悪役令嬢の娘の“母親”としてモブに転生したけど、浮気夫も破滅させて全ての因縁を断ち切り、私は今度こそ娘と穏やかで幸せな人生を手に入れます。
冷たい天井を見上げながら、私は記憶を整理していた。
ここは、乙女ゲーム『薔薇と血のロンド』の世界。しかも、私はその中で悪役令嬢リリアナの“母親”であるレイチェル夫人に転生してしまったのだ。
悪役令嬢である娘は、ゲーム本編で王子に婚約破棄され、名誉を失い、断罪される。そんな娘を育てたという理由で、私は一族からも捨てられる。夫はというと、若い愛人と再婚し、悠々自適な貴族ライフを満喫する未来が描かれていた。
――いや、ふざけんな。
私は、ただのモブ母なんかじゃない。
「娘を守って、クズ夫を社会的に破滅させて、今度こそ幸せになるわ」
その日から、私の復讐と再生の物語が始まった。
---
「リリアナ、今日もお勉強はよく頑張ったわね」
「うん、ありがとう、ママ」
可愛い。うちの娘、マジで可愛い。金髪の巻き毛にぱっちりとした蒼い瞳、何よりも心根が優しくて頑張り屋さん。こんな娘が断罪されるなんてあってはならない。
「……明日から、あなたの教育方針を少し変えるわ」
「え?」
「あなたは“王子の婚約者”になる必要なんてないわ。むしろ、避けなさい。王子はやめておけ。人生、詰むから」
娘はきょとんとしていたが、母の言葉に従ってくれた。王子に近づかず、己の力を磨く――その方向性へと導いたのだ。
一方、問題は夫・ギルバート。
こいつがまた、典型的な貴族主義者で、「リリアナは王子の婚約者だから価値がある」「レイチェル、お前はもう若くない」などと抜かしてくるゴミである。
私は長年、耐えてきた。でも、もう我慢しない。証拠はすでに掴んである。愛人との不適切な関係、政治資金の流用、そして私名義で勝手に資産運用していた件――全て帳簿と文書で押さえてある。
「ギルバート、あなたと離婚します」
「な、何を言ってる!? お前がいなくてどうするんだ、この家は……」
「お好きな愛人とでも再婚なされば? でも、公爵家の名を汚すような行動には、しかるべき責任を取っていただきますわ」
淡々と、弁護士(この世界で言えば書記官)と共に突きつける証拠。ギルバートは真っ青になり、その場でへたり込んだ。
「リリアナの親権は私がいただきます。あなたには二度と娘と会わせません」
「やめてくれ、レイチェル! お前がいなければ私は……!」
「知ったことではありません」
私はギルバートを見下ろし、堂々と背を向けた。ああ、なんて気分がいいのかしら。
---
それから数か月後――私は公爵家を正式に離れ、領地内に建てた小さな屋敷で、リリアナと共に穏やかな生活を始めていた。
娘は花を育て、私は村人に薬草の調合を教える。何気ない日々が、何よりも愛おしかった。
そして、ある日。私のもとに一通の手紙が届く。
――差出人は、あの王子。
『リリアナ嬢に、ぜひ王宮の舞踏会へご出席いただきたく』
来やがったな、攻略対象。
「ママ、どうしよう……」
「行くわよ」
「えっ」
「娘を守るために、母は鬼にもなるのよ」
私は、リリアナのドレスを仕立て直し、同時に自分も華やかなドレスに袖を通した。
そして迎えた舞踏会の夜――
王子がリリアナに近づこうとした瞬間、私はその前に立ちはだかった。
「陛下の御子息であろうと、娘を不幸にするような者にリリアナを渡す気はございません」
会場が凍りついた。
だが、次に口を開いたのは、意外にも――王太后陛下だった。
「その意志の強さ、気に入りました。レイチェル公爵夫人、いえ、今は……あなた自身が一つの力をお持ちのようね」
王太后は、私のこれまでの働きをすでに知っていたらしい。村での薬草研究、孤児院の資金援助、そしてギルバートの不正の暴露。
「今後、王宮薬草院の責任者として働いてくださらない?」
「光栄ですわ」
私は、娘の手を握り、優しく微笑んだ。
---
一年後――
私は王宮に勤めながら、リリアナと共に静かな生活を送っていた。娘は自らの意思で医学を学び、王子のような面倒な男にはまったく興味を示さない。
ギルバートはというと、不正の数々が明るみに出て爵位を剥奪され、今はどこぞの山奥で農業生活をしているらしい。どうでもいい。
この手で娘を守り、私自身も再生した。
かつてはただの“モブ母”だったかもしれない。
けれど、今は違う。私はリリアナの母であり、誇り高き一人の女だ。
そして、これからも――
「ママ、お昼ごはんできたよ!」
「ありがとう、リリアナ。いただきます」
この幸せを、ずっと守っていく。