第10章 王なき都
第10章 王なき都
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灰色の空の下に、その都市は広がっていた。
石で築かれた高い壁、整然と並ぶ尖塔、
そして中央にそびえる巨大な塔――“祈祷王の塔”。
街の名は《イレシア》。
かつて「神の代弁者」が治め、
今では祈りを奪う教団の本拠地となっていた。
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「……すげぇな。壁の外まで“祈り封印陣”が張られてやがる」
クロが眉をひそめた。
城壁の外からでも、祈りの光が吸い取られるような圧を感じる。
「この街、祈ることすら“許されてない”んだ」
フィーゼの声が震えた。
街の門の前では、兵士たちが祈る仕草をした旅人を次々と拘束していた。
その光景に、胸の奥が冷たくなる。
「……行こう」
リオは深呼吸し、欠片を胸の奥に押し込んだ。
その光がほんの一瞬、金から銀に変わる。
――“隠す祈り”の力。
リネアが教えてくれた祈りの応用だった。
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門をくぐると、
イレシアの空気は重く、静まり返っていた。
人々は一様に俯き、声を出さずに歩いている。
街角の鐘が鳴るたび、全員が立ち止まり、同じ方向を向いた。
「祈祷王の放送だ……」
少年のような声が響いた。
どこかから金属音が流れ、
冷たく響く男の声が街全体に広がった。
『人の祈りは混沌を生む。
我らはそれを整え、形に変える。
祈りを個に持つことを禁ず。
祈りは、“王”のもとに集うべし――』
声が消えると、
街のすべての人々が胸に手を当て、一斉に跪いた。
「……気持ち悪いな」
クロが小声で呟く。
リオは頷いたが、その瞬間、視線を感じた。
路地の奥から、一人の少年がこちらを見ていた。
痩せた身体、煤けた服。
その瞳だけが強い光を宿している。
少年はリオたちをじっと見つめ、
口の前で小さく指を立てた。
「……ついてきて」
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少年に導かれ、路地を抜ける。
辿り着いたのは、街の地下にある古い祈祷所跡だった。
壁には古い祈りの模様が刻まれ、
そこには数人の子どもたちが身を寄せていた。
「ここが、“地下の祈り場”……?」
フィーゼが小声で言う。
少年が頷いた。
「俺はルカ。
祈祷王に祈りを奪われた孤児だ。」
リオたちは息を呑んだ。
「奪われた……?」
「王は子どもの“純粋な祈り”を好む。
祈りを取り出すと、その子は“感情”を失うんだ。
……あいつらはそれを“救済”って呼んでる」
ルカの声は静かだったが、奥に怒りがあった。
「俺は逃げた。祈りを奪われる前に。
でも、みんなは――」
言葉が途切れる。
沈黙の中、フィーゼが膝をつき、そっと手を差し出した。
「大丈夫。
あなたの祈りは、まだここにある」
彼女の胸の光が柔らかく灯った。
その光に、ルカの瞳が少しだけ揺れた。
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夜。
リオたちは地下の子どもたちと共に、
小さな祈りを捧げていた。
祈祷王の支配の中で、唯一残された“自由な祈り”。
小さな声、震える指先、
それでも確かに“願う”心がそこにあった。
リオの胸の光が強くなり、
壁に刻まれた古い祈りの紋様が淡く光り出した。
「……これって」
「この街の“本来の祈り”よ」
リネアが呟いた。
「王が封じた“原初の祈り”。
子どもたちの願いが共鳴して、
また少しだけ目を覚ましたの」
ルカがリオを見た。
「リオ。
あんたたち、本当に“祈りを継ぐ者”なのか?」
「……そう呼ばれた。
でも、まだ答えは分からない。
俺たちはただ――信じてるだけだ。」
ルカは少しだけ笑った。
「なら、俺も信じる。
この街の祈りが、また灯るって。」
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だが、その瞬間。
地上から轟音が響いた。
天井の砂が崩れ落ち、
祈りの灯りがかき消される。
「見つかった……!?」
クロが叫ぶ。
リオはすぐに欠片を握り、光を解放した。
地面が震え、
地下の祈祷所の扉が破られる。
黒い外套の兵士たちが雪崩れ込んできた。
「逃げろ!」
リオはルカの腕を掴み、
フィーゼを抱き寄せながら光を放つ。
狭い通路を金の光が包み込み、
祈りの風が兵士たちを押し返した。
「“祈り”で風を操ってる!? 封印陣が効かない!?」
兵士の声が混乱に染まる。
「クロ、出口は!?」
「右の壁の先に古い水路がある!」
三人とルカは走った。
祈りの欠片が輝きを増し、
金の道筋を描きながら、闇の中を照らす。
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地上に出たとき、夜明けが始まっていた。
空の端がわずかに赤く染まり、
街の塔の影が長く伸びている。
リオは振り返った。
崩れた祈祷塔の上、
黒衣の司祭がこちらを見下ろしていた。
「……暁の継承者。
“王”があなたをお待ちです。」
その言葉が、冷たい風に乗って届いた。
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リオは拳を握りしめた。
「行こう。
“王”に会わなきゃいけない。」
フィーゼとクロが頷く。
ルカも拳を握り、言った。
「俺も行く。
祈りを奪われたままじゃ、終われない。」
東の空が金に染まる。
――それは、次の“暁”の始まりだった。




