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被害妄想では? 4





 学園外演習は一クラス全員で移動して王都の森に入り、攻撃的ではない魔獣を相手に駆除作業を行ったり、場合によっては使い魔となる魔獣との契約をしたりすることもできる。


 騎士団の詰め所から一番近い魔獣の出現場所とあって常に危険な魔獣がいないか注意を配られているのでこの森はこの国で一番安全な森だ。


 魔法学園の生徒が演習の為に使う部分は特に、休憩場所も集合できる広場も完備されていて、安全が保障されている。


 しかしそれも通常時の場合に限られることは教師も理解しているのでそこそこの注意を払っていた。


 それでも、自由時間の後に集合した時にはすでに、ダイアナとブルースの姿はなくなっていて、事が起こったのだと理解できる。


 引率の教師たちは顔を青くして騎士団に救援要請を出し、物々しい雰囲気にまだ学生であるクラスメイト達は不安そうに教師たちの動きを見ていた。


 そんな中でフィリスは一人、ジェラルドを連れてクラスメイト達の輪から抜けた。


 クラスメイト達はいつもダイアナとブルースの取り巻きとして側にいるチャーリーやハンナを問い詰めていいて、わからない、急にいなくなった、という彼らから情報を引き出そうと躍起になっている。


 それほどクラスメイトに何か危険があったのではないかと考えるのは不安なのだろう。


「あ、フィリス様、どこ行くのぉ?」

「危ないですから固まっていた方がいいです」


 クラスの輪から外れて森の方へと向かうフィリスに背後から声がかかった。


 彼女たちはジェラルドをよく愛でに来る女子たちで、こんな時でもフィリスの事を気遣ってくれるらしい。


 優しい人も案外いるものなのだななんて考えて、フィリスは笑みを浮かべて「大丈夫」と返した。


「ジェラルド、行くよ」


 声をかけて後ろをついてきていた彼を振り返る。そのままかがんで魔力を込めて頭を撫でた。


『おうよ! 早く魔力よこせ!』

「うん」


 喜んで尻尾を振り回す彼に魔力を強く込める。すると魔力の光が飛び散り彼は魔獣としての本来の姿を取り戻す。


 その手足はすらりと長く、口には大きな牙が生え、毛の塊のようだった胴体は美しい白銀の毛皮におおわれた一匹のオオカミになる。


 イヌ科ではあるが、ジェラルドは正しくは犬の魔獣ではない。どう猛で凶悪なオオカミの魔獣だ。


 その背に飛び乗って毛並みをがしりと掴むと、風のように森の中へと走り出す。


「魔力をたどって、まだ死んでないはず」

『わかってんだっての』


 魔獣は魔力を活力にして動く獣だ、おのずと潤沢な魔力を持つ人間を感じることが出来る。


 多くの貴族が魔獣を恐れ、対抗策である騎士団を頼りにしているのは、自分たちが彼らに一番に狙われる存在だと知っているからだ。


 平民は魔力をほとんど持っていない。それに比べて貴族は魔獣たちに感知されるほどの魔力を有している。


 林の中を抜けていく、風が頬をきって、樹々の生い茂る深い森への入口、岩場に隠れるような形でダイアナとブルースはお互いに身を寄せ合って小さくなっていた。


『いたぞ~! 魔法使いの子供っ、うまそうだ!!』

「黙って」


 そっと息を殺してフィリスは茂みの中からジェラルドの上に乗って、彼らを見つめた。


 昼の強い日差しも、曇りの日のようになってしまってここには届かない。フィリスは杖に手を伸ばしてそっと握る。


 助ける気はもちろんある。殺すほどの事を彼らがしたとは思えないし、彼らが死んだら悲しむ人間だっているだろう。


「ねぇ! ねぇ! どうすんのよ!! 私、足がっ足が動かないのよ、さっき転んだせいよ!」

「黙れ!!……静かにしろ。魔獣に見つかったらどうすんだ」


 必死にあたりをきょろきょろと見回しながらブルースはダイアナにきつく言った。


 囁き声で魔獣に気がつかれるのを防いでいるつもりらしいが、獣はそんな程度の配慮では、やり過ごすことなどできない。


 それに魔獣は魔力を感知する器官が備わっているので隠れても意味などない。迎え撃つか逃げ続けるかの二択しか選べないのだ。


 授業でも習っているはずだろう。


 けれども彼らは、息を必死にひそめて周りを警戒していた。


「なんでこんなことになったのよッ、安全なはずでしょッ、早く助けに来なさいよッ、無能な教師どもッ」

「だから静かにしろって言ってんだろ! ……ああッ、クソッ、もういないだろうなあのキツネ、執拗に俺たちを狙ってきやがって、何の目的で……」

「そんなことより、私を背負って逃げてよッ。わ、私、こんなんじゃ這いずって進むしかないッ」


 ダイアナはブルースに悪態をついて彼の腕を引く。たしかに彼女の膝からは血が出ていて妙に腫れているようにも見えた。


 ……折れてる?


 実際のところはどうかわからないが、歩けなさそうということはそうだろう。


 普段から高飛車で常に、飄々としている彼女は窮地に陥って人に助けを求めるしかなくなっている様子だった。


 ブルースも余裕打って軽口を叩いてばかりいるような人間で、決して自分が完全に悪者になるようなへまを犯さないタイプだが、ダイアナの足を凝視して固まって黙り込んだ。


 荒い二人の息づかい、恐怖に満ち足りた空間、充満している緑と血の匂い。この場所こそがフィリスのフィールドだ、殺すか死ぬかしかない、明確な命のやり取りができる場所。


 ここでは、面倒な選択をする必要もない。


 やっと二人はフィリスの居場所に顔を出してくれたのだ。


 彼らの行く先は決まっている、もちろん死なない。しかし、苦しい気持ちのお返しだ。


「そ、そんなことして、俺までっ、俺まで走れなくなったら、意味なくね?」


 ブルースは震えながら薄ら笑みを浮かべてダイアナの手を振り払って、数歩距離を取った。


「はぁ?」

「だから、お前を背負うなんて風の魔法使いでもないし、無謀すぎだろ。てか水の魔法で治せよ」

「だからッ、演習の時に魔力は使い果たしたんだってば!」


 普通の魔法使いは、そうなる前に森から離れる。


 しかし彼らはまだ魔法学園一年生である初心者なのだ。騎士ならまだ自力で戦う選択肢もあっただろうが魔法使いは基本的に武器を持たない。


 持っているのは杖ぐらいだろう。


 だから魔力を使い切った魔法使いなんて豪華な獲物でしかない。


「それは、自業自得だろ。お前が悪い。俺は、無傷だから助けを呼んできてやれるぞッ、だから悪いな」

「待って、待って待っててばぁ!! 嫌だ!! 私をおとりにして逃げる気なんでしょ!! 人殺し!人殺し! 連れてきなさいよぉ!!!」

「うるせえんだよッ、使えねぇ女のくせに!!」


 喚き散らして涙をこぼすダイアナは、縋るようにブルースの足にしがみつく。しかしすぐにブルースは怒鳴りながらダイアナを蹴り飛ばした。


「ガハッ」

「お前を食ってる時間があれば逃げられる!! 悪いな、俺を恨まないでくれ!!」


 蹴り飛ばされた衝撃でダイアナは体を背後の大岩に打ち付けた。震えて涙をこぼす彼女を気にも留めずに、ブルースは大岩の陰から飛び出て、駆け出していく。


 その瞬間、弓のような速度でキツネの魔獣が姿を現した。魔獣はブルースの肩にすでに噛みついていて、実はこの瞬間をずっと狙っていた。


 大岩の向こう側で、足を悪くした獲物を置いて、健康な獲物が走り去ろうとするその隙を突くためにただじっと待ち伏せていた。


「ひぎゃっ、うっ、うわっ、うわぁぁ!」

「いやあぁあ!!」


 鮮血が飛び散る。ブルースの血を浴びたダイアナは正気を失ったように叫び始めた。

 

 そしてキツネの魔獣はついに獲物をしとめようと岩石を生成し始める。魔力を持つ獣だ。当然魔法だって使う。


 しかしまだ魔力を残しているはずのブルースは咄嗟に魔法を使うことが出来ない様子だった。


 爪で肉を引き裂かれる痛みにもだえ魔獣の下で涙を流して、めったやたらに手足を動かしていた。


 その様はまるで赤子のようだった。


 魔獣の攻撃が放たれる前にフィリスは小さく杖を振る。

 

 魔獣と同じ属性ではあるが、フィリスは女神の加護を受ける、聖女だ。当たり前に魔法の形も変わってくる。


 魔力の光が飛び散って、ゴゴゴゴと低い地鳴りのような音がする。


 そしてほとんど間もなく地面からいくつもの鋭利な形の岩石が飛び出し、魔獣を串刺しにした。


 魔獣はぎゃうと鈍く鳴いて、それからすぐに絶命した。


 この程度の魔物ならばフィリスひとりだって軽い、念のためにジェラルドを連れてきていたが、今回は不要だったようだ。


「……」


 錯乱している状態の彼らの前に姿を現すと目を丸くしてこちらを見ていた。


 さすがに怪我が酷い。このまま放置すれば別の魔獣に食われるだろう。


 仕方がないので、ジェラルドにまた跨って、彼らを咥えさせて森の出口へと向かった。


 キツネの魔獣以外にも実は彼らを取り囲むようにしてたくさんの魔獣が今か今かと彼らを食す為に待っていたのだが、一番槍があっけなく殺された今、実力が違いすぎるフィリスに挑むものは居なかった。






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