第14章 砂の祈り
第14章 砂の祈り
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朝の砂漠は、驚くほど静かだった。
風は冷たく、遠くで鳥が一度だけ鳴く。
夜の名残のように漂う空気の中で、フィーゼは焚き火の火を見つめていた。
リオは少し離れた岩の上で、剣を磨いている。
乾いた砂に反射する光が、彼の瞳の奥を一瞬だけ照らした。
「ねえ、リオくん」
「ん?」
「なんか……こういう朝、好きだなって思って」
フィーゼは火に小枝をくべながら笑う。
「戦いもなくて、静かで、誰も泣いてなくて。
それだけで“祈り”みたいだなって」
リオも小さく笑った。
「たぶん、こういう時間を守るために、俺たちは戦ってるんだろうな。」
彼は空を見上げた。
砂の向こう、淡い金色の光が昇る。
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旅の途中、二人は“砂の街ローベ”に立ち寄った。
忘却の都から西へ数日の道のり。
乾いた風が吹き抜ける小さな街だが、人々の顔にはわずかに笑みが戻っている。
市場では果実酒や干し肉が並び、子どもたちが笑って走り回っている。
フィーゼはその光景を見て、少し胸が熱くなった。
「……この街の人たち、祈ってるんだね」
リオが頷く。
「“忘却の都”とは違う。
痛みを忘れようとはせずに、痛みの中で笑ってる。」
二人は市場で果実酒を一本買い、宿の屋上で小さく乾杯した。
「おつかれ、リオくん」
「おつかれ。……甘いな、これ」
「ね。もう少し酸っぱくてもよかったかも」
二人の会話に、風の音と笑いが混じる。
それはほんの一瞬の“日常”だったが、
戦いの旅の中で何よりも尊い時間だった。
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翌朝。
街外れの祈り場で、フィーゼは一人の少女に出会った。
頭巾を深くかぶり、足元で花を並べている。
「こんにちは」
声をかけると、少女は顔を上げた。
その瞳は――覚えている。
「……ティリ?」
少女は目を丸くし、すぐに笑顔を浮かべた。
「やっぱり! フィーゼお姉ちゃん!」
抱きつかれ、フィーゼは驚きと懐かしさに息をのむ。
灯の村で別れたはずの子が、今はもう、しっかりした足取りで立っていた。
「どうしてここに?」
「クロ兄が……旅に出る前に言ったの。
“祈りを探してるなら、西へ行け”って。
だから、わたし来たの。」
クロの名前を聞いて、フィーゼの胸に懐かしさが広がる。
「……元気、なの?」
「うん。子どもたちの先生してる。
でもね、夜になると空を見てるの。
“お前らが笑ってたら、それでいい”って」
ティリは空を見上げながら言った。
その声には、もう“泣き虫の子”の面影はなかった。
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祈り場の中央には、割れた石碑があった。
表面に古い言葉が刻まれている。
――忘るる者よ、祈る者よ。
どちらもまた、愛を知る者なり。
「ねえ、お姉ちゃん。
“忘れること”と“祈ること”、どっちが強いと思う?」
ティリの問いに、フィーゼは少し考えてから答えた。
「うーん……強さじゃなくて、
“どれだけ誰かを想ってるか”だと思う。
忘れても、想ってた時間はなくならない。
祈りって、そういう“形のない記憶”なんだよ。」
ティリは頷き、手を胸に当てた。
「……わたしも、そうなりたいな。」
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その夜。
宿に戻ったフィーゼは、屋上でリオに話した。
「ティリちゃん、成長してたよ。
クロくんの言葉、ちゃんと覚えてた。」
リオは微笑んだ。
「……やっぱり、あいつらしいな。
何も持たずに旅立っても、誰かの心に“残す”。」
二人は空を見上げた。
満天の星が静かに瞬いている。
「リオくん」
フィーゼがそっと言う。
「こうやって、誰かの幸せを見つけるたびに思うの。
“祈り”って、きっと全部つながってるんだね。」
「そうだな。
クロの祈りも、ティリの祈りも、
そして――君の祈りも。」
その言葉に、フィーゼは小さく笑った。
「……じゃあ、あなたの祈りも、わたしの中にあるね。」
夜風が頬を撫で、砂が星明かりにきらめいた。
二人の間の沈黙は、まるで“祈りそのもの”のように穏やかだった。
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翌朝、出発の準備をしていると、
宿の外でティリが手を振っていた。
「ねえ、また会える?」
フィーゼは笑いながら頷いた。
「もちろん。また“風の音”が聞こえたら、その時ね。」
ティリが嬉しそうに頷く。
その胸元には、リオが渡した“祈りの欠片”が光っていた。
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旅立ちの道。
リオがふと空を見上げた。
「なぁ、フィーゼ」
「ん?」
「次にクロと会うとき、
あいつ、きっと“照れくさい笑い方”してると思う。」
フィーゼは吹き出した。
「うん、絶対ね!」
二人の笑い声が、砂の上を転がって消えていった。




