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第15話 夕日色のふたつのビー玉

今日も空は快晴。

リュミイルの上質の織物のような真っ白な毛が、柔らかい風がすっと頬を撫でていく。何度も言うがリュミイルの毛並みは最高だ。いつまでも触っていたくなる魅惑のふもふも。空の上というだけあって眺めが良い上に居心地も最高。それに空の上だというのに寒さは全くといって良いほど感じない。風を少なからず感じているはずなのに。


(そういえば以前これと同じ現象をリュノワールの腕の中で体験したことがあったっけ。あれと同じようなものなのかな?)


こんなに気持ちの良い空の散歩だというのに寒さで体が凍えてしまうよりかずっとマシだ。もしそうだったならこうして貴重な空中からの眺めを一望する余裕もないだろう。凍え死なないように身を守ることで精一杯だ、多分。


「ねぇイル、聞こえる?」

《うん、聞こえるよ。どうしたの?》

「首都の近くまで飛んでいくことは出来る?首都に行きたいんだけど・・・地理はさっぱりで」


ぽんぽんと一定のリズムで優しくリュミイルの毛並みを撫でる。それがお気に召したのか、イルは気持ち良さそうに目を細める。


《分かった、じゃあこのまま首都まで行くね!》


今まで向かっていた方向から少し左に軌道が変わる。どうやら全く違う方向に進んでいたわけではなかったらしい。内心ほっと息をつく。

それから力を抜いてイルの背に額を押し付ける。くるっと反転した視界が白と黒と水色に彩られる。黒が視界の端に渦巻くように在り、そこから白が上に伸びていきスッと映える。その背景には所々白が塗してある一面水色の世界。とても綺麗だと思った。でも一番下にある黒がその背景をどんどん侵食していきそうで、何故か少しだけ怖くなった。

黒が視界に入らないように無意識のうちに髪を後ろに流す。


「・・・・・。」


(黒が怖い・・・なんて、考えたこと、今まで一度もなかったのに・・・。きっと慣れないことばかりで情緒不安定になってるんだ。早くこっちに慣れないといけないなぁ・・・。首都で少しこの世界のことについて勉強でもしようかな・・・)


しかし勉強ばかりしてるわけにもいかない。何かしらでお金も稼がなければいけないし、宿も探さなくてはならない。今は何もやることがないけど、着いたらやることがありすぎててんてこ舞いになりそうだ。その間、ここまで頑張ってくれたリュミイルとリュノワールには休んでいてもらおう。何もしていない私がやるべきことだ。二人には感謝してもし尽くせないし何かを返せるわけでもないがその分精一杯頑張ろうと思う。


体を起こしグッと拳を握って気合を入れる。

それにリュミイルの服もきちんとしたものを買ってあげたいし、私ももう少し動きやすいものを調達したい。貰ったものだから大事に使わせてはもらうが、動けばふわりと舞い上がるワンピースは元の世界ならまだしもこっちの世界での普段着には絶対向いていない。


(・・・そういえばあの人、何処にいったんだろう?)


リクラシニアの伝道師であの青年。気がつけばいつの間にかいなくなっていたのを思い出す。結果的には仲たがい?のような形で分かれてしまったが、実際のところあの青年には感謝している。水をかけられて気絶していたときも、服がなくて困っていたときも助けてくれたのはあの人だった。

そしてその青年を追いかけて首都へ向かったランとリッくんと呼ばれていた青年の二人。首都にまだ二人は居るだろうか。もし会えたら御礼が言いたい。あの時はあまり話も出来ずにお別れしてしまった。


(でもあの二人は忙しいから会えたとしてもまたあまり話せないまま別れることになりそう・・・。それに私が御礼出来る事なんて少ないし・・・)


いつになるかは分からないけど彼らとゆっくりお話してみたい。ランとリュミイルは何処か似ているからきっと仲良くなるだろう。リュノワールもリッくんと呼ばれている青年となら気が合いそうだ。


(あ、でもリュノはべたべたされるの、嫌いだったんだっけ・・・。彼とだったら合いそうな気もするんだけどなぁ。)


『・・・アキ。』


急に頭の中にリュノワールの声が響く。いきなりだったので少し驚きながら返事をする。


(どうしたの?)

『首都に入る前にその髪と目をどうにかしなければならないだろう。』

(あっ、そっか。)


私の髪と目は黒。リュノワールの髪も黒。

つい忘れてしまっていたが、この世界で黒はあまり良い印象を持っていない。不幸、不運、不吉、死を招く災いの元。そんな色を宿している私たちが街をただ歩いているだけでかっこうの的になることは前の町で身をもって知った。あんな体験はもう二度としたくないし、リュノワールにもしてほしくない。

でも彼は一体どうする気なのだろうか。何かを被って隠すにも私たちの手元には何もないし、色を染めるにしてもここは異世界だ。こっちでいう髪染めがあるのか怪しい。ましてやカラーコンタクトなんてありそうもない。


『・・・ふっ、心配するな。俺が魔術で染めてやる。』


と不安が伝わってしまったのか、安心させるように今まで後ろをついてくるだけだった彼が私の真横に並ぶ。

美しい漆黒の髪が後ろに揺られているのを目に留めると、これを染めてしまうのは勿体ないなぁと思わずにはいられない。それに外見が少しでも変わってしまっただけで全くの別人に見えてしまうこともある。リュノワールがリュノワールじゃなくなってしまいそうで、やはり彼の髪を染めるのには抵抗を感じる。


「それって色をすぐに落とすことはできるの?」


ついぽろっと口から出てきてしまったその言葉に彼は肯定する。


「あぁ。俺が許可すればいつでも元の色に戻すことは可能だ。・・・それから光が当たり続けているとだんだん効果が薄れていく可能性がある。」

「えっと、リュノが闇の精霊さんだから?」


よくあるRPGの定番だ。闇と光は対をなす。だから光は闇に強いけどそれが弱点でもあって、闇も光には弱いけど唯一光に対抗できるのが闇。その知識がこの世界に当てはまるかどうかはともかく、なんとなく勢いで口走ってしまった。だがそれは当たっていたようで首が縦に振られる。それから「よく出来ました」とでもいう風に頭を撫でられる。少し恥ずかしいけど、何故かちょっとだけ嬉しかった。


不意にぐんっとリュノワールとの距離が開く。突然だったので体のバランスを崩して少しだけ傾いたが、落ちないようにすぐに立て直してリュミイルにつかまる。同時に頭から彼の温かくて大きな手が離れてしまう。ちょっと残念だ。


そんなことを何気なく思っていると唸り声が下から聞こえてきた。リュミイルが威嚇し始めたのだ。近くに敵でもいるのだろうか。少し心配になってくる。


―グルルルルルルルル・・・


「イル?どうかしたの?」


緊張を感じてさ迷った片手がほとんど無意識にリュミイルの頭を撫でた。するとすぐに威嚇は止まり、今度は逆に甘えたような可愛い声を出して頭をすり寄せてくる。敵が近くにいるから威嚇していたわけではなさそうだ。

空を飛ぶ魔物にはまだ出くわしていないがいるものと考えて行動したほうがいい。何事も想定しておけば対処も遅れずに済むし、何かあってからでは遅すぎる。・・・かといって自分ひとりで対処できるかと言われれば別問題なのだけど。


『・・・・・・。』

(・・・リュノ?)


黙り込んでしまったリュノワールが心配で彼のほうを振り返る。しかし少し離れたところにいる彼の表情はここから見える限り、あまり機嫌が良さそうには見えない。先ほどは笑っていたので機嫌が直ったのかと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。


(・・・やっぱりこうして私といるの、無理しているのかな・・・。)


不安が胸をついて少しだけ痛みを感じた。


『・・・とりあえず首都に着く前に染める必要がある。そこにつく手前で下に降りる。・・・そう伝えてくれ。』

(・・・・・。)

『・・・・・アキ?』

(えっ、あっ・・・うん。分かったよ。)


少し考え事をしているうちに何か話しかけられていたようだ。全く聞いてなかった。それを見通したようにリュノワールは意地の悪い笑みを浮かべる。


『何が分かったんだ?』

(・・・・・ごめんなさい。もう一度お願いします・・・)


頭を垂れて謝ると心なしか楽しげな笑い声が響く。何で笑われたのだろう。謝り方、間違っていたかな?


『ふふっ・・・悪かった。・・・聞いていたんだろう、犬。首都の一歩手前だ。』

《犬・・・?誰のことを言ってるの?語彙が乏しいからそういう貧弱な言い回ししかできないんだ。ほんっと、何千年って生きてるのに頭悪い奴って、そこら辺の浅知恵持ってる人間以上に使えない。》


・・・あれ?


一瞬誰だか分からない台詞が聞こえたような。


《あっ、勿論アキはそこら辺の人間とは一緒じゃないからね!特別だから!・・・・・それにさ、いちいち人の恋路、邪魔しないでもらえる?部下のコシュタ・バワーにでも蹴られて死ね。》

『部下?アンデットを闇と同じだと・・・?履き違えるな、犬。お前も光属性の端くれならそのくらい常識だろう?・・・何か、それとも本気で間違えたのか?やはり犬は所詮ただの馬鹿犬か。』

《そこらの聖獣と一緒にしないでもらえる?わざと言ってることぐらい分かれよ。お前、ほんとバカ?それでも闇の帝王なの?信じられない。まだ光の帝王のほうが幾分かマシだよ。》

『黙れ。犬ごときが俺に噛み付くとは・・・・いい度胸だ。闇の帝王の名が伊達ではないこと、その身で確かめてみるか・・・?』

《仮にも闇の帝王がそこら辺の犬ごときに本気になってどうすんの?この大陸諸共破壊する気?》

『自惚れるな。犬が。』


首がいきなり熱を持ち始める。じわりとそこから体中を侵食していくように熱が広がる。その熱はどんどん増していき、どういう原理か体から少しずつ力が抜けている。


「・・・?」


《あ、バ、バカ!アキの魔力がお前に吸い取られていってるって!!》

『!!!・・・すまない。アキ。・・・お前に負荷をかけるつもりはなかった。・・・辛くはないか?』


徐々に熱が引いていく。一体なんだったのだろう?

リュノワールが心配そうに近づいてきて顔を覗き込む。特になんともないので心配かけないようにと笑顔で答える。


「大丈夫。ちょっと体が熱くなっただけだし、これくらい平気だよ?」

《アキ、ほんとうにだいじょうぶ?無理、してない?》

「うん!心配してくれてありがとう、イル」


安心できるようぎゅっと力強く、だけど優しくリュミイルを抱きしめる。ふわっと毛先が頬を撫でて少しくすぐったい。


「・・・本当にすまない・・・。せめて首都に着くまでの間、休んでいるといい。魔力は体を休めれば自然に回復する。」

「本当に大丈夫だよ?全然疲れてないから。それにずっと飛びっぱなしのリュノとイルのほうが疲れているんじゃ・・・」


リュノワールが私の頭に手を置いた。その瞬間、一気に眠気が襲い掛かってくる。今まで全く眠くなかったのにいきなり眠気が襲ってくるなんて変な話だ。直感的に分かった。


(・・・これ、リュノの魔術だ・・・)


《着いたら起こすからね。それまでおやすみ。アキ。》













                       ♪













・・・・・・・・・キ、ア・・・・・アキ・・・・つ・・・よ・・・・・


《アキ、ついたよ!!》

「・・・よく眠れたか・・・?」


(あ。・・・そうだった。私、リュノに眠らされて・・・・・)


「・・・うん。おはよう、二人とも。」

「おはよう。」

《うん、おはよう!!顔色良くなってよかった!!》

「?顔色、そんなに悪かったの?」


二人して同時に縦に首を振る。

特に気分が悪かったわけでも疲れていたわけでもなかったはず。それなのに何故そこまで顔色が悪かったのか。


(自分じゃ分からなかっただけで疲れが溜まっていたのかな・・・?)


そういえばいつの間にか地に足をついていたようだ。私が乗っていてはリュミイルが元に戻れない。急いで降りようとする。

しかし焦って降りようとした所為か片足が引っかかってバランスを崩してしまう。体が意識とは無関係に傾く。


「あっ」


地面に激突して襲ってくるはずの衝撃はいくら待っても来なかった。


「・・・大丈夫か?」

「ぁ・・・リュノ」


お互いの吐息が聞こえてくるくらい顔が近い。本当に綺麗な銀色の瞳。雪のように白い肌。漆黒の闇をそのまま体現したような艶やかな髪。


「・・・アキ・・・」


頬に手を重ねられる。何処か切ない表情を浮かべているリュノワールを見つめていると何故か鼓動が高鳴った。そして視界がぶれる。


「?」

「アキ!!怪我してない!?何もされてない!?」


気がつけば今度はリュミイルに抱きしめられていた。いつの間にか人型に戻っていたようだ。


「大丈夫だよ。ってあれ?何もされてないって?」


意図が読めずに首を傾げる。しかしリュミイルは特に気にした風もなく「なんでもない!」と抱きしめている腕に力を入れる。それにしても細い腕の何処にこんな力が・・・。


「ちょ、イル、少し苦しい・・・」

「あっ!!ごめんねアキ!!」


ぱっと離されてよろけたところをリュミイルがまた腕を引いてくれる。引き寄せられてなんとかバランスを保った。御礼を言うと嬉しそうに顔を綻ばせる。

不意にリュノワールのこちらに伸ばされた手が視界に入る。手持ち無沙汰のように開いたり閉じたりとして、顔は全くの無表情だった。


「・・・えっと・・・リュノ?どうかした・・・?」

「・・・・・いや・・・なんでも、ない。」


表情を覗き込むとばっと顔を背けられた。


「・・・それより早くしなければ首都に入れないうちに日が暮れる。」

「あっ・・・そうだね。」


リュノワールは何かを呟く。すると彼の髪が一気に目の色と同じ銀色に染まった。不思議と銀色の髪も彼の雰囲気にぴったり合っていた。少し安心する。リュノワールはリュノワールのままだった。


「・・・アキはどうする?」

「え?」

「色だ。・・・髪と目を何色にするか、だ。」


全く考えていなかった。それにこれにして欲しいという色もない。


「えっと・・・・特に希望はないんだけど・・・おまかせにしてもいい?」

「ふっ・・・あぁ。目を瞑れ。」


片手を頭に、もう片方を両目の上に置かれる。

それから一瞬だけ首が熱くなる。


「・・・もういいぞ」


声と同時に頭と目に置かれていた手が離される。目を開ける。特に何か変わった様子はない。髪を手に持って横目で見てみるとリュノワールと同じ銀色の輝きが目に映った。それを見た途端無性に嬉しくなってしまった。


「っ!ありがとう、リュノ!!」


自然と満面の笑みが浮かぶ。すると何故かまた彼は顔を背けてしまった。どうしてだろう。

そして入れ替わるように目の前にリュミイルが来る。


「うっわぁ・・・アキの目の色、夕日みたい・・・。すっごい綺麗・・・」


きらきらと目を輝かせてうっとりと呟く。

夕日の色の瞳。それを聞いてちょっと温かい気持ちになる。リュノワールに任せてよかったと心の中からそう思った。


「じゃあいこっか」

「うん!!」


こうして私たちはやっと首都にたどり着いた。といっても私はほとんど寝ていたんだけれども・・・。


これからは私も頑張らなくては。そう心に決めて首都へと足を踏み入れたのだった。






                             第15話 終わり


コシュタ・バワー:デュラハンが乗っている馬車につながれた首なし馬のこと


いつの間にかお気に入り件数が増えていて驚いています。

いつも読んでくださっている方々、本当にありがとうごいます!

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