私の婚約者だけが聖女の男爵令嬢になびかないのは良いのですが……
えーと、今度の主役はモブに近いです。
「カサンドラ・アリエール、お前との婚約を破棄する!」
王太子のエドワード王子は公爵令嬢のカサンドラ様に向かって卒業パーティの真っ最中に大声で宣言した。
言われたカサンドラ様は呆気に取られて硬直している。
私は自分の婚約者である、ドルトン・メジャー伯爵令息の顔を思わず見た。
彼は鼻先で嗤った。
「どうやら頭に蛆が湧いた人間が増えたみたいだな」
「えっ?」
誰のことを言ってるのかーー王太子殿下のことだったら不敬になるので私はドキッとして何も言えなかった。
王太子殿下はそれから聖女様に対してカサンドラ様が行った数々の悪逆非道な行いを並べ立てた。
その一つ一つについてカサンドラ様が盛んに首を横に振って否定しているのにも拘らずだ。
王太子殿下の横には平民から男爵令嬢になってさらに教会から聖女認定されたアリス・ワンダーランド嬢が寄り添うように立っている。
しっかりと殿下の腕を抱きしめて……。
ワンダーランド男爵家に養女に入ったアリス嬢は王立学園に転入してきたときに妖精のようだと騒がれた。
男性の保護欲を掻き立てる可憐さがあるのだ。
けれど、平民出身の為か貴族界のルールを無視して上級貴族の子息に平気で話しかけるし、婚約者のいる男生徒にも気安くスキンシップをしたりする。
それが逆に男生徒たちに新鮮に映るらしく、彼女の周りは王太子を含めとり巻きで一杯の状態なのだ。
「妖精の魅力ってあんなにも強いものでしょうか?」
子爵家の娘である私シャーロット・ドロンは誰にいうともなくそんな言葉を口から出した。
もちろん聞こえていたドルトンさんは眼鏡を直しながら、私に聞こえるように言った。
「妖精には羽根がある。昆虫の羽によく似た羽根だ。」
「そういう妖精には無害なものとそうでない者がいる筈だ。」
「特にベルゼブブの眷属には妖精の姿をして人間にまつわりつき、卵を産み付けて行く手合いがいるんだ。」
「その羽根が蝿のものと同じ薄汚い羽根でね。」
「卵を産み付けられた相手の頭はにはすぐに蛆が湧くのさ」
私には不思議でならないことがある。
それはドルトンさんが今までに何度もアリス嬢に声をかけられていたということ。
それなのにドルトンさんはその殆どを無視して相手にしていなかったということだ。
私の友人たちがその場面を目撃していて教えてくれたのだ。
アリス嬢は私よりずっと可愛らしくて、実際彼女の虜になった男生徒はたくさんいるのだ。
王太子を始め、宰相の息子、騎士団長の息子、魔法師団長の息子、生徒会の面々、皆彼女の虜になっているのだ。
その殆どが婚約者がいる身なのにだ。
でも何故ドルトンさんだけが彼女の虜にならなかったのか、それが不思議でならないのだ。
こんなことを言っては何だが、ドルトンさんが特別に私を愛しているとか、または道義上貞操感が強いとか思わない。
私たちは政略上の婚約であり、一緒に歩いていても綺麗な女性を見るとすぐにそっちの方を見るくらいの浮気っぽさはあるのだ。
実際に浮気はしたことはないが、何故アリス嬢の色香に惑わされないのか逆に心配になるのだ。
卒業パーティから何日も経ってから、王宮の方で動きがあった。
エドワード殿下が王太子の地位をはく奪されて第二王子にとってかわられたということが伝わった。
そのことに驚いているうちに、次々とあのとり巻きをしていた男生徒たちの爵位の継承権がはく奪されるということが起きた。
そして決定的なのはアリス嬢が教会から聖女認定の取り消しが行われ、ワンダーランド男爵家から除籍されたという。
驚いたのはそれだけでない。
久しぶりに婚約者のドルトンさんの邸宅を訪問すると、なんとアリス嬢がいたではないか!!?
何故? 何が起きたの?
そこへ伯爵家の侍女長のマリアさんがやって来て、アリス嬢を叱ったのだ。
「アリスさん、何をやってるのですか? どうして私服を着ているのです?」
「いますぐにメイド服を着て来ること、さっさとしないと今日の食事は抜きますよ」
私は驚いてマリアさんに尋ねた。
「アリスさんはどうしてここに? そしてここの侍女になったのですか?」
「いえ、侍女ではなく、侍女見習いです。それに合格できなければここを追い出すことになっています」
わたしには訳が分からなかった。
確かに教会から聖女認定を取り消され、養家の男爵家から追い出されれば行くあてもなく路頭に迷う訳だが、何故ドルトンさんの伯爵家の世話になっているのか分からなかった。
アリス嬢は私を睨みつけてぞんざいな口を利いた。
「シャーロット、あんたは運が良いわね。私に婚約者を取られなくて」
するとドルトンさんがどこからともなく現れて、アリス嬢の頭をグーで殴った。
ゴツン!!
「いったーーい、お兄ちゃん酷いよ」
えっ、何? お兄ちゃん?
アリス嬢は平民の子で、えっ、それとも伯爵家の庶子だったってこと?
「おい、勘違いするな。私はお前の兄ではない。
お前が路頭に迷えば、男を誑かすことしか能のないことだから娼館に行くしかないので、拾ってやったんだ。その代わりマリアのしごきに耐え抜いて一人前の侍女の仕事を覚えろ。わかったか」
「うっううううう悔しい」
「悔しがるほどの努力をしてから悔しがれ。さあ、さっさと行け。目障りだ。」
やがてマリアさんに引っ張られてアリス嬢はドナドナして行った。
「大変失礼しました。あの蝿女が貴女に噛みつくとは思いませんでした。あとできつく叱っておきます。」
「どうぞそこにかけてください。いまお茶が出る筈ですので」
そしてやって来たのはマリアに付き添われながらお茶セットを運ぶ、メイド服を着たアリス嬢だった。
「ど……どうぞ、シャーロット様……」
私はアリス嬢の震える手で置かれたティーカップを手に取ると一口飲んだ。
「わりと……おいしいですよ」
なんとも微妙な入れ方だが、そこは可哀そうなので精一杯の言葉だったと思う。
「はい、不合格。私がお入れするからあなたはちゃんと入れられるまで練習です」
マリアの一言でお茶は下げられ、アリス嬢は引き立てられて行った。
そういう姿は確かに可哀そうな気もするが、婚約者のいる男性たちを誘惑し粉をかけまくった彼女のことだから当然な結末だという気もした。
むしろドルトンさんはアリスに優しいのではと疑いを持ってしまう。
彼女の魅了が後になって効いてきたのかとも。
まあそんなことはないのだろうけど。
私はそんな思いで伯爵邸を後にした。
同じ屋根の下にあの二人がいるなんて、何か気になるが、ドルトンさんを疑ってはいけない。
そのことだけは信じてあげないと、と思った。
メジャー伯爵家のドルトンの部屋。
メイド服のアリスがドルトンに向かって口をとがらせていた。
「どうして私だとわかったの?」
「お前は平民に転生したから、前世の素のままでふるまっていただろう。言葉つきや身振り動作や癖がそのまま前世のままだったからすぐわかったんだよ。
こいつは妹のサチだってな。そしてこの世界がお前が夢中だった乙女ゲームの『麗しのロマンス学院』の世界そのままだってこともな」
「でも私お兄ちゃんだって分かんなかった。いやに攻略対象の癖に落ちないなって」
「俺は転生してから貴族の嫡子としての教育を叩きこまれたからな。分かるわけないだろう、お前ごときに」
「どうして私をここに連れて来たのよ」
「まあ、お前はこの世界で自活して生きて行くようなタイプじゃないからな。娼婦に身を落とすのをみすみす見捨てる訳に行かないから、ここで鍛えてから好きなとこに放り出すつもりだ」
「酷いよ、ずっと面倒見てよ」
「言っておくが、今世では俺はお前になんの縁もゆかりもない人間だからな。忘れるな」
当然、私ことシャーロット・ドロンは、こんな会話が二人の間でかわされてることは知りません。
また会いましょう。




