第0話 透明色のプロローグ
二つ目の小説です。
至らぬ点も多々あると思いますがよろしくお願いしますm(__)m
「春ちゃん」
「昼ちゃん! もしかして此処でずっと待っててくれてた?」
「だって今日は春ちゃんの誕生日でしょ? うちでパーティーやるって言ってたよね」
「そうだった!遅くなってごめんね。それと待っててくれてありがとう」
とある昼下がりの午後、人気の少ない廊下にほのぼのとした男女の声が響く。
ニッコリと優しい笑みを浮かべて頭を優しく撫でてくれる彼は、水上 春太【ムナガイ カズタ】。彼は今日、6月20日で18歳になる。家が隣通しで春ちゃんと私の付き合いは10年以上、いわゆる幼馴染と言えるだろうか。
シャンプーのCMに出られそうなサラサラ薄茶の髪に、優しい垂れ目は温かい雰囲気のほうじ茶色。背は多分私と20cmくらい差があると思う。目測量だけど。
兄弟がいない私にとっては兄みたいな存在だ。
それで、私が葉通 昼【ホミチ アキ】。
今年近隣の高校を受験し、なんとか受かった私は、自転車で通学している。そこら辺にいるフツーの女子高生である。
実は気に入っている黒色の髪を、後ろでひとくくりにしてる。そうはいっても、この間邪魔になってきたので肩くらいの長さに髪を切ってしまっていた。長かった髪を切った次の日の朝、彼に会ったときに不思議と残念そうな顔をしていたのは記憶に新しい。
「あれ? 何だ水上。お前彼女いたんだ」
今日の午後のお楽しみに想いを馳せていると、春ちゃんの背後から誰かがひょいっと顔を出してくる。
運動神経抜群な雰囲気の、体格の良い男子生徒だ。名前は知らないはずなのに、何処かで見たことのある顔だった。
どこで見たのだろうと考えていたが、「彼女」というワードが頭の中によぎり、楽しみが一気にぶっ飛ぶ。
「かっ…彼女じゃないです!」
反射的に言い返してしまったが、なぜか隣で春ちゃんが死にそうな顔しているのは気のせいだと思いたい。
その人が何気なく放った言葉は私にとって刺激が強すぎる。兄だと思っていた人が、彼氏になると思うと変な背徳感がある気がするから。
「ははっ、かっわいーなーその反応。彼女じゃないんなら俺がこの子もらっちゃおうかな~」
「え!?」
気がつけばその人は春ちゃんの反対隣に居て、いつの間にか首に腕を回されていた。やはり動神経抜群だから、動きが目に見えなかったのだろうかと、訳のわからないことを考えていて、頭が混乱していることに気がつく。
「あはははは。昼ちゃん。悪いけど先に校門まで行ってもらってもいい? オレちょっと用事が出来ちゃったからさ、すぐ終わるよ」
混乱している横で春ちゃんの声が聞こえてきたため顔を向けるが、春ちゃんの笑顔がなんとなく怖いような…。
首に回された腕はいつの間にかなくなっていた。気づけば春ちゃんに首に回されていた腕が掴まれており、ミシッという聞こえてはいけない音が聞こえてきたのは気のせいだと思いたい。
その様子を見て何かを感じ取り、余計なことはしないで去ろうと、何も聞かず即座に首を縦に振った。
首を傾げながら階段にさしかかる。
生徒会室から遠ざかりながら考える。春ちゃんは生徒会書記だかは、生徒会室にいて当たり前なので違和感はない。思えば春ちゃんは昔から文武両道成績優秀眉目秀麗で完璧だった。
私がひーひー言いながらやっとの思いで受かった彼と同じ高校も、彼は涼しい顔して当たり前のように受かってしまったのだからすごい。この高校に合格出来たのは、春ちゃんが忙しいときも合間を縫って一生懸命勉強を教えてくれたからだ。本当に感謝してもし足りない。
「そういえばさっきの人。何処かで見たことあるなぁって思ったら、生徒会長さんだ。たしか名前は…
♪
「任海 一」
「なんだよ」
昼の気配が感じられなくなったことを確認し、春太は笑みを消す。そして冷え切った瞳を、目の前でヘラヘラしている生徒会長に向けた。先ほどの春太を見ていた第三者がいたら、別人かと思うほどに先程の優しい雰囲気は微塵も感じられない。
「気安く昼に触れるな。汚れる」
春太の雰囲気が一変しても、一は驚く気配はない。一にとって、冷たく不機嫌な彼の状態はいつものとこで、先ほどの見たことない姿も驚きはしたが些細なことであった。
一はにやにやしながら春太の顔を覗き込む。
「汚れるってひどい言いぐさだな。それにしても、いつもあんな風に笑ってた方がもてるんじゃないか?さっきの子は脈絡ないみたいだし笑」
一の頭すれすれに鋭い風が吹く。
―バキッ…パラパラ…
「あっはっはっはすみませんごめんなさいもう二度とあの子には手を出しませんッ!!」
その発生源は春太のようで、彼の右手が壁(注 コンクリ)にめり込んでいた。
春太は無表情で一を睨む。その眼力は凄まじく、それを見た一は命の危機を感じたらしい。流石は生徒会長だけあって、タイミングと引き際は間違えないらしかった。
「……」
それを春太は冷めた目で一瞥し、突然興味をなくし何事もなかったかのように階段を下りていく。一は後に生徒会内の掟定めにこう付け加えた。「水上春太だけは怒らせてはいけない」と。
♪
一は思案する。
生徒会仲間かつ、クラスメイトで学校では一番近くにいると自負できる一でさえも、春太があんな笑顔を浮かべて楽しそうに会話しているのを見たのは初めてだった。
一が、あえて春太を一言で語るとするなら、凪と言うだろうか。彼は人やモノゴトにあまり興味を持たずつ、どこかで一線を引き冷めた瞳で物事を観察していて、一には見ていて心地よい凪のような存在だからだ。
そんな彼が、何故彼女にだけ笑顔を見せるのか。
最終的に、春太の中で“昼”という少女はとても大切な存在なのだろう、と一は結論付ける。
ただそれが恋愛感情から来ているのかどうかは知る術がない。春太に素直に聞いてみたところで、無視されて撃沈するだけだ、と考えるのをやめる。
「…あいつも笑えるんだな」
残りの雑務を終わらせるために生徒会室に戻っていく。
今日は春太が早めに帰ってしまった分の仕事まで片付ける必要性があるのだ。こんなところで油を売っている暇はない。
このときはまだ、これが春太との今生の別れになることとは知らずにいた。もし、そうと知っていたら一は何かをしたのか、と問われれば答えはNOだが。
♪
「ごめんね、昼ちゃん」
「あっ、春ちゃん! ううん、全然大丈夫だよ。早く帰ろう」
「そうだね、早く帰ろう」
校門で待っていること約5分。昇降口で彼が靴を履いて急いで走ってくるのが見えたので駆け寄る。
普段はこうして一緒に帰れることはまれだ。帰宅部だから、生徒会をやっている彼とは帰宅時間が合わない。今日は特別で、授業が午前中で終わるかつ、無理言って生徒会の活動を早めに切り上げてもらい、一緒に帰ることが出来ている。
自転車には乗らず、ゆっくり自転車を押しながら歩く。久々に一緒に帰宅できるため、たくさん話したい。春ちゃんは何も聞かずに私に合わせて自転車を押しながら歩いている。こういうさりげない優しさがお兄ちゃんだなあと思う。
「そういえばさっき生徒会室から顔出してきた人って生徒会長さんだよね?」
「あー…うん、そうだよ。あれがどうかした?」
どうやら合っていたらしい。春ちゃんと仲がいい人は初めて見たかもしれなかった。もう少し話を聞きたかったが、それよりもメインイベントがあるため、話を切り上げることにした。
「ううん。ただ見たことあるなって気になったから。そういえば春ちゃん」
「ん?」
歩道の広めの場所で自転車をとめ、籠の中に入っている鞄の中から、手のひらにぎりぎり収まるくらいの箱を取り出す。それを背中に隠して彼の視線を惹きつけてから、はいっと差し出した。
箱にラッピングで巻いて結んである薄黄色のリボンが風に優しく揺れた。
「お誕生日おめでとう!!」
「え? ありがとう!」
春ちゃんは驚きを隠せないように目を見開いて、手の平にある箱をそっと片手で包むように取る。
「開けてみて」
「うん」
薄黄色のリボンをほどき、中を覗くとそこにあったのは、白い布に包まれた、太陽の光で白く輝いている銀色の腕時計だった。
モチーフは海で、時計盤の上には銀色の魚が2,3匹気持ち良さそうに泳いでいる。彼のイメージで選んだつもりだ。
「これ、高かったでしょ」
「う~ん、まあね。だけど春ちゃんには本当に感謝してるから。今の高校に合格出来たのも、忙しい時間削って私に勉強教えてくれた春ちゃんのおかげなんだよ。だからそれはそのお礼も込めて、ね?」
笑顔を浮かべて彼を見つめる。
春ちゃんは一瞬本当に驚いた顔をして、それからはにかむように照れ笑いをした。それに対して私も悪戯な笑みを浮かべる。
「それに最近、以前使ってた腕時計が壊れたって不便そうにしてたよね」
「ははは、昼ちゃんは…。本当にありがとう。すっごく嬉しいよ!」
春ちゃんはそう言うや否や、早速腕時計を左手首にカチャッとつけてくれた。思った通り、銀色の涼やかな色合いが彼によく似合う。それが嬉しくて、零れ出る笑みを抑えることが出来なかった。
――ポチャン
この音が聞こえてくるまでは。
「あれ? なんか水の音が聞こえてこなかった?」
「え? 別に何も聞こえてこなかったけど…雨でも降ってきたのかな」
二人して空を仰ぎ、自然と足が止まる。
空は薄暗く曇ってはいるものの、雨特有のじめじめした感じはしない。今から雨が降ってくるとは到底思えない。
先ほどたしかに水が落ちるような音が聞こえてきたのだけど。聞き間違い?
――ポチャンッ
首を傾げているとまた同じ音が聞こえた。今度こそ間違いない。
「あっ! ほら今聞こえた! 春ちゃんは?」
「う~ん…聞こえてこなかったなぁ。取りあえず雨に降られても困るから急いで帰ろっか」
「うん、そうだね。私今傘持ってないし…」
雨のにおいがしないからいいか、と学校に傘を置いてきてしまったのを今更後悔しても遅い。
春ちゃんの言葉に頷きながら、一歩踏み出したとき。
――バシャンッ
「え!?」
何故か足を踏み出した場所には直径1mくらいの水溜りがある。不思議と泥の混じりっ気もなく透き通り、底が光に反射しているのか見えない。
つい最近まで梅雨だったので、水溜りがあること事態はおかしいわけではない。
しかしだ。
水溜りに底がないのは理解できないし納得できない。
踏み込んだ片足はズブズブと底なし沼のように沈んでいた。思わず口を半開きにしたまま春ちゃんを振り返る。
「え…。え? ちょっ…春ちゃん!」
「昼ちゃん!! 手に掴まって!!」
春ちゃんは自転車を放り出すと、水溜りで足が濡れるのにも係わらず、私に駆け寄り、右手で私の左手首を掴む。私も必死で右手で春ちゃんの左手首を掴んだ。
「何、これ…。何で水溜りに沈んでるの!? ど、どうしよう!」
「ってなんかオレまで沈み始めた!?」
気がつけば春ちゃんの両足も水溜り…訂正底なし沼に沈み始めていた。
結構なスピードで沈んでいるためか私の場合は、既に腰まで水位が来ている。混乱した所為か、頭の中では走馬灯が流れ出す。
「昼ちゃん! 目が据わってる! しっかりして昼ちゃん!」
「春ちゃん…今までありがとう。私、春ちゃんに会えて本当に良かったよ…。あ、お父さんとお母さんにお別れの挨拶、してないや…」
「昼ちゃん!! かむばーっくっ!!」
春ちゃんに肩を揺さぶられて正気にどうにか戻ったが、どうこうしているうちに首しか上に出ていない状態になっていた。これを第三者が見たら生首と間違えて叫びながら逃げていくことだろう。自分で言うのもあれだが、かなりシュールな光景であること間違いない。
それにしても、じわじわと服が水浸しになっていく感覚はどうにも気持ち悪くて仕方がない。顎まで水が浸かる。背伸びしてなんとか顔を出そうとするも、踏ん張れる底がない。
今さらになって死が現実味を帯び、歯が震えだす。
「か、春ちゃん。もう、手、は、放していいよ。わ、私沈んじゃいそうだし…」
「何言ってんの!? ほら、オレがずっと掴んでてあげるから。ね? そんなこと言わないでよ…」
死を覚悟しながら巻き込みたくない一心で出た言葉だったが、正直この手を離されたら正気でなくなる気がした。
春ちゃんがこれまで見たこともないほど必死になって私を引き上げようとする姿も、力の入れすぎで顔を真っ赤にしながら、一生懸命底なし沼から這い上がろうとするところもなぜか遠くで起こっていることのように思えた。
そんな彼を見ていたら、なんだかとっても泣きたくなってきた。自分の不甲斐なさを感じた。
どうしてこんなときまで、私は他人に頼ってばかりなのだろう。
もしかしたら溺れて死ぬかもしれない。
底なし沼の中では、肺呼吸しかしたことない私が生きていけるはずがない。それに自慢じゃないが、肺活量は人より少ない。頑張って水に長く潜っていられて15秒だ。それも相まってか、元々あまり水回りは得意ではなかった。
せっかく高校に合格して春ちゃんと同じ学校に通うことが出来たのに。友達も沢山とはいえないが、それなりに仲良くなって、この間初めて友達と駅に遊びに行ったりして楽しかった…。なのに…。
「昼ちゃんッ!!」
――ゴポッ
もう口も沈み、話そうとすると水が口のなかに入り込んできた。もう話すこともできない。意識が朦朧としてきた。
息ができない苦しさを長時間味わうよりは、気絶して知らないうちに息が止まっていた方が楽かもしれない。
「――!! ――ッ!!」
ごめんね春ちゃん。
春ちゃんまで巻き込むつもりはなかったの。本当だよ。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。この後、うちでチョコレートケーキを食べながら、ゆったりして春ちゃんと色々お喋りしたかったのに。
目がゆっくり閉じられる。
春ちゃんの声は届かなくなり、聞こえているのはコポコポっという水の音だけ。
…そうだよね。だって私…水の中に、沈んだん、だ、から…
意識が遠のいていく。
春ちゃんだけは助かるといいなぁ。そう思いながら目の前が真っ黒に染まっていくのを感じた。
第0話 終わり
2013/1/17改訂