第9話 青色の瞳は無垢の輝き
お久しぶりですm(__)m
今回も鬼の居ぬ間になんとやら状態です(泣
なんとか今を精一杯生き抜いております・・・。
第9話更新です。
「うわぁあ! リッくんすごーいっ。ドアがなくなっちゃった」
「今やったのはお前だろうが」
「え~そうだっけ? 唯触っただけなのに~。もう、リッくんのい・じ・わ・る」
「いい加減にしないとその減らず口、麻酔なしで針で縫うぞ」
「ごめんなさーい! 許してリッくん!!」
「あとその呼び方もヤメロ」
「えぇ~やだぁ! だってリッくんはリッくんだもんっ」
「…もん、て。あ~もういいっ! お前と居るといつも狂う。だから嫌なんだ、お前と一緒に行動すんのは」
「ブーブーッ。さっきからお前お前ってボクにはランって名前があるんだからね~!」
目の前では、彼らしかいないような世界を繰り広げられていた。
きゃぴきゃぴとしたその乱入者は、その小柄な体躯には似合わず、背丈を越える大振りの斧を片手で軽々と持ち上げている。フランス人形を髣髴とさせるふわふわな金髪に水色の瞳。錯覚なのか彼の周りにピンク色の花がほわほわと咲いているように見えて、思わず目を擦る。
それに比べてもう一人の乱入者の青年は、少年と背丈が大分離れて、細身でスラッとしている。所々跳ねているこげ茶色の髪に薄青の涼しげな瞳は、気まぐれな野良猫を連想させた。腰には、長剣が2本仲睦まじくぶら下がっている。
ここまでで大分キャラが渋滞を起こしてるように思えるが、特に目立ったのが、二人とも同じデザインの真っ白な鎧を身に着けていることだった。
例えるなら童話に出てくるお姫様を守護する聖騎士。少年の場合は片手で持っている大斧があまりに大きく禍々しくて、聖騎士には見えないが、青年はどこからどう見ても完璧な聖騎士に見える。
(なんかこの人たち、何処か噛み合っていないような…)
「はいはい。そんなことよか、こんな陰気臭いとこ、早く終わらせて出るぞ」
「りょーかいっ」
「…もう来ましたか。流石はベルセーク騎士団。情報が早いですね」
扉を破壊した乱入者たちを呆然と眺めていると、
ここまで案内してくれた青年が、舌打ちをしそうな勢いで恨めしそうに彼らを睨みつけている姿が視界の端にはいる。
先までの作った表情は何処に行ったのやら、嫌悪感たっぷりの表情を微塵も隠そうとしていないようだ。
乱入者たちは、恨めしそうな言葉を聞き青年の方を向くが、そよ吹く風で表情に変化はない。
「えへへ~、でしょ? ボク頑張ったんだぁ~。あ、リッくんも頑張ったよね?」
金色の髪がゆらゆら揺れ、明らかに場違いな笑い声を響かせながら片足を軸にしてクルンと一回転する。
「その口閉じてろ。うざい。もういっちょ言えば俺の前から消えてくれると大いに為になる。精神的にも肉体的にも」
「ガーンッ!! リッくんひどっ! 別にこのお兄さんとお話したっていいじゃ~ん」
「敵と楽しそうに談笑する馬鹿が何処にいる?」
「此処にいまーすっ」
「黙れ」
「うぃ。いえっさー」
心面白くなさそうに口を尖らせている。ぷぅっと頬を膨らませて顔を背ける。
(あ。)
ちょうど少年が顔を背けた直線上に私がいた。そして私も騎士たち?を観察していて、その偶然の動作が重なって、まん丸な瞳とばっちり目が合った。
少年の青い瞳は海が太陽の光を反射してきらきら輝いているように好奇心で溢れているように見える。台座に座っている少年には縁遠い、綺麗な目だ。
現在その瞳は驚きに見開かれている。どうやら私を見て驚いているらしいが、一体何処に驚く要素があるのか。
考えられるのは黒髪黒目が珍しいから、ぐらいだ。
首を傾げた途端、何故かぱぁっと顔を輝かせてぱたぱたとこちらに走り寄ってくる少年の姿が目に入る。
肩にはどでかい斧が我が物顔で陣取っているので歩くときにその重さに振り回されるのではないかと思っていたのだが、全くそんなことはない。重さの枷がまるでないように普通に走ってくるその姿は、斧さえ視界に入れなければ子犬が尻尾を勢いよく振りながら駆け寄ってくる姿にそっくりだ。
実は私は可愛いものに目がないのである。
地球にある部屋はぬいぐるみや抱き枕で約3分の1占領されている。そのほとんどが春ちゃんにもらったものである。春ちゃんは私が可愛いもの好きだと知っているので、誕生日以外にも月に三回の割合で何処からか新作ゆるかわ系、もしくはブサカワ系ぬいぐるみを調達、そして態々郵便輸送してくるのだ。いつからこの習慣がついてしまったのだろう。今ではそれが当たり前すぎてあまり気にしていなかったのだが、よくよく考えてみると郵便輸送なのはどうしてなのか。
とまぁ話は大分ずれてしまった。何が言いたかったかというと、可愛いものが大好きだということのみである。可愛いものを視界に入れると意識せずとも頬が緩んでしまうのだ。今もその例外に漏れることなくそういう状況になっている。
「うわ~この子かわいい~っ! 女の子?男の子? ね、君名前何て言うの?」
「あっ、昼だよ。葉通 昼。貴方は?」
「ボクはラン! ランって呼んでね! ねーねー、同い年っぽいしアキって呼んでも、いい?」
同じくらいの背のはずなのに、少年は私を見上げるようにクリンとした丸い目を向けてくる。この仕草を普通の人がやれば何処のホストですかと突っ込みたくなるが、ランに限ってはなかった。この仕草は可愛さを増幅させるものでしかない。それはもう子犬みたいでかわいかった。これを見て頷かずにはいられない。
「うん、いいよ!」
「わーい! ありがとうアキッ!」
「ひゃっ」
子犬が親にじゃれて飛びつくようにランは急接近してきてその細い腕を私の腰に回してきた。言い回し方が難しかったかもしれない。簡単に言ってしまえば、ランに抱きつかれているのだ。しかもかなりお互いの体が密着するような深いハグだ。
友達とすらこういうことはしたことがないので、こういうときにどんな反応していいのか分からない。頭が混乱していく一方で何も考え付かない。親に抱っこされていたのは随分過去の話であって、よく覚えていない。歳が上がるにつれてそういうことに抵抗感を覚えていった私には過度なスキンシップに対する免疫力も、対処の仕方も知らない。恐らく私の顔は過去類を見ないくらい真っ赤になっていることだろう。
「えっと…ラン?」
「うん? なぁに?」
別に人にべたべたされるのが嫌いなわけじゃない。むしろ頼ってくれたほうが嬉しいし、仲が良いと再認識できるから好きだ。だけどそれにも限度というものがあって、ハグという選択肢は頭の中に入っていなかった。
縋る思いでこの少年の暴走を唯一止められるだろう存在である青年に困った視線を向けてみるもた。だが0,1秒で首を横に振られて肩を竦められた。そして「あきらめてくれ」と、憐れみの目を向けられた。
何も思いつかない。…いずれ離してくれるよねと楽観的に考え始めていたのだが、その思考は唐突に中断させられる。
ランの腕から体が上にすっぽ抜かれ、ふわっと宙に浮いた。
「あ」
私とラン、どちらともつかない唖然とした声がその場に響く。そして私はリュノワールの腕の中に居た。今回はお姫様抱っこではなく、普通の抱っこのようだ。彼の腕の中だと理解した時からストンと落ち着きを取り戻し、硬直していた体の緊張が解れる。
見上げたところにある彼は驚くほどに無表情で、今ばかりは何を考えているか分からない。どうして急に抱っこされたのだろうか。突然そういう気分になった、とか…?謎だ。
「むぅ…。お兄さん、独り占めはよくないよ」
「気安く触れるな」
不機嫌にランは口を尖らせる。それに対するリュノワールも無表情で剣呑な言葉を放つ。
どうやらリュノワールは人にべたべたされるのが好きではないようだ。触るな、というのはそういうことでしょ?
だったら私はどうなのだろう。こうしてくっついているのも迷惑に思われているのでは…?
もしそうだったら、彼は相当我慢していることになる。何回抱っこしてもらったか覚えていない(この場合暗記力がどうのこうの、の話ではなく全く言葉通りの意味である)。その度に迷惑をかけてきたのだとしたら…。
彼は優しい。だから私を見捨てることが出来なかった。
これだけで今までの行動全てに説明がつく。
「どうした?」
「あ、えっとね、リュノ。あの…」
「ラン!!」
なんだろうこのデジャヴ。二度あることは三度ある、とはよく言ったものだ。
決死の言葉をタイミングよく台無しにしてくれたのは、ランと一緒にこの場へ入ってきた青年だった。先ほどまでの余裕ある表情とは程遠い、なにやら険しい顔をして鋭く通る声で叫んだ。
「分かってるよっ! ちょっとそこのお二人! 逃げようとしたって無駄なんだからね!」
その言葉とほぼ同時にランがものすごい勢いで、此処から脱出しようとしている青年と男性の元へ向かう。しかし二人が走っている方向はまるで扉と反対である。その先には台座に座っている教祖様。
これほどまで騒いでいるのに顔の筋肉ををひとつも動かさない少年は、彼らが自分に向かってきていることにすら興味を示さない。誰が見ても鬼気迫る状況であるはずなのに、その周りだけは切り取られた空間のようだ。眺めているとこちらまで蚊帳の外にいるのではないかと錯覚してしまうほどに。
ランが追いつく前に台座にたどり着いた青年は教祖様に耳打ちする。すると今まで全く反応しなかった少年の形の良い眉が微かにだがピクッと動く。
「拙い!! ラン、引け!!」
「え、ぅわっ!?」
青年が叫んだ瞬間、何かが弾けた。
台座を中心に爆風が荒れ吹いたのだ。その一番近くにいたランは斧を地に突き刺し小さな体が飛ばされないように踏ん張っていた。その際両足がついている地面が小型クレーターみたいに凹んでいたのは出来れば見なかったことにしたい。もしかして斧を地面に突き刺さなくてもその場に残っていられたんじゃ…とかも思わない。
改めて彼が怪力持ちであることを認識する羽目になった。
リュノワールに抱きかかえられるようにして庇われ、吹き飛ばされるという難をどうにか逃れる。その爆風の中心にいた教祖様は平気だったかどうしてか気になった。しかし台座に肝心な少年は居ない。何処にも見当たらない。
爆風に飛ばされたのか、耳打ちしていた青年も男もその場にいなかった。
「!!? え…?何、あれ…」
其処には代わりに違う生き物が居た。真っ黒な獣。
「…堕ちた聖獣のなれの果て」
「え?」
ぽつりと呟く声。
リュノワールは其処に居る生き物に哀れみのこもった目を向ける。
「くそっ、間に合わなかったか」
地に刺さっている剣を抜きながら青年も舌打ちする。でもその表情はリュノワールのように悲しげなものではなく、面倒臭そうな雰囲気が漂っていた。その反応に疑問を覚える。
この二人の反応の相違で、この状況をどのように判断していいのか分からなくなる。少なくとも今の状況はリュノワールにとっては悲しむべき事態で、青年にとっては非常に面倒臭い状況に陥っているらしい。
でも分かることはある。
この状況が極めて異質であるということ。
「あぁーあ。間に合わなかったね。…本当に、これはいよいよヤバくなってきたなぁ~! ね、リッくん」
そして此処に居る全員にとって非常によろしくない状況であるということ。
――グルルルルルルルルルルル
低い唸り声が空気を震動させる。距離が離れている此処でさえ肌にびりびりと空気の揺れを感じた。
原因である生き物は漆黒の毛に体中を覆われていて、耳元まで裂けた口からはそれに映える真っ白な牙がその存在を覗かせている。その生き物の形はなんといっていいのか、知っている言葉で表せば、犬とも狼ともつかない形をしている。というのも背中に悪魔のような禍々しい翼が生えているのだ。
少なくとも背中に翼の生えた犬を見たことは生まれて一度もない。となるとこの生き物は魔物ということになるのだろうか。よく見れば以前襲い掛かってきたあの毒々しい色をした狼の形の魔物の形に似ていないこともない。
しかし決定的にこの生き物と紫色の魔物と違うところがあった。以前遭った魔物の目はぎらぎらと飢えた獣のような光を宿していたのだが、今目の前に居る魔物の目は空虚であった。光がない。
低い唸り声を上げて威嚇しているのに、ピリピリとした雰囲気も全くない。
まるで形を持った威圧そのものが其処に存在している。そんなかんじがした。
――…も…とは…し…くな…ッ!! い…だ…
「…さて、じゃあボク達の仕事、始めよっか」
第9話 終わり