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立ち並ぶ民家には、ほとんど人が住んでおらず、音の無い村だと、おれは思った。
トタンの貼られた壁が目立つ、昔ながらの住居が目に入った。
身分証明書に記載された住所に間違いない。
辺りを見回すが、玄関には呼び鈴も無く、住人が居るのかも分からない。
玄関先で「すみません」と声を掛ける。
少しして、家の中から、人の足音が聞こえた。
七十代くらいの女性が玄関の土間に出て来て、「どちら様?」と尋ねて来る。
名乗った後、おれは咲屋満月の身分証明書を、女性に手渡した。
「拾ったので、届けに来ました」
女性は、咲屋満月の身分証明書を受け取ると、おれを見た。
「姉の物だね。わざわざ、ありがとう」
身分証明書を自分の胸元に押し付ける動作で、女性にとって、おれが届けた物が、とても大事だと分かった。
「お茶でも飲んで行かないかい」
思いがけない申し出に、おれは感謝した。
何か話が聞けるかもしれないし、咲屋満月に会えるかもしれない。
女性の言葉に甘えて、家の中へ上がらせて貰った。
通された居間のこたつ机に布団は無く、女性は、おれの分の座布団を用意してくれた。
居間から見える距離に有る台所で、女性は急須を使い、お茶を注いだ湯呑みを二つ、お盆に載せて、居間に現れた。
「姉は病気で、二十二の歳に死んでね。私が生まれる前の事だったし、写真も、ろくに残っていなくて。姉の物は、なんでも嬉しいよ」
咲屋満月は、ずっと前に亡くなっていて、もう、彼女には会えない。
残念に思ったけれど、女性から、お茶を差し出されたので、お礼を言いながら、受け取る事にした。
お菓子と共に出されたお茶は、熱くて、まだ自分には飲めなかったけれど、女性は自分の湯呑みに入った緑色の液体に息を吹きかけながら、少しずつ飲み始める。
「姉も、兄も、同じ病気だったけれど、お金さえ有れば、きっと助かった。姉は、私の兄の吉平の為に治療費を用意しようと無理して、余計に体を壊したんだ」
女性の話に出て来た、吉平という名前を聞いた時、咲屋満月が、なぜ前世のおれを殺したのかが分かった気がした。
「吉平は、姉にとっては弟でね。十二も歳が離れていた分、姉は、とても吉平を可愛がったと聞いている。吉平の容態が悪化したと連絡を受けた時は慌てて帰ったのに、姉は死に目に間に合わなかったそうだ」
どこからか、足元に寄って来た飼い猫を見て、女性は猫を撫でた。
「年々、お墓に来てくれる人も減ってる。姉も兄も、きっと寂しかろう」
猫が、女性の膝の上に乗る。女性は猫をどけるでもなく、話を続けた。
「姉は生前言っていたらしい。「もし、『異端者』が自分なら、自分さえ死ねば良かったのに」と」
おそらく、咲屋満月は弟の治療費の為に、前世のおれを殺したのだ。
自分が殺した相手が『異端者』では無い事に気づいた咲屋満月は、誰にも、おれの事を言わず、罪なき人を殺したと苛まされ続けたのかもしれない。
「お墓、遠いんですか」
尋ねると、女性は「すぐそこだよ」と答えた。
前世のおれが『異端者』なら、咲屋満月は弟の治療費を手に入れる事が出来ただろうし、おれを殺した事で罪悪感を覚える事も無かったかもしれない。
おれは、咲屋満月の眠るお墓に行く事にした。