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心の整理



「さっそくで悪いが一つ報告だ、フィリス。……ブルースとその友人は今日、王国を出たらしい、色々と処理があって時間がかかったが君の望んだとおり彼らはこれ以降、この国に入ることは許されない」


 カイルは馬車の向かいに座ってフィリスに一つの報告をする。それは、待ち望んでいたというほどでもなかったが、聞いて安心することではあった。


 あんなことがあってもすぐに国から追い出すという事はそうできることではない。


 ブルースは負傷からしばらく精神的に不安定になり事情聴取も遅れていたが、罪を確定させて罰を執行することが出来て良かったと思う。


 時間がかかっても、やはりあの日の夜の事はフィリスにとって悲しい出来事であったのは事実だった。


「……そうなんだ。……色々間に立ってくれてありがとう。カイル」

「当然のことをしたまでだ。これからもなんでも言ってくれ」


 ぎこちないながらもフィリスを安心させようと笑みを見せてくれる彼の気遣いに感謝しながら、フィリスはカイルにそっと手を伸ばす。


 カイルに対する気持ちはきちんと向き合っていけば次第に落ち着いて来ていて、カイルに触れることに抵抗感はあれど、嫌悪感はまったくない。


 その手をとってきゅっと握る。


 温かくて優しいフィリスを守ってくれる手だ。ブルースとは違う。彼はもうフィリスを恨んだとしても触れられる位置まで近づいてくることは出来ないのだ。


「これから、ブルースがどんな風になっていくのか、わからないけど……それでもいつか気持ちの整理をつけて勝手に知らないところで、それなりに幸せになったらいいと思う」


 そうしてくれればフィリスは彼に対して何も思わない。考える必要がない。殺してしまってはそうはいかなかったからフィリスは彼を放逐することを選んだのだ。


 この選択は完全に自己満足だった。しかし、それぐらいすることは許されていると思う。


 心からの幸せを願っているというわけでもないのに、そう口にすることはとても無責任だったけれど、責任を追いたくなどない。後はもう、忘れてしまいたいのだ。


 その気持ちにこの言葉はピッタリで、これでこの話は終わり、フィリスはブルースの事をこれ以上思いださない。そうしたかった。


「……」


 気持ちが複雑で、楽しい思い出がまったくなかったわけではない彼に対する自分の冷酷さがすこしだけ苦しい。


 そんなフィリスの気持ちを察してか、カイルは開いている方の手でそっとフィリスの事を撫でた。


 優しい手の感覚に任せてフィリスはゆっくりと目をつむってただ享受した。



 実家に帰ると、珍しく母が出迎えてくれた。ダーナは明るい笑みを浮かべていて、ブルースの事を考えて落ち込んでいた気分はすぐに元に戻る。


「おかえりなさい、フィリス、カイル。学園生活は変わりなかった?」

「うん。お母さま、新しくついてもらった護衛の人ともうまくやってる」

「良かったわ。……あなたったらこの子を迎えてから、あまり私と交流を持ってくれないじゃない?」


 いいながらダーナが視線を落とす。そのドレスの陰に隠れるように、小さな女の子がフィリスのことを見上げていた。


「……遠慮しないで。私はあなたのお母さまなのよ。沢山話をしたいわ」


 女の子の事も気遣うように母は優しくその背中を撫でて笑みを浮かべる。彼女はイレーヌと言ってダーナが初めて迎え入れた養い子だ。


 しかし養い子がいても二人とも対等にしたいのだという母の気持ちが伝わってきて、たしかに少し遠慮しすぎたかもしれないと思う。


 母には、ブルースの件について詳しく話をしていない。その点についても相談したり話をしてみてもいいかもしれない。


「ありがとう、お母さま。そうさせてもらおうかな」

「ええ! それがいいわ」


 フィリスと母がそうして言葉を交わすと、イレーヌがおもむろにダーナのドレスを引き、ダーナはそれにもやっぱり笑みを崩さずにイレーヌをやさしく抱き上げた。


 イレーヌはたまにしか帰ってこないフィリスに対してあまり懐いてはいない。

 

 しかし、帰ってきたからと言って無理やりに距離を詰めると怖がらせてしまうかもしれない。そう思うとフィリスはうまく接せる気がしないのだが、何事もやってみない事には始まらないだろう。


「……だ、大丈夫、お母さまを独り占めしたりはしないよ」

 

 なんとか優しい顔をして、フィリスは安心させたくて彼女に言ったのだが、イレーヌは急にフィリスに話しかけられたことにとても驚いた様子だった。


「う、」

「う?」

「う……ゔゔっぅ」

「あ、ごめん」


 顔を赤くして泣き始めた彼女に、フィリスは咄嗟に謝罪をしたが、イレーヌはダーナにへばりついて涙をこぼすばかりだった。


 そんなイレーヌにダーナは優しく背中を摩ってやって「大丈夫よ」と声をかける。


「じゃあ、私はこの子をあやしてくるから、フィリスもカイルもゆっくりと休日を過ごしてね」


 イレーヌを抱いたままダーナは屋敷のエントランスから自室へと戻っていく、その背に返事を返した。


 母が自分以外に世話を焼いているところはすこしだけ寂しくも感じるけれど、やっぱりそういう人だよなという納得感の方が強い。それにダーナ自身も生き生きとしているように見える。


 やっぱり、新しい家族を探すのは良い案だったと今でも思えた。


 フィリスは振り返ってカイルと目を合わせる。それから二人も自室の方へと戻ったのだった。




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2024/07/21 16:07 退会済み
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