父性愛
事後処理を終えたカイルの部屋に入れてもらうと、早々に温められたミルクが出てきて、ベッドに座ってそれを受け取った。
カイルはソファーを使うと聞かず、それに甘えてフィリスはベッドを借りることになった。
こうしてまだ結婚していない状態で男の部屋に泊まるなど外聞が悪すぎる事態ではあるけれど、そんなものはどうでもいい。ただ今夜眠る場所を探すだけの気持ちがフィリスにはなかった。
「……ありがとう。カイル」
「それを飲んだら早めに眠った方がいい。疲れた顔をしている」
心配そうに言う彼にフィリスは、いつもだったらドキドキして恥ずかしくなってしまうのに、今日ばかりはそういう気分でもなくただ、なんだか心細いような気がしていた。
少し不安で、悲しいんだかまだ怒っているんだか疲れたんだかよくわからないようなそんな感情。
しいて言うなら、今はとても疲れているという事だけど、それでも離れていこうとするカイルのシャツの裾をふいに引いた。
温かいミルクを片手に、見上げるとカイルはとても困った顔をしたが隣に腰かけて、彼が隣に来る。
カイルならそばにいるのは恥ずかしいけれど安心できて、好きだからちょっとだけ苦しい、しかしその気持ちは全部とてもポジティブなものだ。
不快ではない。
ミルクを口に含むととても甘くてほっとする。こんな時間にお腹が減っていたわけでもないのに腹の奥に染みわたる。
「フィリス……事前に止めることが出来ずにすまなかった……あの男に弟がいることは知っているか?」
問われてフルフルと首を振る。
「ユーベルと言ってな、なかなか見込みのある奴なんだ。今回の件を企んでいるという話を自分の元まで届けてくれた。あの男の身内ながらもいい奴だ」
「うん。……お礼をしなきゃ……」
「そうだな。リオネルも自分の代わりに、出来ることを請け負ってくれたからな、とても助かった」
「そうだね」
話をつけた後には寮内はとても騒がしくなり、一旦ブルースと、チャーリーは捕らえられた。
鳥の魔獣はすぐにまた捕まえられて、特に誰にも被害が出ていなかったが、寮生の安否が確認されて教師たちも夜遅くなのに駆り出されることになった。
それらの全責任を背負ってブルースたちは学園を去り、フィリスを襲ったことによって国外へと追放になるだろう。
これは必ずそうしてもらうつもりだ、何があっても譲れない。だからこそ殺さなかった。そうでは無ければ殺すつもりだ。
「……」
なんせもう二度とあんな風にされるのはごめんだ。気分的にはあまり今も人に触れたくないような気もするし、心の奥がむかむかしていて嫌な心地だ。
ただ襲われただけならばフィリスは多分、これほど別に気にしなかった。普通にいつもの通り命のやり取りをするだけでよかった。
しかし、方法が良くない。フィリスは女の子でああいう風に貶められる可能性があるのだと、無理やり認識させられたことが悲しくなんだかつらいのだ。
それにちょっとだけ忌避感も感じる、でもカイルとはそばにいたい。フィリスはカイルが好きだ。
今、離れてしまったら取り返しがつかない気がして……カイルは……男の人は酷い人ばかりではないと思いたい。
「フィリス……不安なのか?」
カイルに聞かれてミルクを口にしながらどういう意味で言っているのか考えた。
信用できるカイルと離れることに対して言っているのか、もしくは、フィリスの男性に対する嫌な気持ちの事を察してくれてるのかわからない。
しかし大方前者なのだろうと思う。
「けっして妙なことはしないが不安ならば、同じベッドで眠ろうか? 君は自分の事を……家族のようにと言いながら、父性的な安心感を求めていた節があっただろう」
「……う、うん?」
話し始めの部分では、前者で間違いないような気がしたのだが、続けて言われた言葉は聞き捨てならないというか、よくわからない。
「そういう意味で慕ってくれて構わない。あんな風に襲い掛かられて君も恐ろしかっただろうが、男はみんなああいうものではない。少なくとも自分はそうではないと言える。君が自分を恐れてしまいそうならば、まったく男として意識しなくても問題ない」
「……」
「ただ、君がトラウマを抱えるくらいならば、安心感でごまかしてしまうことが一番な気がする」
どうやらカイルの言葉は後者の心配だった気がする。凄い察知能力だと思いながら考えてみた。
父のようにただ守ってくれる存在だとカイルを認識して抱きしめたら、たしかにそれはとても安心できるだろう。
言われてみると、カイルに対してフィリスが意識するまでに抱いていた感情は、あまり与えられなかった父性からくるような親の愛に近しい安心感だ。
だから今、思いこんでそれに戻してしまえば楽になると、彼はそう言いたいんだろう。
そうなったら、たしかに楽かもしれない。
でも、カイルは我慢することになるし、やっぱりカイルは優しい……しかし、それはきっともう戻らないのではないかと思う。
いろいろおもう所はあるけれど、フィリスは出来ることならカイルを男女の関係として愛してみたい。
だからやっぱりブルースのせいで何かを変えるのは嫌なのだ。
カイルの気遣いに、フィリスは気合いを入れてヨシッと立ち直った。
「それはできないかも、だって私、ちゃんとカイルの事好きなんだ。助けに来てくれてありがとう、心配もしてくれて」
「! ……そうか、君は強いな」
「そうでもないよ、カイルがいてくれるから」
フィリスはそう言って隣にいる彼に体重を預けてミルクを飲みこむ。
温かいミルクを飲み終わるまでの間、フィリスとカイルはゆったりと時間を過ごして、その日の一夜を過ごしたのだった。




