【天使】養殖・第三話(7)
圧倒的劣勢なとこへさらに現れた『敵』の『母親』。絶句して身じろぎもならん少女に【痴天使】は笑みかけ、
「お姉ちゃん、ぼくの天使名【ユデガエル】の由来は一極圏民の実態にあるねんで。ぼくはお姉ちゃんら『圏民』が浸かってる湯の温度を上げに来てん!」
ゾンビたちが増殖する。まるでねずみ算みたいに。人が人へと次から次に噛みすがる悪夢みたいな光景。無事な人間がべつの無事な人間を押しやり差し出すこの世の地獄。少女は目を堅く閉じた。
(あー……)
涙がにじんだ。自分に何ができる……?
(できるわけない)
物心ついたときから『特徴のない女』。それが自分。平凡のさらにむこう側にいる『無凡』。さもなくば『消凡』。もしくは『未凡』。
(お願い……)
とどのつまり、ついたあだ名が『少女』。どうしようもなく無色でどうしようもなくとらえどころのない一般名詞。通っている女子校でも『あ、少女だ』『めずらしい。少女が笑ってる』『誰か知ってる人いない? 少女の本名』……。
そんな『質量ゼロ』だった私にたった一人、
「ええっ、自分自身のことそんな風に思ってんの? ならそれって『可能性のかたまり』じゃねっ? 『質量ゼロ』ってんならさ、それってもう『ビッグバン直前』じゃんっ!」
笑顔でそう言ってくれた彼女。
つきあいの広い人気者なのになぜか私に何かとかかわり、『あたしたちはなぜか親友になれる! なぜかそんな気がする!』と言ってくれる。
(力を貸して……!)
誰よりもキャラが強くて濃い、私の『ヒーロー』……。
『あの“そかりはん”に目にもの見せてやろうよ!』
サファイア色の可視(?)光が一条、夜闇を裂いて屹立しよった。
死が跳梁する巷の真ん中、襟紗鈴がただ一人の『海』として、碧い光を放ちながらそこにたたずんでよった。
「私ハ『海』……『原初ノ海』……!」
そない、つぶやきながら。
まさにそれは『擬人化された二十五億年前の地球』やった。群れつどう死者どもの中央にあって、襟紗鈴はただ一粒の『生命の源』として歩を進めよった。水。塩類。アミノ酸。皮膚の表面に命脈の記憶をかたどるシルエットが血潮と化して浮かび上がる。三葉虫。バージェス動物群。アンモナイト。恐竜。さながら赤いボディペイント。動き、動いては消え、生まれ揺らめき仮初めるタトゥー。浄化?>聖別?>創生? なんでもええ。
「ヨミガエレ……!」
襟紗鈴に触れられた人々がたちまちゾンビ化を解かれていきよる。生命を受けた『よみがえり』たちはその生命をまたべつの死者に、
「ヨミガエレ……」「ヨミガエレ……」「ヨミガエレ……」
べつの死者に生命を分け与える、いわば『ビンゾ』と化して次々に……。
「うらやましいわ」
いつからおったんか、【天使長】が少女のそばに立ってよった。
「たとえ全人類を敵に回してもあの子だけは嬢やんの味方や。ほんま得がたい親友やで」
当て身でも受けたか、【語り部天使】もとい【くしゃみの仙女】が【天使長】の腕に抱きかかえられて目え閉じてた。(『【天使】養殖・第三話(8)』に続)




