表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/56

罪の代償 2



 今すぐにでも魔法を放って、魔獣のように殺してしまいたい。しかし大勢の命の危険も考えるとフィリスはどうしても魔法を使うことは出来なかった。


 フィリスが守っているのは人間だ、長年そうして大切にしてきたのに、どうして今更人なんか殺せるだろうか。


 襟口にナイフをひっかけられてフィリスは体をこわばらせた。ナイフが肌に掠って少しピリッとした痛みが伴う。


 こんなことにならないようにもっと警戒しておくべきだった。


 フィリスが甘かった。自分の指標をもって生きるということは、誰かと敵対することもある。母のように分かり合える人間もいるけれどそれだけではないのだ。


 そういう事を知らずに生きてきたことがフィリスの唯一の悪かったところだろう。


 それでも精一杯、フィリスはブルースをにらみつけた。何をされようとも屈するつもりはないのだ。


「なんだよ、その目は……」


 フィリスの反抗的な視線を受けてブルースはイラついた様子でそう言って、おもむろに振りかぶった。


 ……っ、殴られる。


 ぐっと目をつむって歯を食いしばると、すると大きな音が鳴り響いて、背後から風が吹き込んだ。フィリスの背後にあるのは窓とバルコニーだ。


「ぐ、うぅっ、な、なんだ?!」


 目を開いたフィリスの顔にぼたぼたと血液が落ちてくる。ブルースはなぜか負傷していて、フィリスは目を見開いた。


 ……まさか、試験で使う魔獣? 階数的にも鳥の魔獣かも?


 しかしそれにしてもどうしてこんなタイミングでと考えたが、答えを探している暇はない。


 フィリスは急いで起き上がって床をけった。


 戸棚から素早くスペアの杖を取り出して、振り返るとこの場所にいるはずのない、カイルの姿があり、彼はフィリスの部屋の壁に突き刺さっている剣を引き抜いて、怯えた様子で負傷した肩を押さえているブルースに突き付けた。


「フィリス、無事……ではないな。すまない、君の部屋を探すのに少々手間取った」


 落ち着いた声で言うカイルだったが、普段フィリスには向けない緊張感のある雰囲気をしていて、その瞳は怒りに染まっていた。


 大方、鳥の魔獣を使ってフィリスの部屋を割り出したのだろう。しかしいくら速いからといっても窓からやってくるとは驚きだ。


 カイルはそのまま剣を振り上げてからフィリスに視線をやった。


「今この外道を始末してしまうから、君は目を伏せているといい」

「待って!」


 カイルの冷静な声にフィリスも恐ろしくて動揺していたが、咄嗟に声をあげてそう口にしていた。


 確かにそうすることもやぶさかではない。それが一番簡単だ、けれどそれを人にやらせるほど、フィリスは弱くない。


 苦手なこともあるけれどそれでもフィリスは、目を逸らしてずっとこれから先もカイルの背に隠れるつもりはない。


 魔獣相手のように、人相手でもフィリスは、自分を曲げずに済むように生きてきたいのだ。


「……殺してしまった方がいい、せっかく君ができるだけ平和的に解決してやったことをすべて無に帰した男だ。生きている価値などないだろう」


 生き方は曲げない、しかし同時にフィリスにとって人間は守るものだ。殺しはしなくていい。でも、報いは受けてもらう。


「カイル、助けに来てくれて悪いけれど……ごほっ……任せて」


 首を絞められたせいでのどが酷く痛む。深く呼吸をして混乱を抑えて、ゆっくりとブルースのそばへと寄った。


 杖はもちろんきつく握りしめている。


「フィ、フィリス! 助けてくれ! 俺だけが何も悪いわけじゃないだろ?! お前だって俺に思いを寄せていただろ?!」

「……」

「俺はただ、取り戻したかっただけなんだ、ダイアナと、お前と三人で過ごした楽しい時間を!! ただそれだけなんだぞ! なにが悪いってんだ!!」


 滅茶苦茶な主張をするブルースにフィリスは静かに視線を向けた。


 彼はきっと生きていてもずっと変わらないだろう。フィリスに心から謝罪をしてくれることなどないし、改心などしない。


 人間はそう簡単には変わらないのだ。生かしておくと危険だというのも頷ける。


 だがしかし、フィリスは人を守って生きることにしているので、人を殺すと少しばかり心が痛む。


 ブルースは本当に殺さなければフィリスに危害を加えることが出来ないようにならないだろうか。


「……ブルース」

 

 ペラペラと言い訳を並べている彼にフィリスは、優しく名前を呼んだ。


 殺す以外に危害を加えないようにする方法はあるだろう。彼は臆病で森にもう入ることが出来ない。


「フィリス! なあ、許してくれそれでなにもかも元通りになろう! お前を愛してるんだ!!」

「……あなたの望んだ元通りは、あなたに都合がいいから望んでいるのでしょ。私は望んでいない」


 言いながら杖を振る。丁度肩を負傷しているようだし、無力化は魔獣と違って殺さなくても簡単だ。


「いい加減に思い知って、現実を見て。あなたが望んだ世界よりも格段に離れているし、身の丈に合わないものを求めすぎると代償を払うことになる。つまりは痛い目を見る、あの時の私みたいに」

「は、はぁ? 意味わからんこといってんじゃねぇぞ!」

「私が失ったのは自尊心とか自信とかだったけど、ブルースが失うのはもう二度戻らないものだから、いつか知って後悔できるといいと思う」


 これで話をするのも最後になるのでフィリスは、笑みを浮かべてとりあえずアドバイスをしておいた。


 きっと深く記憶に残るだろうから。


 それだけ言って彼の腕の付け根に向かって岩石を放つ、ボッと鈍い音がして、ぼとりと支えを失った腕は落ちた。血も赤いし特に獣とはやっぱり人間はあまり違いがない。


「っ……っ?」


 感覚が失われた腕を彼は目を見開いて凝視していて、段々と血の気が引いていく。


 血を流しすぎるとこのままでは死ぬだろうが彼を助けそうな人間に心当たりがあるので、扉を開けて混乱している様子のチャーリーを招いた。


「ブルース!! っ、おいおい、嘘だろっ、だからやめとけってあれほど言ったじゃんかよ……」

「チャーリー」


 すぐに顔を青白くさせて気を失ったブルースに、チャーリーは駆け寄って水の魔法を掛けて、傷口を癒す。しかし水の魔法では失った部位は元に戻らないので、ブルースの欠損は変わらない。


 フィリスが声をかけるとチャーリーは、フィリスのことを恐れるようにゆっくりと振り向いて、そのまま思い切り頭を下げた。


「ほんっとうに申し訳ありませんでした!! 本当に、すみませんっ、っゆ、許してください」

「……流石に許せない、けど、ブルースほどではないから、今は何もしない。でもここまでブルースに協力したからにはこの国からは二人そろって消えてほしい。それが約束できないなら、お城の地下牢にでも入れるようにお願いするけど」


 提案をすると、チャーリーはめずらしく真面目な顔をしたまま、すぐに元気よく「わかりました! 俺らは一生この国には、はいりません!」と宣言して友人のブルースを庇うように抱きしめた。

 

 なんだかんだ言って割と仲がいいのだ。何とか国外でもうまくやるだろう。


「そういう感じで、いいかな……カイル、後は騎士団の人にお願いしようと思うんだけど……」


 カイルを振り返りつつ、納得してくれていないかもしれないと思ったが、案外カイルもすぐにうなずいて、バルコニーへと出て、外にいるのであろう仲間たちに合図を送った。

 

 さすがにブルースの腕とかが落ちているし部屋は血まみれなのでしばらくは部屋に戻れないだろう。


 そう考えてフィリスは荷物をまとめて部屋を出た。


 のどの痛みは残っているけれどそれだけだ。フィリスは初めて人に襲われた経験を何とか心の中にしまって平常心を保ったまま、一時的に宿のカイルの部屋へと身を寄せたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ