そこにとじこめたもの
ぼくは「きらきら」をつかまえたんた。
つかまえてここにとじこめたんだ。
これはホントにすごいことなんだよ!
その男の子とは、わたしは一度も会ったこともないし、話しをしたこともなかったと思う。
ただ図書室で外を眺めるわたしに、耳打ちしてきたのだ。
いつかきみに、みせてあげるからね。
いつかって、今じゃだめなの?
「きらきら」ってどんなもの?
つかまえたとしても、逃げちゃうかもしれないよ?
そう思って、誰かに声をかけられたんだと、ハッとなって、言葉にしようかと思って横を向いたら男の子はもういなかった。
他の子にまぎれて誰だかなんてわからなくなっちゃったのかもしれない。
その貴重なものを、ただ誰かに見せたかったのか、手に入れたことを自慢したかったのか、あいては誰でもよかったのか…。
クラスの誰かにその男の子のことを聞いてみるのも良かったかもしれないけれど、顔もほとんど見ていなかったし、声もどんなだったか例えるのも簡単なことじゃないし、なにかの冗談かも知れないことをあれこれ考えているのも、悪くは無いけれど。
さいしょから、誰もいなかったのかも…。
夢見がちで想像力豊かで良いのですが、
集中できないと学力に影響します。
授業中は目の前の黒板の文字や先生の言葉に集中しましょう。
なんてまた言われてしまう。
お母さんの担任モノマネ、似てるだけになんかイヤミなんだ。そんな時は、まぶたをぐっとさげて、目を細めるくらしいかできない。へたにイギをとなえようものならば、言葉のつぶてによるセイサイが行われる。言い返してみよというくせに、数十年早いわと、うで組みして立ちはだかる。
うで組するお母さんには退場していただき、想像力の世界に、わたしのシュドウケンをもどすとしよう。
その男の子が誰なのか、
その閉じ込めたものの正体が何なのか、
気になるけれど、解決のとっかかりすら見当たらない。理科の実験で使った何かを燃やした瞬間とか燃えかすとか、なにかだろうか?
もうちょっと彩り豊かな想像力はないのだろうかとため息をついたところでチャイムが鳴った。
次の日の昼休みに、同じように図書室の同じ席に座り、同じようになにをするでもなく外を眺めているような振りをしてみた。
待っているようで恥ずかしくもあったけれど、かんちがいとか、人ちがいとか思いたくなかったからだ。
たいくつな日常にちょっとした謎の出来事は、当たらない朝の占いよりはマシなうえ、けっきょく気になって毎朝見ては良くも悪くも左右されて今日の運勢、結果良くないじゃんかというくりかえしから抜けられそうな気がしたのだ。
今朝の占いで、どうと言っていたかおぼえてないけれど、待ち人来ず、期待はずれとは言っていなかったと思う。
占いなんて当たらないんだけど、ささやかな不思議の正体は、やはりわからずじまいだった。
どうせなら、その正体をじぶんで探してみようか。そう思った。




