東京 渋谷 ハロウィン 俺
人は皆死ぬ。
人どころか生命という括りに置かれた者は全て死ぬ。
そこには不平等はない。
この世界で最も完成された、最も公平なシステム。
基本的に未定である未来で唯一確定されている要素。
人は皆死ぬのが怖い。
分からないからだ。
死んだ後は?
死んだらどうなる?
死んだら自分の自我はどこにいく?
死んだらどこに自分は置かれる?
死んだら人生はどうなる?
限りない疑問の末、何を血迷ったのか人はありもしないものに寄りかかるようにもなった。
命とは、人生とは理不尽である。
2016年 10月31日 21時49分
東京 渋谷 スクランブル交差点
この国は最悪だ。
この街は特にだ。
騒がしくてありゃしない。
様々な仮装をして若者が浮かれて歩き回る。
酒を飲んで飲まれる。
少し見渡せば殴り合いも起きている。
馬鹿らしい。
そもそもハロウィンは他の国の風習だ。
情弱どもが。
と言っても別にこの街の人間に何かされたという訳でもないし、若者が嫌いという訳ではない。
だが最悪だ。
俺のコンプレックスを刺激する。
キラキラして、楽しそうに、何も考えず、明日に怯えず、幸せそうに...
つまりただの嫉妬だ。
俺も学生時代に戻りたい。
「...フッフッフッ!」
息切れしてきたな。
太っているからか少し歩くのが辛い。
俺は醜い。
知っている。
身長166センチ
体重102キロ
顔はニキビだらけで清潔感のかけらもなく、木村拓哉の顔をめったうちにしてもそうはならないと言うほどの不細工。
まるで鏡餅みたいな体型。
体臭はもう最悪。
友達や親に言われるならまだしも、顔見知りでもないやつにブスと言われる。
イラッとはするが、別にそこは気にしない。
努力してないし。
22時01分
スクランブル交差点を渡らずに突っ立って眺めていたら、若者に『邪魔だデブ!』と言われた。
言わなくてもいいじゃないかそんなこと。
だから仕方なく歩き出した。
お前が言ったんだからな!
22時04分
スクランブル交差点の真ん中よりちょっと左。
多分人が一番集まる場所。
そこに立ち止まり、背負っていたバックを置く。
「ッ!クソ!邪魔だおっさん!」
「グオッ!」
また邪魔だと言われた。
俺は世界で一番情けない34歳だよ。
「俺は稲又祐希。34歳。独身。1週間前にリストラされ、現在ニート。」
少し大きめの独り言を口ずさむ。
「何あのおっさん笑」
「一人で喋ってるキショw」
『キショ』は多分俺が人生で二番目に言われた言葉だな。
「体重102キロ。最終学歴は都立清水高校。高卒。狭い1DKのアパートに住んでいる。」
周りは俺を冷ややかな目で見て、俺を鼻で笑う。
「...気にしない訳ないだろ。」
カツッ
「痛ぇ」
足元を見ると空き缶が転がっている。
俺を見てゲラゲラ笑っている。
「......」
22時05分
起爆。
爆破時、どんな状況でどんな惨事になったかは知らない。
多分即死だったから。
そういえば、俺の小学生の頃の将来の夢は消防士だったな。
きっかけは社会科見学の時。
訓練の時の消防士がかっこよくて。
消防士のドラマや漫画も読んだ。
瓦礫の中から人を助ける。
怪我している人に肩を貸す。
ブスでも英雄になれる...
人生とはやり直しのきかない糞ゲーだ。
選択を誤っても自身の修正で後々なんとかなるような時間が用意されてはいるが、生憎、俺はそれができなかった。
高校卒業してすぐ働いた。
頭が良くなかったし、俺の学力で行ける大学行ったって無駄だと思ったから。
俺は必死に働いた。
でも俺の世界で必死だったのは俺だけだったみたいだ。
周りは俺は必死じゃないと思ったらしい。
まあ、実際そうだしな。
毎日ゴミに囲まれながらカップ麺を啜り、かろうじてあるスペースで寝る。
惨めな生活だ、
ああ、あと俺は嘘つきだ。
そもそも学生時代になんか戻りたくない。
死んでもごめんだ。
俺は『キモイ』という理由だけで虐められていた。
まあ、多分他に俺が余計なことしたのかもしれないが...
蹴られ、殴られるのはまだマシだ。
一番辛かったのは爪を限界まで切るって遊びだ。
あれは思い出すだけでも痛い。
だけど、思い出したくもないのに脳みそはそれをフラッシュバックする時もある。
そんな時は睡眠薬を大量に飲んで無理やり寝ていた。
自分にも嘘をつき続けた。
周りに見栄を張るために自分にも見栄を張った。
泣いて努力を誓ったとて努力しなかった。
だから自分の言葉どこが嘘でどこが本当なのか何も分からなくなった。
「辛かったんだ。」
俺は薄暗い何もない部屋でそう呟いた。
なんでここにいるのかよく分からないが、とにかく吐き出したかった。
多分俺より辛い人は世界に大勢いるだろう。
だけど俺より辛い人なんていないんだ。
何もない部屋、誰もいない部屋で俺は泣き崩れる。
涙と鼻水と涎が混ざった地面を見つめながら俺は自分の弱さを吐露した。
「自分のことなんて...自分のダメなとこなんて...自分がどんなやつだって...そんなこと...そんなこと俺が一番分かってんだ!うるさい!」
誰もいない部屋で叫ぶ。
「うるさい!うるさい!」
今まで言われた言葉が絡みつく。
「うるさい!うるさい!」
俺が一番分かっている。
周りで俺が一番ダメなんだって。
俺が見下してたやつはそこそこの大学に行った。
結婚もしていた。
中学の頃仲良かったはずなのにその連絡さえなかった。
なんだかそれが無性に辛かった。
俺は誰の眼中にすらない。
「ヴッッウ...うぐッア...イッ」
「死者14人負傷者57人。」
「え゛?」
後ろに1人の女が現れた。
白く美しい髪を靡かせている天使のような風貌をしている。
足は長く、服を着ていても分かる芸術品のようなくびれ、顔は俺とは完全な対照。
誰がいつどう見ても美人だと答えるほどの美人の権化。
「あなたが最後に魅せた大花火の成果です。あなたは未来ある若者を多く殺し、傷跡を残しました!」
「あっ」
「あなたの軽率な行動のせいで、多くの人々が死にました!悲しみました!」
「あ、」
「いや、軽率な行動ではないですねぇ〜あなたは悩んできたんでしょう?さっきも言ってたじゃないですか!辛かったんだぁって。」
「い、いやっ」
「悩んで悩んだ末の巨大な閃光!大花火!大自爆!大殺戮!血と肉片の雨霰!まるで悲鳴のオーケストラだ!さぞあなたにとって意味のあることだったでしょう。社会へのメッセージだったりするのかな?」
「...あ...ち...」
「違うんですか?何が?何が違うの?ねえ!」
悪魔だ。
この女は悪魔だ。
俺に事実を押し付けてくる。
それは!違う、違くない、なんだこれは。
「...俺は...ただ...」
何も出てこない。
ぐうの音も出てこない。
正論だった。
今俺の中にあるのは罪と事実を淡々と述べられたことへの怒り。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!」
「しかし私は許しましょう。」
「..................え?」
「愚かなあなたを許しましょう。私はずっとあなたの人生を見てきました。潰され、馬鹿にされ、貶され、布団の中で蟲のように蠢くあなたをずぅっと見てきました。」
先ほどとは打って変わっていた。
恐ろしいほどに。
俺を否定するだけの悪魔がいつの間にか天使に代わっていた。
「大丈夫です。辛かったですね。」
嘘だって分かっている。
なのに涙が止まらない。
「あああ...ああ!」
目の前の天使は優しく俺に抱擁する。
「大丈夫です。大丈夫。私はあなたを認めましょう。頑張りましたね。」
言って欲しかった言葉。
誰かに言われたかった言葉。
辛かったんだ。
俺は辛かったんだ。
頑張ったんだ。
俺は頑張ったんだ。
「だからもう一度チャンスを与えましょう。」
「え?」
「あなたの最悪な人生を最高なものにするためのチャンスを与えましょう。」
「いいのですか?」
「はい。頑張り屋さんにはご褒美が必要です。」
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
俺は指を交互に組んで握り、床に額をつけながら、泣きながら感謝を述べる。
「顔をあげなさい。」
顔を上げると天使がしゃがんで俺の顔を覗き込んでいた。
優しい笑顔だ。
「善は急げです。あなたを次の世界に転生させましょう。」
「はい!ありがとうございます!感謝してもしきれません!」
俺がそう言うと天使は少し離れる。
「では、始めましょう。神の加護が有らんことを。さようなら。」
天使はそう言うと願い始める。
その瞬間俺の体が光出す。
その光は温かく、優しかった。
「ありがとうございました。さようなら天使様。」
光は段々と俺の体を分解していく。
俺は天使を見つめていたが、次の世界に旅立つ瞬間、天使の顔が少し歪んだのを俺は見逃していた。
俺はこの先幸せな人生になるだろうと思っていた。
俺は次こそは努力していい人生にしようと思っていた。
思っていたんだ。
「ハッ...ハッ...!ハッ...!」
息をしないと!
息ができない!
息をしないと!
苦しい!
痛い!
足動かない!
足痛い!
死にたくない!
死にたくない!
息切れと痛みと悲しみと後悔と...様々なものが俺の呼吸を妨げる。
目の前には絶望が横たわる。
これは俺の最悪な人生の物語でその戯言だ。




