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「帰ろう」と母に手を差し伸べると、母は、その手を取ってくれた。
母の車に乗り、出発して数時間経った頃、母が尋ねた。
「何か、食べたいものは無い?」
助手席に座る、おれに向けての問い。
正直、なんと答えるべきか迷った。
「母さんが作ってくれるものなら、なんでもいいよ」
困ったように、母が笑う。
「いつも、そうね」
そう言われても、本音なのだから、仕方ない。
前世の自分は、母の手料理など知らなかったけれど、今の母が作ってくれるものは、自分にとって、なんでも美味しいし、有りがたいのだ。
そのままを話した時、信号が赤に変わり、車を停止させた母は「私も言いたい事が有るの」と、おれの目を見て微笑んだ。
「私の子どもに生まれて来てくれて、ありがとう」
おれの前世の骸は、今も同じ場所に埋まっている。
前世の記憶を持ち合わせていなければ、母に感謝する事も無く、『異端者』として生まれた事を災厄だと思っていたかもしれない。
母に感謝を伝える事も無く、人生を終えていたかもしれない事が、おれにとっては怖い事だった。
信号が青に変わり、車が動き始める。
母は、進行方向を真っすぐ見ており、おれは、話し始めるタイミングを計った。
大型のスーパーマーケットを見つけて、母が駐車場へ車を進めて行く。
白線の内側に車を停めた母が「本当に、食べたい物、思いつかない?」と聞いてくれる。
「荷物持ち、居た方がいいだろ。おれも行くよ」
答えにならない答えを返し、おれはシートベルトを外した。
「あのさ」
車を降りる前、自分のカバンを手にした母に声を掛ける。
「いつも、おれの事、一番に考えてくれて感謝してる。でも、たまには、母さんの食べたい物、一緒に食べたい」
おれは母の好物を知らない。
母は、いつだって、おれの事を優先し、おれが食べたい物を作ってくれた。
自分の事は、いつだって後回しだった。
驚いたような表情の母が「樹の食べたい物が、母さんの食べたい物だよ」と答えた。
母さんと見合って、お互い、少しだけ笑った。
陽が落ちた風景の中、スーパーマーケットの明かりが眩しい。
過去は変えられない。でも、未来は自分次第だと思える。
一緒に買い物をしながら、痛感していた。
あたたかな家庭に恵まれた、おれは幸せ者だと。
色々、ツッコミどころは有りますが、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。