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罪の代償 1



 ノックの音がして、フィリスは、首を傾げた。こんな時間に訪ねてくる人間の心当たりがない。


 しかし、寮内にいるということは学生であり同学年だ。名乗りもしない外の人間を不思議に思いながらも、扉の前まで来た。


 今日は早めに眠って明日のジゼルとドミニクとレアの三人のサポートの為に備えようと思っていたのに、と面倒に思いながら腰に杖を刺した。


 それから「どちら様?」と少し眠たげな頭で言うと、しばらくの後に声が返ってくる。


「こんな時間にわるい!俺っ、チャーリーなんだけど! どうしても明日の試験が不安で聞きたいことがあるんだ」


 まくしたてるように早口で言う彼にフィリスは、この間の事を思いだす。


 試験が近づいてきたときに彼がフィリスに話しかけてきてクラスメイト達も聞きたいことがあるだろうと話を振っていた。


 あの時は彼自身とはあまり深く話をしなかったが、彼自身に聞きたいことがあったという可能性もある。


「ほんの少し、時間をくれるだけでいいんだ。頼むよっ! 聖女様」


 気軽に頼んでくる彼に、なんだか妙に感じた。しかし、先日の事もあるし、彼はフィリスの事を好きではないだろうけれど話をしたいのは本当なのかもしれないと思う。


 ちょっとばかり暴言を呟いていたような気がするが、アレはきっと気の迷いだろう。


 それに、結局今日までブルースは戻ってこなかった。明日の朝からいるという可能性もあるけれどとにかく彼がいなければチャーリーはただの無害な男だ。


 フィリスは強いし、大体負けない。大丈夫だろうと踏んでフィリスは扉の鍵を開けた。


「……お待たせ、そういう話があるんなら、せめて日中でお願い」


 心の中ではすこし警戒もしていたけれど、チャーリーは普通にラフな格好をしていて特に危険もなさそうだ。


 しかし、直前になって緊張して気になることが出てくるなんてよくあることだけれど、仲がいい友人ではないのだからわきまえてほしいものだ。


「わ、悪かったって。さ、早速聞く聞くけどフィリス様は杖を使って魔法を扱うだろ?」

「うん……」

「俺は、少し前まで使ってたんだけど、利便性が悪いような気がしてさ、止めたってわけなんだけど……やっぱ強い人が使ってるとその方がよくみえるんだよなぁ~」

「……そうかな……」

「ああ! それでほんの少しでいいから、フィリス様の杖、良く見せてくれよ!」


 杖を見せてほしいと言われて、フィリスは一瞬スペアを戸棚から取り出して持ってこようかと考えた。しかし、そこまでしなくともいいだろう見せるだけなら問題ない。


 大方、使っている杖の職人が知りたいのだろう。それならば職人がつけている印を見せればいい。


 気軽に考えてフィリスは杖を手に取って手元の内側を見せるようにチャーリーに見せた。


 すると手から払い落とすようにパンッとはたかれて、戦闘の時には決してはなさないように握っているそれをフィリスは落としてしまう。


 ゆっくりと落ちていく杖はくるくると回っていて、すぐに掴むために手を伸ばそうとするが、不自然に杖は浮いてすいっとチャーリーの元へと向かっていく。


 風の魔法だとすぐに気がついた。


 杖を追って視線をあげると、そこにはフィリスから見えない廊下の死角にいたブルースがおり、思い切り部屋の中へと押し倒すようにフィリスに突っ込んできた。


「っ!?」


 堪らず背後に倒れこむと背中が床に激突し、痛みに肩をすくめる。


 すぐに腰に重みがかかって、肩を掴まれるとあっという間に動けなくなり、視界の端でゆっくり扉が閉まった。


 目の前には、血走った瞳でフィリスを見下ろしているブルースの姿がある。手には小型のナイフを握っていて、フィリスの喉元に突き付けて、薄ら笑いを浮かべていた。


「っ、やったぞ……くく、はははっ、久しぶりだな! フィリス! やっと、やっとだ!」


 ……杖はここからじゃ到底取りに行けない! ていうか、なんでこの人ここにいるの?! 何するつもり? 大きな声を出した方がいいの?


 楽し気に声をあげて喜ぶブルースにフィリスは色々と考えたが、とにかくこういう時は大きな声をあげようと、ブルースから視線を外して体をよじった。


「だっ、誰か!う!んぐ」

「おいおい、大きな声出すなよ。せっかく俺がやっと、お前に復讐できる時が来たんだってのに!」

「っ、っ~~!!」


 フィリスの挙動を見てブルースはすぐにフィリスの喉に手をかけて、きつく床に押し付けた。気道が潰されてすぐに頭に血が上り、目が回りそうだった。


 ……こえ、だせない……っ、どうしたらっ。


「いい顔だなっ、フィリス! 散々俺をコケにしやがって! 俺がどれだけお前のせいで惨めな思いをしたかわかってるのか?」

「っ、く」

「お前のせいで俺の人生台無しだ! 絶対に許さないぞ!」


 言いながらもブルースはフィリスの細い首をぎゅうぎゅうと絞めた。


 爪が皮膚に食いこんで体重をかけられて酷い痛みと酸素不足から頭に血が上って体が震える。


 死んでしまうような気がしてフィリスは必死に体を暴れさせるが、魔法がない状態だとブルースの方が上だ。


 目が回る。うまく思考ができないけれど、これはやられたと思う。


「お前ひとりだけが勝手に幸せになれると思うなよ! 新しい婚約者だかなんだか知らないが、そんなものお前が傷ものになれば簡単に見捨てるだろ!」

「ひ、っ、やめっ」

「良かったな。だってお前まだ俺の事好きだろ?! あんなに俺に懐いてたもんな?! 抱いてやるんだから、喜んで受け入れろよ!」


 フィリスは、必死に抵抗しながらも、自分の弱点を再認識した。


 こういう使い方をされるとはまったくの想定外だが、たしかに、こうなればフィリスは無力だ。


 杖がないとフィリスの魔法は加護によって非常におおざっぱなものになる。聖女が全員そうというわけではないが、フィリスは魔力が多いのでそんな調子なのだ。


 この状態でブルースを攻撃すると間違いなく殺してしまう。それは別にいい。しかし、この寮内にいる人間が危険にさらされるのはあってはならない。


 魔法を使ってしまったら、関係のない人までも巻き込んでしまう。


「これで全部手に入る。跡継ぎの地位も、聖女の夫の地位も、全部今まで通り俺のものだ!!」


 だからこそ滅茶苦茶にブルースの足を叩いて気がついてもらえるように床を叩いてどうにか逃れようと必死になる。


 しかし、ブルースは下卑た笑みを浮かべながらフィリスのワンピースに手を伸ばす。


「全部お前が悪いんだお前が、俺らの事をあんな風に貶めなければよかったんだ! だからこうなるのも全部お前が悪い!!」


 ブルースは切羽詰まった様子でそう言い放つ。


 たしかに彼は酷くやつれていて追い詰められていることはわかる。


 仲の良かったダイアナは心が壊れて病院に入ったし、他の友人たちもそれぞればらばらになった。


 しかし、昔のようにフィリスは自分を疑うことは決してなかった。


 フィリスは、悪くないと思える。自分らしく生きていても認めてくれる人は沢山いるのだ。


 相性が悪い人などいるものだし、時には特に何も喋らなくてもそばにいるだけで気が許せる友人だっている。そういうことを受け入れて、周りに左右されすぎずに自分を守ることそれは、とても大切だ。


 だからこんなことをフィリスのせいにして正当化しようとする、非道な人間になどくれてやる情はどこにもない。


「静かにしてれば酷くしないでいてやるよ! お前みたいな女にはそんな価値もないだろうがな」


 恨みの籠った声が上から降ってきて、服の上からフィリスの体を男の手が撫でる。


 最悪の感覚にぞっとして、涙が出てくる。


 決して認めるつもりはない、しかし、それでもいざこうして触れられると恐ろしくなって目をつむった。







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