第26話 工藤の不調
逃げるように屋上に到着すると、階段の方を確認する。カリカリしすぎだろ、あのパーマ野郎。ついてきてねぇよな。
「わかったしょ」
「俺 is 初対面。あれ is なに!?」
俺がげんなりしながら答えると、竹原も息を整えて答えてくる。
「相変わらず粗暴な方だわ」
他人への攻撃性を持っていること自体は構わない。俺だって中学の時は、自分よりモテる男子とか嫌いだったし。それでも本人に言うことはなかった。
陰口だったら「まぁ、俺も人間だから言うことあるし……」にできるけど、直接言われると話は変わる。
「明日香と3人で過ごしている中に、都合よく邪魔して来る春ちゃん。周りには誰もいないし、嫌味の一つや二つ言いたくなったんじゃない?」
「莉々葉はあの現場見てないだろうけど、やばかったぜ? 俺だから許されてるけど、他の人だと殴られてるでしょ。」
「人選んでやってるんでしょ。うちの旦那達には絶対やらないだろうし」
「俺も原田と仲いいんですけど……」
パーマ君ご自慢の、オフチョベットした持論をマブガッドしてリットにしたものを、無理やりボナペティってされた気分。
かろうじで「ちょっと待てぃ!!」と、反論と一時停止ができたが、あのままでは勢いに呑み込まれていた。
とにかく嫌な気疲れと、今後の不安。B組にこれから遊びに行けなそうだ。
「まぁろくでもなかったし。とりあえず明日香が無事でよかったね」
「はい……」
工藤はいつも通りの無表情。それでも、纏っている雰囲気が暗く、声のトーンもいつもより低い。
「ごめんな。俺もあの場で余計なこと言わず切り上げるべきだった」
「い、いえ……。後藤さんは何も悪くありませんから。《《今もその前も》》……」
珍しく落ち着きがない様子の工藤を見て、俺達三人は顔を見合わせてしまった。詳しく何をされたかわからないけど、彼女の気分は優れない様だ。この話題からはいったん離れたほうがいい。
そうすると竹原は手を叩いて、スマホを工藤の前に差し出した。
「明日香が来る前にさっき話していたことなんだけど」
「はい……」
「明日香はなんで、後藤さんのお姉様と、おじい様おばあ様をフォローしてるの?」
「えっ……私がですか?」
渡されたスマホに表示されたフォロー欄を見ても彼女はピンと来ていない。
「誤フォローとか」
「えぇーそんなピンポイントで春ちゃん家族だけ?」
「流石に人選に明日香のなにか意図があったと思うのだけど……」
俺達三人が好き放題言っている間、工藤に考えてもらってるけど画面を見つめたまま、じっと動かないでいる。
「明日香? せ、説明を……」
「……申し訳ございません。私も記憶になく……」
「そ、そんなことある?」
「はい……わかりません。その……」
そのまま言葉を喉の奥に詰まらせて、頭を垂れてしまった。普段見ない様子に俺達も思わず焦ってしまった
「大丈夫! あ、明日香もそう言うミスしてもおかしくないわよね! 後藤さん!」
「う、うん! まぁ、気が向いたら外せばいいし。相互になってんのも気にしなくていいから!」
「な、なんか元気ないけど! 春ちゃんが一発芸しようか!?」
俺達の声など耳に入らないのか、無反応。そのまま立ち上がってこちらへ頭を下げてくる。
「お嬢様申し訳ございません。体調が悪いので先に、戻らせていただきます。莉々葉、お嬢様を校庭裏の駐車場まで運んでいただきたいです。お手数おかけします」
「えっ……それはいいけど……」
「後藤さんも待っていただいたのに申し訳ございません」
バッグを取り上げるとそのまま、早足で階段を下っていく。その姿に俺達は理解できず、その方向を眺めることしかできなかった。体調不良であの速さで下りられるんだ。
閑散とした踊り場に響くのは、運動部の掛け声。少しの沈黙の後、やっと口を開いた。
「工藤って、テスト前一夜漬けとかするタイプ?」
「まさか。彼女の体調不良なんて、小学生の頃に熱を出したときくらいよ」
「……もしかしてさっきので」
「そうかも。……今日はこのまま解散しましょ」
竹原の言う通りこの場にとどまるのは得策じゃない。俺と莉々葉は無言で頷いた。
テスト終わりというのに解放感のない、ジメジメした放課後だった。
◇
テストが終わって一週間がたった。
学校からの電話もないから、補習には引っかかってなさそうだ。もしものことを考え、遠出もできなかったので俺はカラオケバイトを入れていた。
事務所に入ると休憩が被った原田がいた。学校もないので一週間ぶりだ。
「おーっす。フロントどうよ?」
「暇」
事務所内いっぱいにシーフードの匂いが充満する。これも原田の右手にあるカップ容器のせいだろう。
「そういえばさ、この前春道達なんか揉めたんでしょ?」
「バイトで? ないない」
「いや学校。一週間前」
「あー……揉めたっていうか。まぁ、いちゃもんつけられた」
原田の正面のパイプ椅子に座ると、ビニール袋からおにぎりを取り出す。
「論破したんでしょ? 莉々葉経由で竹原から聞いた」
「論破って……。煽ったから煽り返したけど、あいつらって有名?」
「悪い意味でな。確か『パッド』って呼ばれてる」
あの二人にパッドなんて呼ばれそうな容姿はしていない。それなら、性格や雰囲気から付けられたものだろうか。
「由来は?」
「他人のことコントロールしてこようとする感じと、今のクラスでぱっとしてないからだって。G組の同じ部活のやつから聞いた」
「あだ名じゃなくて蔑称だろ……。頭いい奴らって、そういうの上手いよな」
「去年から敵作ってたっぽいよ。そいつも、去年成績でマウント取られ続けてたみたいだし。だから選抜落ちしてたのも爆笑してた」
救えねぇ……。万人に好かれないタイプだとは思ったけど案の定、去年も上手くやれなかったようだ。
「はぁー明日大丈夫か、ちょっと心配だわ」
「明日はB組くるのやめたら?」
「俺じゃなくて、工藤な。あの後体調崩したんだよね」
工藤からはあの後「心配をかけて申し訳ございませんでした」というメッセージが届いた。グループチャットも元々工藤から話題を振ることはほぼなかったので、特に変化はない。
「それって春道達の煽り合いを見て、気分悪くしたの?」
「うーん……」
これは素直にうなずけない。あの時の竹原の口ぶりからすると、工藤が体調不良を訴えることは早々なさそうだ。憶測だけど原因はあのやり取りで不快感を覚えたからなのだろう……か?
「もしそんな、感受性高いタイプならさ、『春道と竹原の付き合ってる疑惑の噂』でもっと体調崩してるくね?」
「……確かにな」
「だからそこまで気にしなくていいと思うよ。春道が悪いことしたわけじゃないんだし」
原田はそう言うと、スマホを触りながら麺をすすった。確かに俺は悪いことをしたとも思っていない。けど、この胸にひっかかるもの、なんなんだろうか。
俺も気を紛らわすようにスマホを見ると、珍しい通知が届いていた。相手は工藤。ロック画面の通知バナーには、
〈工藤:明日の昼時、屋上へ来てください――〉
という文字。タップしてアプリを起動すると、続きのメッセージが見えてくる。
〈工藤:謝りたいことがございます。二人で話せる場を設けさせてください〉




