第11話 ハグ+?=金色
時が経つのは早いですね~。もう半年終わってしまいました;;
あと約半年で受験が・・・センターが・・・orz(ガクガクブルブル
あ、第11話更新です。
体中の感覚を通して伝わってくる聖獣の温かさは紛れもない彼自身の温かさ。
顔が余裕で埋まるくらい長い黒毛は見た目ごわごわしている・・・かと思いきや全くその正反対、ふわふわのさらさらだった。思わず目を閉じてうっとりと時を忘れてしまうところだったのは、私の心の中に仕舞っておくとする。
腹部に当たっているひんやりと湿った鼻の頭からはじんわりと冷たさを感じる。その冷たさはまるで聖獣の心が冷え切ってしまったかのような錯覚に陥らせる。いや、錯覚などではない。正に今、彼の心は冷え切っている。時折頭の中に響いてくる彼の声音は苦しみの色だけではなかった。そう、何処か寂しそうだった。
近づかないで。殺してしまうから。
だけど本当は近づいて欲しい。寂しいから。
でも近づかないで。やっぱり殺してしまうから。
怖いから前を見ることが出来ない。
でも前を見ないと誰かにぶつかってしまうかもしれないし、池に落っこちてしまうかもしれない。顔を上げればそこにはもう世界が広がっているのに見ようとしない。
今のままがいい。今のままでいい。
ずっとこのまま。
(・・・それが貴方にとっての平行線。分かるよ。其処から出なければずっと平和が続くから。だから安全で安心。この状態が一番楽。・・・でもこのままじゃずっと其処に、暗いところに閉じ込められたままなんだよ?)
前を見ないことが悪いことだとは言わない。
だって私も前を見ていないうちの一人だと自覚してるから。でも前を見ないと何処にも行けないことを知ってる。顔を上げないでいると、いつの間にか気がつかないうちに自分の立っている場所が何処か分からなくなるんだ。
「此処は何処?・・・あれ?私って、一体今何処に立っているんだろう?」
そう呟いて周りを見回してから自分の立ち位置を把握するのでは遅い。
自分の周りを黒で固められて足元はぐらぐらと不安定。自分が今浮いているのか沈んでいるのか立っているのか座っているのかしゃがんでいるのか全く分からない。もし自分の体を黒で塗りつぶされてしまったらきっとそうなるだろう。周りの黒と同化して何も見えなくなってしまっているのだから。そして当たり前のことに鏡でもなければ自分の顔を見ることも出来ない。
実質上、其処には何もないことになる。
前を向かなくても見えることは勿論ある。だけど前を見ないと見えないものも当然沢山あるのだ。自分の足元だけを見つめていても足元しか見えないけど、前を向けば視界が開けて色んなものが見えるようになるはずだ。
もし周りが黒塗りになっていたとしても、誰かが教えてあげれば、道を示してあげれば、その人の世界は少しずつ変わっていけるかもしれない。立ち位置を気づかせてあげればまだ戻れるかもしれない。彼だって。
「ね、聖獣さん。私、殺されてないよ?こんなに近づいているのに。」
返事はない。だけど続ける。
「もしかして貴方は人を一人も殺していないんじゃないかな?だって貴方からはそういうにおいはしない。太陽の、ぽかぽかの温かいにおいがする。」
―びくっ
聖獣が一瞬体を揺らす。毛に埋めていた顔を上げて彼の瞳を見つめると、その無機質な目の中でもゆらゆらと光が揺れているように感じた。
私の声がきちんと彼に届いている証拠。続ける。
「それにさっきからずっと貴方は叫んでいたよね。殺したくないから近づかないでって。それって、まだそういう優しい気持ちがあるってことなんじゃないのかなぁって。・・・近づいても殺さないのは、貴方がまだ堕ちてない証拠。」
薄々感じていた違和感は多分これ。
聖獣はまだ堕ちてない。堕ちてるけど、まだ本当の意味で堕ちていない。確実にそう言い切れる(何をより所にして確信したのか自分の中でも疑問だが)自信があった。
冷たい、無機質な壁の向こう側にある彼の残った心。それは諦めとほんの一握りの悲しみ。だから彼が威嚇して唸っているのにピリピリとした雰囲気が全く感じられなかったのにも頷ける。本来ならば恐らく、推測でしかないがそういう気持ちが一切消えてしまうのだろう。しかし不思議なことにマイナスな気持ちが残ってしまった彼の場合、それがたとえマイナスだったとしても彼の気持ちが残ったことに変わりはなく、それが“堕ちた聖獣”である自らのブレーキとなった。
その残った気持ちがあるが故に苦しんでいる。だから残らないほうが良かった。
その残った気持ちがあるから一歩手前で止められる。だから残って良かった。
でもそれが彼にとって不幸なのか幸いなのか私には分からない。実際彼はこうして苦しんでいるのだから。でも、もしかしたら彼も希望を見出していたのではないだろうか。諦めの中にあった悲しみは多分、希望の裏返し。元は希望だったものが時間が経つにつれて悲しみに染まっていってしまった。
そんなのは、悲しすぎる。つらすぎる。
「・・・もう戻ろう?」
無意識のうちにぎゅっと腕に力がこもる。彼の体が小刻みに震えていたから。もしかしたら泣いているのかもしれなかった。
そして次の瞬間、
「!?」
一瞬眩しい光が私の目の前を真っ白に染め上げる。眩しくて反射的に目を閉じてしまったが、そのときに微かにリュノワールが私を呼んでいる声が聞こえたような気がした。
目を瞑ってからどれくらい経ったのだろう。実質そんなに時間は経っていない。せいぜい長くて5分程度だろう。けれど今この場が沈黙に包まれている所為か、私にはとても長い時間経ったように思えた。
(一体、何が起こったんだろう・・・?急に目の前が光って、それから・・・・・?)
状況把握をしようとして目を開けようとしたとき、ふと全身に温もりを感じた。まるで自分と誰かが密着しているような・・・。たしかに聖獣を抱きしめていたからそれは当たり前のことなのだが、あの気持ちよかったふもふも感がなくなっていることに違和感を覚えずにはいられない。腹部に当たっていたひんやりと湿った鼻もなくなっているようだ。何かがおかしい。
―ぎゅっ
「えっ!?」
そんなことを思っていると誰かの腕が背中にまわされ、優しく抱きしめられる。驚いてつい目を開く。
私の目の前を覆っていたのは誰かの首筋にふんわりとかかっている真っ白な髪の毛だった。此処は光が入ってこないはずなのにその髪は艶々と輝いていて、所謂天使の輪が綺麗に出来ていた。純白に輝くその髪はきっと絹のようにさらさらなのだろう。そしてその下にある首筋は雪のように真っ白で、まるで生まれてから一度も日に当たっていないような・・・
(ってあれ?こんなこと前にも思ったような・・・。)
私を抱きしめている誰かが肩に押し付けていた顔を上げる。さらっと白い髪が視界を通り過ぎるのに目を奪われていると、いつの間にか目の前には無邪気に笑みを浮かべている少年の顔があった。思わず息を呑む。
髪の色は純白、目の色は黄金と全く違うが、間違いなくこの少年は聖獣が現れる前に台座に座っていた教祖様と呼ばれる少年に相違ない。あのときの無表情は一体何処へ行ってしまったんだと叫びたくなるくらい表情に溢れていて、太陽の光のような黄金の瞳は間違いなく私を見ていた。唯映しているだけではなく、きちんと見ている。
まるっきり別人だ。
開いた口が塞がらない、とはこういう時のことを指すのだろうか。
私が呆気にとられているのを見てか、少年は面白そうにニコッと笑う。それから何を思ったのか急に少年の顔が接近してきて、驚く暇もなく視界が真っ暗になった。真っ白になったり真っ黒になったりと忙しい私の目はそろそろ疲労してきているのか、私には彼の黄金の瞳が至極至近距離にあるように見える。もう本当にあと数ミリで睫毛がくっついてしまうのではないか、というくらいに。ふとそのことに疑問を覚える。
(すごい・・・吸い込まれそうに綺麗な瞳・・・。あれ?でも何でこんなに接近されているん・・・!!?)
「!!?・・・―んんッ!?」
気がつけば口を何か柔らかいもので塞がれていた。息が出来ない。苦しくてそれから逃れたくても、少年の腕が背中に回っているため後ろに体を引くことが出来ない。大人しくそのままでいるしかなかった。
「むぅ・・・―プハッ。・・・はぁ、はぁ・・・いきなり、一体・・・ッ////」
数十秒間とかなり長い間そのままの状態が続き、やっと塞がれていたものがなくなり開放される。本当に窒息するかと思った。
そうしてようやく脳に酸素が回り働くようになった頭で、自分が今目の前の少年に何をされていたのか理解した。目の前の少年も息を少し乱しながら頬をほんのり赤くして、潤んだ瞳でこちらを見つめている。勿論私の顔も真っ赤で、脳みそが沸騰してしまうんじゃないかというくらい熱い。軽くオーバーヒートを起こしそうな勢いだ。
(・・・キス、された・・・////)
しかもファーストキスだった。正真正銘の、生まれて初めての接吻。
それだというのに目の前の少年は悪びれる様子もなく、それどころか何故か嬉しそうに無邪気に笑みを浮かべている。でも、不思議と怒りが湧いてくることはなかった。苦しかったけど、特別嫌なわけでもなかった。
唯、何か腑に落ちないような感情がさらりと手のひらから零れ落ちていった気がした。
「あき。・・・あき、だよね?」
「え?あ、うん。そうだよ。」
ぽつりと呟く少年の言葉に頷くと、ぱあっと顔を今以上に輝かせる。心なしか背中に回されている腕の力が強くなる。それから堰を切ったように私の名前(+愛?)を叫び始めた。
「あきっ!あき、あきっ。あき大好き!!」
「へ?////」
「もう大好き!一番好き!!この世で一番大好き!!好き好き好き!!あきだぁいすき!!」
―むぎゅうっ
「えっ、えっ!?////」
何だろうこの状況。
あまりに唐突過ぎてよく理解できない。恥ずかしすぎてもう顔とは言わず体中までもが熱い。まるで50度の熱湯風呂に入っているような感覚。熱すぎてどうにかなってしまいそうだ。
自分にここまでこういうことに対する耐性がなかったとは全く知らなかった。未知なる発見だ。とか地味に喜んでいる場合でもなく、その間にも少年の告白はずっと続いている。
「好き~好き好き!!あきっ、あき!好きだよ!大好き!!すごく好き!!」
(えっと・・・これってもしかしてエンドレス・・・?・・・ってこうして聞いてるとやっぱり恥ずかしくなってくる////)
「あの、さ」
このままでは永遠に終わらないのではないかと危惧した私は勇気を出して声をかけてみた。すると驚くほどにぴたっと言葉の羅列が止まり、きらきらした目でこちらを見つめてくる。どうやら全くこちらを気にしないで言っていたわけではないらしい。かわいらしく首を傾げるその姿は少しだけランと似ている。率直に言えば、目茶苦茶かわいいのである。頬が緩んでしまった私は悪くない。
「あのね、その気持ちはとっても嬉しいけど、そんなに言葉に出して言うことじゃないと思うんだ。そういう言葉は本当に大事な人が出来たときのためにとっておくの。その方が言われた人はきっと嬉しいと思うよ。・・・ね?」
きょとん、と何を言っているのか一瞬理解出来ていなそうな表情をしたが、また再びニコッと笑う。人懐こい子犬みたいな顔をして、もし尻尾があったらふりふりと振っているのだろうなぁと思いながら少年の顔を見つめる。
なんかもう、ものすごくかわいかった。
と急に誰かに後ろから羽交い絞めにされて少年から無理やり引き剥がされ、そのまま後ろに引きずられて少年と距離をとる。
「大丈夫か、アキ。」
「あ、リュノ!うん、大丈夫だよ。ありがとう。」
上を向くと見知った銀色の瞳とぶつかる。心なしかいつもより無表情のような気がした。何でだろう・・・?背後から肩に回された腕はがっちりとしていて梃子でも動きそうにない。少しおかしいなって思う。普段なら恐らくこんなに強くしないのに。気を使ってくれているのか、抱っこしてくれるときもここまできつく腕を回してこない。それにリュノワールはこうやってべたべたするのが好きじゃなかったはず。・・・なのに何故?
そして一人取り残された少年は今一体何が起こったのか分からずにぼけーっとしていた。しかしその数秒後、私を視界に入れた途端に輝かせてこちらに駆け寄ってくる。
「あきっ!!」
「近づくなガキ。お前、殺す。」
それに対して物騒な言葉を吐きながら足元の影を揺らしているリュノワールの言葉に本気の意がうかがえたのは、決して気のせいなんかではない。何故怒っているのかは置いとくとして、せっかく元に戻った聖獣を見て殺意が芽生えたというのは何処か変な話だろう。リュノワールだって聖獣に元に戻って欲しかったはずなのに。
(最近リュノの行動が色々と謎だなぁ・・・。)
そんなことを思っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。埃まみれの金髪を片手でぱさぱさと払いながら上半身を起こす。
「ん・・・うーん・・・なんだろう・・・すごく騒がしいよ・・・。」
「ラン、大丈夫か?」
「うん☆超大丈夫!リッくんがボクを心配してくれるなんて、うっれしいなぁ♪」
「これ以上頭やられても一緒に行動してる俺が困るだけだからな。」
「なんて世知辛い世の中なんだろう。リッくん、頭蓋骨から脳みそだして柔軟体操でもやったら?そうすれば少しは来世ではましになるかも」
「暗に俺に死ねと・・・?」
「まっさかぁ~!ボクがそんなひどいこと言うはずないじゃん!」
「あぁもうお前と話してるとマジで狂う。怪我人の分際で。少し黙ってろ。」
独特のリズムで話す声。どうやら私たちが騒がしかったためランが目覚めてしまったらしい。あれだけ強く地面に叩きつけられたというのに、見たところ怪我といった怪我はなさそうなのでほっと一安心。
で、現状に目を向ける。
「・・・えっと・・・二人とも、離してくれるとすごく助かるん、だけど・・・なぁ・・・」
前からは少年が、後ろからはリュノワールが腕を回していて、とてもじゃないが身動きが取れる状態ではなかった。もうなんだか色々と慣れてきて、恥ずかしさとかそういったものが色々とこの短時間で何処かにぶっ飛んでいった気がする。どうやら適応能力凄まじくあるらしかった。
第11話 終わり