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うみのくるしみ【毎日19:10更新】  作者: 咲翔


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1.元凶の転入生

 才能に、震えた。


 見てはいけないものを見てしまったんじゃないか。

 直感的にそう思う。

 だからスマホは嫌いなんだ。軽い思い付きで知りたくなったことを、すぐに調べられて、正確な答えまで出してしまえるから。


「稀代の高校生作家――直木賞受賞までの道」

「十六歳でデビューした売れっ子ミステリ作家の姿」

「大手新人賞、大賞は高校二年生」


 検索結果の記事が示された画面。笑顔で単行本を持って、壇上で微笑む『高校生作家』の男の子。

 その写真とともに並ぶ文字たちが眩しく見えたのは、きっとブルーライトのせいだけではないだろう。


 ――ほんのちょっとした、知的好奇心だったのだ。私と同年代で、本を出している人ってどれくらいいるんだろうって。本当に気になっただけなのだ。私と同じ夢を追いかけている人が、全国にはたくさんいて。その中で、もうすでにその夢をつかめた人は居るのだろうか、と。


 私は小説家になりたかった。文字を紡いで、世界を作る人に憧れたのだ。

 でもその夢は、もうすでにその次元にいる同年代の人たちがいるという事実だけで揺らいでしまうような、弱くて脆いものだったらしい。

 私はスマホを投げ出し、今まさに小説を書いていたノートパソコンを乱暴に閉じると、ベッドにダイブした。


(……ああ、賞が欲しい)


 才能もセンスも、書く時間も気力も。きっと高校生作家と言われる人たちのそれは……壇上で著作を持って笑顔を浮かべる彼のそれは、私の何万倍もあるに違いない。

 高校でも迷うことなく文芸部に入って「そろそろ書籍化したい」とか部の仲間に漏らしていた過去が恥ずかしく思えてくる。


(もう、あきらめよう)


 実を言えば最近、筆が思うように進んでいなかった。そんな中、知ってしまった雲の上の話。

 それが最終的に決定打になった。


 こうして私は、この日から、今まで書き続けていたのが嘘のように――小説を書くことをやめた。


 そう、やめたんだ。


 ***


 私の通う稔山第一(みのりやまだいいち)高校は、山間部の静かなところにある小さな学校だ。全校生徒数は百人ほど。三学年でこの人数だから、ひと学年三十人というところだ。


「あ、詩織(しおり)。おはよう」


 その日もいつも通り私が登校すると、友達の早紀が声をかけてきた。


「ああ。早紀(さき)、おはよ」


 私はリュックを机におろしながら応える。すると早紀は突然私の耳元でこう囁いた。


「ねえ、詩織、知ってる? 今日転校生が来るらしいのよ」

「え?」


 高校で、しかも夏休み前から転入生だなんて珍しい。


「知らない。早紀は、その情報どこから?」


 私がそう尋ねると。早紀はかわいらしく首を傾けて言った。


「……んー、風の噂かな。なんか近所の人たちが知っていたから、もしかしたらうちの近くに引っ越してくるかもしれないんだけどね」

「ふうん、そうなの」


 狭い町だから、情報が回るのは速い。


「どんな子が来るか楽しみね」

「うん。うちはイケメンがいいかなぁ」

 早紀の言葉に笑う。

「こんな田舎にイケメンが来たって、顔面の無駄遣いよ。そういうキラキラした人たちは都会にいたほうがいいわ」

「それもそうね」


 早紀がそう言ったところで、朝の予鈴のチャイムが鳴った。担任の先生が入ってきて、いつも通り今日の連絡を伝える。そしてそのあと、先生は言った。


「えー、今日は転入生を紹介します」

 来た。私がこっそりと斜め後ろの早紀の席を振り向くと、彼女はニヤニヤとした顔つきでガッツポーズをしてくる。思わず苦笑いをしながら、再び前を向く。そして、ついに教室の前のドアが開いて転入生が――。


 ガラガラガラ。引き戸の開けられる音が、やけに耳の奥でゆっくり響く。ゆらり、と現れて。私の視界に彼の姿が入ってくる。そう、彼――転入生が、ゆっくりと、入ってきて。


(え……?)


 私は叫び出しそうだった。今すぐにでも立ち上がりたい衝動を抑えながら、私はもう一度転入生を見る。深く息を吸って、吐いて、また見る。瞬きを何度もしてみる。……でも、そんなことしたって、彼の姿は見間違いようもなかった。


 ああ、こんなことが、本当に起きるなんて。


 一人で動揺している私をよそに、転入生歓迎ムードのざわめく教室は、盛り上がりを見せていた。


「今日からこの学校に編入することになった、澄谷海斗(すみや かいと)です。どうぞ、よろしく」


 清楚系、という言葉が似合う、どこにでもいそうな普通の男子。彼が、今日からこの教室でともに学ぶ転入生だった。彼――澄谷海斗は割れんばかりの拍手に包まれながら、深くお辞儀をした。制服は、今日に間に合わなかったのか、前の学校のものを着ている。白ワイシャツに青いチェックのネクタイ、グレーのズボン。その色合いもまた、彼の爽やかさや穏やかさというものを際立たせていた。


「じゃあ、澄谷、今日からよろしくな」


 担任の先生が彼に微笑みかける。彼も小さく微笑みを浮かべて返す。


「……えっと、俺の席とかって」

「ああ、あの窓側の四番目の席で大丈夫かな」

「あ、はい」


 彼は担任に言われた通り、窓側の席に向かって歩き出した。その間、私はずっとうつむいていた。机の木目を見ながら、席の横を彼が通り過ぎていくのをじっと待つ。……嫌だ、顔を上げたくない、彼の姿を見ていたくない。


 私は彼のことを、知っていたのだ。

 私は澄谷海斗のことを見たことがあった。

 それも、一方的に。私が、彼のことを見た場所、それはスマホの画面だ。あの夜、ふと見てしまったニュースサイトに彼が載っていたのだ。笑顔の、あの高校生が。


 澄谷海斗じゃなくて、「澄也海人」の名で――『直木賞受賞作家』として、ステージ上で笑っていたのだ。彼自身が書いた本を、持って。それは、私の脆い夢を粉々に打ち砕いた元凶。


(……最悪)


 ――転入生は、直木賞を最年少で受賞した「稀代の天才作家」・澄也海人だった。


(そんなの、聞いてないってば……)


 私は机に突っ伏したまま、澄谷海斗が近くの席の人たちから歓迎を受けているのを、どこか現実感なく聞いていた。



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