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母が、湯気の立つスープを机の上に運んできてくれたので、おれは席に着いた。
リビングの食卓には、色とりどりの料理が並んでいる。すべて、母が調理してくれたものだ。
「このカボチャは、大事に育ててくれた人に感謝してる」
母のスープはカボチャを主に使ったもので、皿に注がれた液体をスプーンを使って口にした時、見えて来た光景を、おれは母に説明した。
小さな畑。老夫婦が、丁寧に世話をした野菜。収穫の瞬間まで、老夫婦に感謝しているカボチャ。こちらまで、幸せな気持ちになる光景だった。
「樹には、命を全うするまでの生涯が見えるのね」
『異端者』として生まれた、おれの能力を母は気味悪がらなかった。
食材として提供されたものの一生を初めて映像として見た時、おれは泣きじゃくった。
育てられた後、抵抗しながら運ばれた豚が、命を落とすまでの光景は、当時、四歳だったおれには悲惨過ぎた。
食事をとれなくなったおれを心配した母は、おれが話した豚の生涯について黙って聞いた後、「ミニトマトを一緒に育てよう」と言い出した。
育てたミニトマトを母と調理する時、おれは、ミニトマトも死にたくないのだろうと思った。
ミニトマトは、おれの予想を裏切って、おれと母が苗からミニトマトを育てた光景を見せてくれた後、「育ててくれて、ありがとう」と伝えて来た。
おれは「どうしてお礼を言うの」と思わず口に出した。
それ以上、ミニトマトは何も言わなかったけれど、母は「誰の手も借りずに、生涯を全うする命は無いと思うの」と話した。
「植物も動物も同じ。命を繋ぐには、その前に生きていた誰かが居る。命を頂いたら、感謝して、その分、生きようね」
母の話は、おれが食事に罪悪感を覚えずに済むようになるには充分だった。
記憶に有る光景の中の母も優しくて、カボチャのスープをすすりながら、おれは思い知っていた。
前世の自分は知らなかった、あたたかい家庭。それをくれたのは母だ。
「おいしい?」
母にスープの味を聞かれて、「うん」と答える。
「よかった。食べられそうだったら、いっぱい食べてね」
笑う母は、おれにとって悲しませたくない人だ。
幸せな家庭を母から与えて貰ったのに、おれには消えない思いが有る。
前世のおれを見つけて弔いたい。おれの命を終わらせた人を見つけたい。
どうしても、相手に伝えたい事が有ったからだ。