば、少し考えれば分かるはずだったのに。



二人が簡単に私から離れるわけがないって。







                          第16話 終わり


サラ「お母さん、エリーって一体誰!?」

母「・・・知ってしまったのかい。実はね、あたしは幽霊が見えるんだよ。ほら、今もお前の横にみつあみの女の子のエリーが・・・」

サラ「いやぁぁああああああああああああああああっ!!」


ごめんなさいm(__)m

サラの母親の台詞でサラのことを”エリー”と呼んでいた箇所がありましたので訂正しました。

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