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第10話 聖と魔混ざりて黒橡色となる

お気に入り件数が思った以上に増えていて驚きました@@

この調子で頑張っていきたいと思います!


第10話更新です。


「お前、仕事内容きちんと覚えてんのか?」

「今のは流石のボクでも怒っちゃうよ~!!すっごく簡単だったからちゃんと覚えてるもん!ボクの仕事は斧を振り回すこと!」

「お前の頭は一年中お花畑か!?」

「だとすればリッくんは雪山だね。四六時中頭の中吹雪いてる「黙れこの大馬鹿ド阿呆が」


今一瞬、青年の言葉ともにブリザードが吹き荒んだような・・・。いや、気のせいではない。絶対今ブリザードがこの場を通り過ぎた。その証拠に、それを直に浴びたランは顔を真っ青にして体を震わせているのだから。

花畑に急に雪が降ってきたら、花にとっては一溜まりもないことだろう。きっと抗うことも出来ずなす術もなく、あっという間に茎の芯まで凍り付いてしまうのだ。今のランのように。


(ん?ってことは・・・つまり、あのリッくんって呼ばれてる男の子>ランってことになるのかな?)


概ねそういうことになる。

細かく訂正するとすればイコールが入って青年≧ランになるのだが。青年がランを口で黙らせることが出来るように、いざとなったらランも力で青年を黙らせることが出来る。二人が微妙に間を保っていられるのは二人の(ある意味での)パワーバランスが絶妙な均衡を保ち続けているから。ただやはり雪と花では雪のほうが強いらしく、青年≧ランとなっているようだ。といっても、本人たちにとってはどうでもいいことにすぎず、青年≦ランだろうが、青年<ランであろうがどちらでも構わないのだ。


「だって~、そう言ってたんだよ!フィガロが“あ?お前の仕事だぁ?そんなの肉体労働に決まってるだろうが!!筋肉の友よ!ガハハハハハハ!!”って。あ、一応断っておくけどボクは筋肉友の会には所属してないからね。」


ものすごく失礼なことだとは思うのだが、フィガロという人がどんな人なのか、ランの物まねを見ていたら大体想像がついてしまう。背中を反り大口を開けながらガハハハハハと笑う人は大抵、というかほぼ高確率で筋肉ダルマなのだ。それに何しろ“筋肉友の会”に所属しているくらいなのだから、筋肉をこよなく愛している人で恐らく間違いない。

因みに“筋肉友の会”って何?なんて野暮な質問は勿論しない。この名前だけでも十分に活動内容が伺えるというものだろう。とにかく『筋肉の筋肉による筋肉のための』会なのだ。考えるだけ時間の無駄だ。


「またあの脳筋野郎か!というか脳筋(フィガロ)に聞く時点で間違ってるんだといつも言っているだろうが!!あいつの脳みそはその名の通り筋肉でくまなく支配されているんだ。筋肉にまともな答えを期待するなこの馬鹿チビ。任務の内容はセビリアに聞け!」

「セビリア居なかったん「何か言ったか?」さーて、仕事仕事っと☆」


どうやら言い訳も言わせてもらえないらしい。同情して涙ぐんでしまった私は悪くない。

世知辛い世の中になったなぁ、とランがぼやきながら斧を片手に持ち替えて、目の前に居る獣に容赦なく切っ先を向ける。


その向けられた本人、獣はというと薄く開く口からは未だに唸り声が漏れているものの、やはり少しの闘気を感じられない。まるで体と精神が別々に動いているような・・・気味悪く感じるこの矛盾は一体何なんなのだろう。


「お前なぁッ!・・・もういい。今回は忌色崇拝の異教徒たちの壊滅、及び堕ちた聖獣の始末。因みに“壊滅”の意味は分かるよな阿呆ナス。」


壊滅―やぶれほろびること。こわれてなくなること。(By 広辞苑)

言葉の意味というものは余程難しいもの(例えば軋轢(あつれき)とか演繹(えんえき)のような熟語)でなければ、大体その使われている漢字の雰囲気でその熟語の意味を察することが出来るのではないだろうか。ただその熟語を言葉で説明しろと言われると一気に難易度が上がってしまうのだが、自分で意味を解釈する分には雰囲気で捉えるのも悪くはないと私は思う。それでももし手元に辞書があるのならば索引して、意味をしっかり覚えることをお勧めする。その方が後々自分の為になる。雰囲気で捉えるやり方は、間違った解釈をしたまま、間違った意味で覚えてしまうことが多々あるのだ。(勿論私も意味を間違って覚えてしまったうちの一人である。)とまぁ、結局のところ辞書で索引するのが一番手頃で間違えない方法なのである。

そしてランの説明を聞くに、どうやら彼も言葉の雰囲気で熟語を捉える方のようだ。


「むぅ・・・壊して滅ぼせばいいんでしょっ。壊すのはボクの専売特許だよ?知ってるでしょ?」

「はいはい。じゃあ確認はこれで済んだな?やるぞ。」

「うん☆」


ランの明るい返事は、目の前にいる生き物の巨体に音が吸い込まれていくように霧散する。

そしてそれが合図だったのか、ランはガラッと身に纏う雰囲気を変えた。表面上は普段どおりに笑みを浮かべているように見えるが、眼つきは刃の切っ先みたく鋭く、全くの別人に見える。例えれば花畑が一気に荒野になり、先ほどまで舞っていた綺麗な花びらは雨風と変わってビュウビュウ吹き荒れているような、そんな感じだ。ひどく場慣れしている。

なんてことを思っていると、ふと思い出す。

彼らはいくつもの戦場を駆け抜ける騎士団の一員なのだ。実際この世界の騎士団がどういう活動をしているのか分かるわけもないのだが、私が持っている知識の中の騎士は、国に仕え国を守り、王に忠義を尽くす剣技に優れた先鋭たちの集団、とある。幾重にもこういう場面に遭遇してきたのであろう彼らが場慣れしていないはずがないのだ。


「俺が聖獣の気を惹く。後はいつも通りな。」

「りょーかい!」


私が考え事をしているうちに言葉少なに視線を交わした二人は、同時にその場から動き始める。

私はそれを視界の端に映しながら、先ほど青年が言っていたことを頭の中で反芻させていた。たしか、今回の任務はこの宗教団体を壊滅させること。それからおちたせいじゅうのしまつ、と言っていた。一つ目の内容は理解できたが、二つ目の内容“おちたせいじゅうのしまつ”を漢字に変換出来ず、聞いていても全く意味が分からなかったのである。

先ず文章の最初に来る“おちた”が分からない。普通に考えると“落ちた”になるのだが、その意味に変換しても何も見えてこない。


(多分今の状況を見るに、“せいじゅう”というのはあの黒い犬みたいな魔物のこと。・・・そうすると、あの二人は魔物を倒すのが二つ目の内容、ってことなの・・・かな?でも“おちた”って一体どういう意味なんだろう?)


「あれは魔物じゃない。」

「え?」


ぼそっと呟く声が耳元に当たる。どうやら私が心の中で思っていたことが聞こえてしまったようだ。


「えっと、あれは魔物じゃないの?」

「・・・あぁ。あれは聖獣だったもの、だ。」


リュノワールの言葉に違和感を覚える。それが伝わったのか、彼は悲しそうな瞳を“せいじゅう”という生き物に向けながら口を開いた。


「・・・聖獣とは本来、光属性を持つ神の使い魔としてこの現世に降り立った聖なる獣を指すことは知っているな?」

「う、うん?」

「・・・もしかして知らなかったのか?」

「・・・うん。えっと、続けてくれる?」

「あ、あぁ。」


今リュノワールが変な表情をしていた原因は私だろう。前にも一回か二回ぐらい見たことある、なんともいえない顔。とりあえず今はそのことに突っかかるべき時ではないのを分かっているので、悲しい気持ちが芽生えたとしても敢えて何も言わない。

私が我慢していることに気がついて気を利かせてくれたのか、リュノワールはまた視線を“せいじゅう”・・・訂正聖獣に戻す。


「・・・聖獣の性格は温厚で、人間が住んでいる地には下りてこないはずなんだが、時々迷って下りてくるやつが居る。そういう聖獣を人間が見て、町や村を襲いに来た魔物と勘違いし、討伐しようする。その聖獣が人間や町に襲いかかったわけでもないのに、だ。・・・そんなことをされたらいくら温厚な聖獣とはいえ怒り狂うに決まっている。まぁ神の御使いだとは言っても所詮は獣だ。その一時の激情に任せて人間を襲って殺してしまうことがある。その結果、・・・・・聖獣は堕ちる。」

「一体何処に落ちるの・・・?」

「・・・さぁな。深く暗い闇の底か、はたまたこの世の地獄であると称されるインフェルノか・・・俺には分からない。・・・とにかく聖獣がそして堕ちた成れの果てがあれだ。」


リュノワールの視線を追って目に映ったのは、ランと青年が対峙している、黒い毛に包まれた犬のような形の生き物。

そして聖獣からその周りで武器を手に戦っている二人に移る。今現在、青年が聖獣に向かって正面から剣を振り下ろしている。そしてランは背後からあの大きな斧を振りかぶって聖獣の背に攻撃しようとしているところのようだ。

二人の刃が届く寸前に、聖獣は動き出す。

正面から来ている青年に向かって鋭い前足にある爪を振るい、背後のランには長い尻尾を大いに駆使して攻撃を防ぐ。危ないっ!と思って内心冷や冷やして見ていたがその心配は杞憂だったようで、二人はそれを軽々と避けると空中で一回転してから地面にスタッと着地した。まるで大道芸人のような身のこなしだ。あの二人なら涼しい顔して綱渡りとか空中ブランコを出来そうな気がしてくる。


「ちっ、やっぱガードが固い・・・?おかしいな。たしか百年前に一度現れた聖獣は誰であれ無差別に攻撃してきて、ほとんど防御態勢をとるなんてことはなかった、と書いてあったはずなんだが。」


爪を剣で弾いてその反動で地面に着地した青年は、その攻撃を受けたほうの片手をぶらぶらさせて訝しげな表情を浮かべる。


「そうだね~。なんかこっちが攻撃しないと攻撃してこないし・・・。」

「・・・とりあえず今はこの固いガードを突破するぞ。」

「うん☆」


再び二人は聖獣に向かっていく。


(・・・あれ?ってことは、おちたせいじゅうのしまつ、というのは堕ちた聖獣の始末・・・ってこと?・・・あの聖獣は悪くないのに・・・始末、つまり殺しちゃうってこと・・・?それは、何かおかしいんじゃ・・・)


「ねぇリュノ。あの、堕ちた聖獣って元に、正気に戻すことって出来ないのかな?」


あの聖獣が元に戻れば、始末されることはなくなる。リュノワールの話から考えてみれば“堕ちた”から討伐されるのであって、普段の状態の聖獣だったら殺される必要は皆無なのだ。そしたらあの二人が危険な目に態々遭うこともないし、聖獣も命を奪われるがことがなくなる。

しかし、リュノワールの首が縦に振られることはなかった。


「・・・前例がない。今まで、俺が生きてる中で堕ちた聖獣が元に戻った、というのは一度も聞いたことがない。」


それに、と続ける。


「聖獣が下りてくること自体滅多にない。俺がこれより前に見たのは今から100年くらい前の話だ。」

「100年!?」


一体リュノワールは何歳なのだろうか。ふと疑問に思ったのは今は置いておくとしてだ。

それにしても前例がない、と彼は言う。ということは元に戻す手立てが全く分からない状態を意味する。つまりはだ。リュノワールは、聖獣を元に戻すことは出来ないと言外に言っているのだ。


「・・・そんな顔するな。アキが悪いわけじゃないんだ。・・・これは聖獣(あいつ)運命(さだめ)、最初から決められてたこと。神でさえ、それを変えることは出来ない。・・・だから」


リュノワールが屈んで顔を覗き込む。漆黒の艶やかな髪がさらっと肩から零れ落ちる。

それから困ったように眉を顰めて、彼の左手は私の頬を優しく撫でた。


「・・・だからお前がそんな顔をしなくても、いいんだ。そんな、・・・泣きそうな顔するな。」


頷くことは出来なかった。


リュノワールが私よりも、悲しそうな顔をしているから。涙は流していないけど、泣いているような気がしたから。リュノワールも、もしかしたら私と同じで聖獣を元に戻してあげたいのかもしれない。


―ガキィンッ


「ランッ!!」


誰かが地面に叩きつけられた音がしたかと思うと、青年の焦った叫び声が響き渡る。

反射的に音のした方へ顔を向ける。そこには突っ伏して動かないランと、少し離れて地面に突き刺さっている大斧があった。ランが倒れている所にクレーターが出来ているのを見るに、余程強く叩きつけられてしまったらしい。

一時青年はランが弾き飛ばされたことで集中を切らしてしまったものの流石騎士と言うべきか、一瞬で意識を切り替えて聖獣から一旦離れて体勢を立て直す。


「おい!!そこの二人!早く此処から脱出しろ!!」


視線を聖獣に向けたまま彼は叫ぶ。どうやらランと青年は私たちを気にして戦ってくれていたようだ。それは国民を守る義務のある騎士だからか、それともなけなしの彼の気遣いか。どちらにしろありがたいことではある。しかし今此処から出て行く気にはどうしてもなれない。ランと青年が気になるし、聖獣のこともさっさと諦めて逃げる、なんてことはしたくない。


「・・・聖獣は、あなたは悪くないっ。」

「・・・アキ・・・?」


―・・・ねが・・・・す・て・・・ッ!!もう・・・・こ・した・・・!!


「聖獣は・・・、あなたはまだ元に戻れる。」


さっき、誰かが叫んでいる声が聞こえた気がした。そしてそれは気のせいなんかじゃなくて今もまた聞こえた。朧だけど直感で分かる。きっと、この声の主は聖獣。

まだ戻れる。

絶対に、と言える確信があるわけじゃない。だけど、何故かそう思えるのだ。予想でも予感でもない、何かがそう思わせる。


「アキ!?」

「おい!何をやってる!?」


二人の声が重なる。

そう、私の足は自然に聖獣へと動き出していた。自分でも気がつかないうちに動いていて、二人が上げた叫び声で気がついた。


今、自分が聖獣目掛けて走っているということに。


―もう、近づいてこないで・・・。これ以上、僕は・・・人を殺したくないよぅ・・・


「・・・うん。」


―もう、もうやだよ・・・僕は、僕は人殺しにはなりたくないよ・・・!!


「・・・もう、大丈夫っ!大丈夫だよ!ほら、ね」


正面から聖獣の顔に抱きつく。彼の鼻がお腹に当たって少し息苦しいけど、ふさふさの黒い毛並みは驚くほどに柔らかくて気持ちいい。


そしてその毛並みはとてもじゃないけど人殺しには到底思えない、日の光の温かいにおいがした。






                          第10話 終わり


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