13.山内の決意
「……なんだろう。僕にはそんな心当たりないけれど」
山内はキョトンとした顔で首を傾げる。私はそんな彼の方に目を向けて、その罪を口にした。
「勝手に境界線を引いたの、私と山内の間に。私はこうで、あなたは違うって」
「どういうこと?」
「山内が慰めてくれようとしたでしょ、私のこと。クラスに急に直木賞作家が転校してきたらそりゃ創作にだって影響が出るって。でも、山内にとって創作はただの趣味、私は山内より本気なのにって――あの時、そう思ってた。私と山内を区別してた」
山内は黙ってこっちを見つめてきた。
「だから、ごめん。大事な文芸部の、ずっと一緒に書いてきた仲間なのに」
「……うん」
山内はゆっくりと頷く。
「それは謝ってもらわなきゃだめだな」
「だよね、ほんとに、ごめん」
「うん、……あのさ、この際だから僕も言うけど」
山内は、ベンチから立ち上がって山の下に広がる街並みを見渡して言った。
澄谷と私は彼の背中を見つめる。
「澄谷が転校してきたとき、水上を取られるなって思ったんだよね。だって水上は、小説を書くことに一生懸命で、すごくひたむきで、上しか見ないようなそんなストイックさを持っているから」
彼がどんな表情でそう言っているのかは分からない。
「僕が文芸部に入ったのは、他に入りたい部活が無かったからだし、好きなミステリーでも書いてみようと思ったから。水上の言う通り、最初はただの趣味だったんだよ。僕にとって『書くこと』ってその程度だった」
でも、と彼は言った。
「水上を見てたらさ、僕ももう少し頑張ってみようって思ったんだ。専業作家になりたいとは思わない、だってエンジニアにはずっとなりたかったから。でも、賞を取ってみたい、あわよくば書籍化したい。自分の書いたもので勝負してみたいって――次第に思うようになったんだ」
私は初めて聞く彼の秘めた決意に、ただ驚くことしかできなかった。
「知らなかった。なんで教えてくれなかったの?」
「ほんとは、ずっと言おうと思ってた。でも、そのタイミングで澄谷が来て、案の定水上は澄谷の存在に振り回されていた。それで、改めて気づいてしまったんだよ」
山内はこちらを見ることなく、言い切った。
「僕は水上のこと、一番近くで見ているつもりだったけど……実際はただ何光年も先の星の輝きを、近いって感じていただけなんだって」
その瞬間、私の左隣で影が動いた。澄谷が立ち上がり、つかつかと山内の方へと歩み寄る。
澄谷は友人の両肩を掴み、自分の方へ向き合わせた。
「澄谷?」
そして彼の口が動き、突然のことに驚いている山内を罵倒した。
「この馬鹿野郎が!」
私はどうすればいいのか分からなくて、二人の様子を見つめることしかできない。
「山内、お前さ……まじで、なんで自分から遠ざけるようなこと言うんだよ! 近づきたいんだろ、これからも傍に居たいんだろ! じゃあなんでそう素直に言えねぇんだよ!」
澄谷は山内の肩を揺さぶりながら問いかける。
「何光年も離れているなんて、どうして自分で言っちゃうんだよ」
そこで澄谷が、唐突に私の方を指さしてきた。
「この創作大好き、小説以外何も興味ありません鈍感女は!」
「な、なんですって!?」
降りかかった悪口に反論しようと口を開く。でもその出かかった言葉は、澄谷の次の山内への叱咤で喉の奥に引っ込んだ。
「ちゃんとお前が思っていること伝えないと、たぶん一生気づかないぞ!」
――気づかない? 私が、何に? 山内の考えていることに、気づかないって……どういうこと?
私が困ったように山内の方を見ると、彼の横顔はほんの少しだけ赤くなっていた。
山内が小さく息をつき、肩にかかっている澄谷の手を外す。そしてベンチに座ったままの私の方にゆっくりと歩み寄ってきて、目の前で足を止めた。
「……やま、うち?」
「水上のこと、尊敬してる」
突然、彼は私にそう言ってきた。
「あ、ありがとう」
「書くことが好きで、好きに一生懸命で、夢を追いかける――そんな姿を見て、僕も『書くこと』をもう少し頑張ってみようと思えた。僕が今、書き続けているのは全部水上のおかげなんだ。僕は、その、そんな水上が」
山内はそのまま続けた。
私の目を見て、はっきりと口にする。
「好きだ。これからもずっと一緒に書いていきたいし、なんなら追い付きたい。同じ場所に立っていたいと思う」
「……は、え、っと」
私は何か言おうとしたが、その瞬間脳がフリーズした。真っ白だ、何も考えられない。
山内が私のことを尊敬してくれていて、それで、えっと……今彼は何と言った?
すき。
山内が、私を、好き――?
考えたこともなかった。だって山内は私にとって文芸部の仲間で、澄谷が来るまでは学年で唯一の創作仲間で、一緒にいろんなもの書いてきて、私がスランプになったときも励ましてくれて――。
そうだ、山内はいつだって、書いている私の傍に居てくれた。
「私、は――」
私は山内のことどう思っているんだろう。好き、なのかな。
嫌いではないのは確か、友人として好きであることは確か。
でも、この「好き」は恋なのかなんなのか、本当にわからない。
頬が今までにないくらい熱くなっているのが分かる。
継ぐ言葉が見つからず、私が俯いていると。
「返事は、いつまでも待つから」
立っていた山内がしゃがみ込み、ベンチに座る私の視線の高さに合わせて言った。
「ごめん、急に困らすようなこと言って。僕も謝ったから、これでお互いさまってことで」
そう山内が言って、私がかろうじて頷いた――その時だった。
パチパチパチパチ。
拍手とともに、澄谷がゆらりとこちらへ歩いてきた。
「これで直木賞受賞、新進気鋭の若手作家・澄也海人の次回作が決定しましたー! 鈍感女子高生と、奥手な陰キャメガネくんの青春甘々ラブストーリーでーす! 早速帰ってから執筆にとりかかります、よろしくお願いしまーす!」
そうおちゃらけた口調で言ってのける澄谷に、二つの文句が降り注ぐ。
「誰が奥手陰キャだ!」
「また鈍感って!」
重なった言葉に、思わず私と山内は目を合わせる。
まだ頬は熱い、でもそんなのお構いなしに二人して吹き出す。
「あはっ、なんかもう……全部面白い」
「おっと、水上さん。それってつまり先ほどの奥手陰キャメガネくんの一世一代の告白も面白いと……?」
「黙れ澄谷、勝手に変な修飾語付けんなって!」
山内が澄谷につかみかかろうとする。それを華麗に避ける澄谷、頬をまた赤くしながら彼に一発くらわそうと追いかける山内。
そんな彼らを見て、私の口元が緩む。
自分の辛い現状を話してくれた澄谷。
秘めていた夢と、想いを伝えてくれた山内。
ちゃんと、私のことも伝えよう。
「あのさ、山内、澄谷――」




