被害妄想では? 1
フィリスが学園に戻ると相変わらず浮いていることに変わりはなかったが、ダイアナとブルースの虐めの対象はフィリスから変わったらしく今度は別の気弱そうな女の子がいじめられていた。
「ああああっあの、か、買って来ました! おおおおっ、おっお金を!」
「え? な~に? どもりすぎてて聞こえな~い」
「ハハハッ、流石にどもりすぎだろ、よくそんなで俺らと話ができるな」
「ほんと、オットセイみてぇ!」
「あ、それ私のだから」
彼女の名前はジゼルと言って、緊張するとああしてよくどもってしまうのだ。
そのたびに顔を赤くして黙り込むので、それを面白がって彼らは近づいている様子だった。
それをフィリスは隣にいるジェラルドとともに見つめていた。彼は何も分かっていなさそうな無垢な瞳をしていてとても可愛い。
そして傍から見てみると、同じクラスの人たちは彼らのいじめについてとても忌避的な感情を抱いていることが見て取れた。
……みんな私の事嫌っているなんて言っていたけど、その皆は、彼らの周りの少ない友達だけだって言っていたカイルの言葉は正しかったんだ……。
その様子を見ていて素直に彼の助言に納得した。
「……あのぉ、フィリス様、そのぉえっとぉ」
「すこしだけ、その可愛い魔獣に触れてもいいですか」
彼らのいじめを一番遠い席から眺めていると、いつの間にかクラスメイトの女子がそばにきて恐る恐る聞いてきた。
そんな彼女たちにフィリスは瞳を瞬いてから「いいよ」と短く言ってジェラルドを差し出した。
すると彼女たちはきゃあきゃあ言いながらジェラルドを優しくも激しく撫でまわし始めて、ジェラルドはクーンとかわいこぶって鳴いた。
この子はフィリスの使い魔だ。フィリスの仕事を手伝う代わりに、聖女の濃密な魔力を喰らう獣。
本来はあまり可愛らしいものではないけれど、今の状態だとそれはそれは女の子の感性に刺さるらしい。
確かに雲のようにフワフワとしていて、手も足も見えないような毛足の長い銀色の毛並みが全身を覆っているけれど、本性を知っていると愛でようという気持ちにはならない。
「あのぉ、フィリス様ぁ」
「ところでこの子は、どういう経緯でここにいるんでしょう」
おずおずと聞いてくる彼女たちに、ジェラルドを連れてきた日の事を思いだした。
使用人に運ばせればいいとフィリスは言ったのに何故か馬車に乗ってやってきたカイルとの会話だ。
「指示通り、できるだけ小さくして持ってきたが、威圧するなら大きな方が良かったんじゃないか?」
言いながらバスケットの中で眠っているジェラルドの姿を見てカイルは首を傾げた。
ブルースとの婚約を破棄してからは彼がフィリスの婚約者だが、そうなってみても彼の対応は今までとまったく変わらなかった。
「……良いの。怖い思いをするのは取り返しがつかない事をした人だけだから」
「一体何するつもりだ?」
「別に、いつもの事。ちょっと卑怯かもしれないけど」
「卑怯?」
「気にしないで。……ところで、どうしてあなたがジェラルドを連れてきたの?」
フィリスは、学園で色々あったが、それでも彼らの本性を知ったからには、特に恐ろしくも思わなくなったのでせっかく入学した学園に戻っていた。
必然的に結局のところ家の事をやったり、話をつけたり、そういう仕事をするのはすべてカイルになった。
買って出てくれたとはいえ申し訳ないし、面倒事が多いのだから、彼の仕事を増やすようなことはしたくない、だから使用人に運ばせればいいと言ったのだ。
それなのにカイルが来てしまっては元も子もないだろう。
婚約者になってくれて母のダーナやブライトウェル公爵である父との間を取り持ってくれたカイルには、返しきれないほどの恩がある。そんな彼にこれ以上負担をかけたくなかった。
「……来てはいけなかったのか? 本当ならこんな獣ではなく自分を連れ歩いてもいいんだ、フィリス」
言いながらジェラルドの入ったバスケットに手を伸ばして中にいるジェラルドに鋭い視線を向けた。
フィリスはいわれたことについて考えてみるが、フィリスの学園生活中ずっと後ろからカイルが威嚇しているなんて変だろう。
たしかに稀有な身分の人間は、付き人や騎士をつけて学園生活を送れる特権を持っている。
しかしフィリスはその特権を使わずに普通の魔法学園の学生でも契約して連れて歩くことが出来る魔獣を使う事を選んだ。
「提案はうれしいけれど、それだと皆が怖がってしまうし、なによりカイルにはもう十分助けられているから」
「そういう事は気にせず、いくらでも頼ってくれ、君の尽力のおかげで多くの領地が平穏を手に入れているんだ。自分の仕事が滞ることが不満なら騎士団から連れてきてもいい」
「……」
「フィリスが心配なんだ。どれほど強くとも愚かな連中に傷つけられる時もある」
真剣に言う彼に、フィリスは、深く刻まれた皺と低い声に、傍から見たカイルはとても恐ろしく感じると思う。
しかしフィリスにとってはとても愛情を感じる表情と言葉で、嬉しくなって笑みを見せた。
「ありがとう。でも私、もう大丈夫、そろそろ行くね」
「……」
お昼休みの時間を通じてジェラルドを取りに来たので、そう長く馬車の中で話し込むわけにはいかない。
フィリスがジェラルドの入ったバスケットをきっちりともって学園に戻る準備をしようとすると、カイルは最後に、フィリスの肩に触れた。
それから優しく抱き寄せてその胸元にフィリスの顔をうずめさせた。
「……いつでも帰って来てくれ。自分は君をいつでも待ってる」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、気を付けてな」
数秒間の抱擁の後にはすぐに手を離されて馬車から降りる。
最初はお互いに距離を測りかねていたが、今では、家族のように触れ合うのが当たり前の関係になれた。
しかし、彼の付けている香水の香りが少し残っていて、匂いを嗅ぐとにカイルの存在を感じる。
そうするとまたすぐに会いたいような気持になってどうにも落ち着かない。この現象だけは家族にも感じたことがないことで、どうしても慣れないのだった。