第9章 祈りを奪う影
第9章 祈りを奪う影
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風が止まった。
遠くの地平線に、黒い影がゆっくりと広がっていく。
砂を巻き上げる風が、まるで生き物のように蠢いた。
リオたちは丘の上に立ち、じっとそれを見つめていた。
「……あれが、“祈りを奪う者たち”?」
フィーゼが息を呑む。
リネアが頷いた。
「ええ。彼らは“神の代弁者”を名乗り、
人々から祈りを“管理”するようになった。
祈りを捧げる自由は、もうどこにもないの」
「管理、だと……?」
クロが低く唸った。
「祈りを奪い、数に変える。
彼らにとって“信仰”は資源なの。
集めた祈りの力で、世界を支配してる。」
リオの胸の光が、小さく震えた。
「それじゃあ……祈りはもう、心じゃなくて“武器”なんだな」
リネアが悲しげに頷く。
「そう。だから、あなたたちが来たことが希望なのよ」
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やがて、街の外に馬の蹄の音が響いた。
灰色の外套を纏った一団が現れる。
先頭に立つのは、銀の仮面をつけた男だった。
「……ノアスに人影とは珍しい」
低く響く声。
男は馬を降り、地面に足をつけた。
「祈りの欠片を探している。
ここに、“光の痕跡”が現れたと報告があった」
リオたちは互いに目を合わせた。
クロが小声で言う。
「……逃げるか?」
「いや、ここで逃げたら、また誰かの祈りが奪われる」
リオは一歩前に出た。
欠片を握る手が熱を帯びていく。
「お前たちは、“祈りを奪う者”か?」
仮面の男はゆっくりと笑った。
「“奪う”ではない。“管理”だ。
人の祈りは不安定だ。
だから我々が正しく分配し、導くのだ。」
「それは支配だ!」
リオの叫びが、風に乗って響いた。
「祈りは、誰かの“想い”だ!
数に変えて操るなんて――それは、殺すのと同じだ!」
男の笑みが消えた。
「愚かな子供だ。
“想い”など不確かだ。
我々がこの世界に秩序を与えた。
お前たちの“霧の祈り”こそ、幻想にすぎない。」
その言葉と同時に、男の背後の兵が動いた。
腕を掲げると、空気が震え、黒い紋様が地面に走る。
「――“祈り封印陣”!」
リネアが叫んだ。
地面から黒い鎖のような光が伸び、
三人の足元を縛る。
胸の光が、鈍く濁った。
「っ……動けない!」
「“祈り”の波長を封じる術式だ。
彼らは祈りの理そのものを“逆に利用”している!」
リオは歯を食いしばり、光を抑え込む鎖を見つめた。
『――リオ』
胸の奥で、アリアの声が響く。
『あなたの祈りを、誰かのために重ねて。
“守りたい”と思ったとき、祈りは形を変える。』
リオは顔を上げた。
フィーゼが恐怖に震えながらも、クロを庇っている。
クロの手には折れた矢。
リネアの唇からは血が滲んでいた。
「守りたい――」
リオの胸の光が、一瞬だけ赤く染まった。
「……この“想い”は奪わせない!」
金と赤の光が爆ぜた。
地面を縛っていた鎖が弾け、
祈祷塔の残骸が光に照らされた。
「なに……!? 祈りが暴走している!?」
仮面の男が叫ぶ。
リオの周囲に、金色の風が渦を巻いた。
その中に、母の声が重なる。
『リオ。祈りは力ではなく、共鳴。
“誰かのために願う”とき、祈りは世界を動かす。』
「うおおおおおお――っ!」
光が爆ぜた。
鎖をすべて焼き切り、
男たちの紋章がひとつ、ひとつ、消えていく。
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静寂が訪れた。
風が戻り、空が青に染まる。
地面には、焦げた紋様の跡だけが残っていた。
仮面の男は膝をつき、息を荒げながら呟いた。
「……これが、“真の祈り”か」
そして、ゆっくりと笑った。
「面白い。
ならば、“王”も興味を持つだろう。
暁の継承者――リオ・アリエナ」
その名を呼ぶと、男は闇の中へ消えた。
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沈黙のあと、
フィーゼがリオに駆け寄った。
「リオくん……!」
「大丈夫、もう大丈夫だ」
彼女が泣きながら抱きつく。
リオは微笑み、彼女の頭をそっと撫でた。
クロが苦笑して言う。
「……やれやれ。
お前、もう完全に“化け物”だな」
「そうかもな。でも、悪くない化け物だろ?」
「……ああ、そうだな」
三人の笑い声が風に溶けた。
リネアは少し離れたところで空を見上げていた。
胸に手を当て、静かに呟く。
「……アリエナ。
あなたの“祈り”は、確かに継がれています。」




