被害妄想だったと? 5
応接室を出ていく背中を眺めながらフィリスは、きっともう友人として会うことは無いと思うとブルースとダイアナに少し寂しくなったけれども、それでももう心残りはなかった。
カイルの言葉を聞いて自分が悪かったのではなく、彼らがどうしようもない子供だったのだと思うことが出来る。
……でも、彼らと同じように生きようと思ったのは私で、普通の女の子みたいに生きるためには、やっぱりああいう子たちと上手く付き合っていかなきゃいけないのかな。
考えるけれど上手くやれる気はしない。やっぱりこれからの身の振り方を考える必要があると思う。
「はぁ、やっと帰ったな。……それで、フィリス。あの侯爵令息との婚約はどうするんだ?」
何もかもうまくはいかないなと考えているとカイルは隣から問いかけてきた。
すでに敵の隙を狙うようなぎらついた瞳はしていなくて雰囲気も緩んでいた。
「婚約は破棄すると思う。彼とはやっていけないし……でも、そうなったら爵位を継ぐ人への嫁入りは難しいし……」
そうするとカイルも困るだろうし、父や母の期待を裏切ることになる。
「私、普通の女の子みたいにやっぱりなれないのかな……」
落ち込んで彼の質問とは関係のない言葉を言ってしまい、また情けない気持ちになった。しかし、カイルは俯いたフィリスの顔を覗き込んで、ほんのちょっとだけ笑みを見せた。
……あ、笑った。
それは笑みというにはあまりにも些細な表情の変化で、傍から見れば怖くて厳つい人だということに変わりはないだろう。
しかしフィリスにとってはとても優しそうに見えた。
「魔獣に対してはあんなに勇ましいのに、意外な弱点だな、フィリス」
比較するように言われて、カイルの方こそよく人間に対してあそこまで強気に出られるなと思う。
フィリスは倒せない相手とどういう風に戦ったらいいのかわからなくていつも困ってしまうのだ。ダーナにも、ダイアナにも、ブルースにも。
「比較にならないと思うんだけど……」
「そうか? それになんで君が普通になる必要がある。君がああいうのと付き合っていきたいって思ってるのか? 外見だけで強さを測るような連中だぞめんどくさいだろ」
「……でも私は女だから。やっぱりお母さまとお父さまの気持ちもあるだろうし、それにカイルも私が今更、嫁にいかなかったら困るでしょ」
言われて思っていたことをそのまま口にした。
フィリスの言葉を聞いてカイルは少し考えた。それから、あっけらかんとして言った。
「騎士団の守護神である君が変なところに嫁に行くぐらいなら、自分はこの地位も捨てるぞ」
「……」
「騎士団の若い連中は大体同じことを言うんじゃないか?」
「でも、私がブライトウェルを継ぐことは望まれてないし、期待を裏切ることになる」
「期待を裏切ったら何か実害があるのか? 襲い掛かられるわけでもあるまいし、何なら自分が君を守るが」
「守る……ってどうして?」
「君が大切だから。……君が望むことなら好きにすべきだが、望まない事をやる理由が、期待を裏切るのが恐ろしいからというのなら自分が手を貸す。見ての通り人間には強いからな」
…………大切……大切か……。
さわやかに言われた言葉がなんだかとっても嬉しくて、人間には強いというカイルはたしかに少しすごめば大体の人が黙り込む強面だ。
「フィリスが跡を継いで自分を婿にすればいい。というか自分でなくても騎士団の中から適当に選んで婿にすれば君の盾になるだろ」
「……」
「君には君の得意分野がある。わざわざ相手のフィールドに入っていって弱い自分をさらけ出さなくてもいいんだ。フィリス」
彼の提案は思いやりにあふれていて、たしかに魔法学園も女性同士の付き合いの場もフィリスの得意な場所ではない。
彼らの懐に飛び込んでの生活はとても苦しいものだった。だからこそ自分の居場所にいていいという人がいるのなら、フィリスも望んでもいいかもしれない。
「ありがとう、カイル。じゃあちょっと失礼して」
カイルは自分でなくてもいいようなことを言ったけれども、フィリスを助けてくれた相手はカイルであり、彼の言った作戦を決行するならば相手は決まっている。
それが決行可能かどうか確かめるためにフィリスはソファーから立ち上がって両手をめいっぱい広げて、抱きしめる。
体が大きくてとても腕を回すことはできないが、まったく嫌悪感もない、匂いも肌の触り心地もよくて魔力もよくなじむ。いい感じである。
「結婚できそうだし、そうしようかな。カイル、嫌悪感は無かった?」
そうしてフィリスは当たり前のように聞いた。
彼女が至極当然のような顔をしているのでカイルは、魔法使いの学校で習った相性を見るための行動なのだろうと納得した。
しかしカイルは魔法使いではないので魔力的な嫌悪感などはまったくわからない。感じたことといえば、自分よりも一回りも二回りも小さな少女のぬくもりだ。
暗闇の森の中で鎧を纏って男たちに混ざって馬に乗り、大規模な魔法を使うこの国の最強の戦士である彼女の細い腕と柔らかい肌。
先ほどの友人たちの件で、彼女にも苦手なものがあるのだと少しは人間らしく感じた敬愛している人物。
そんなフィリスはまごうことなく小さな少女だったらしく驚きつつも「まったく」と短く返す。
「そっか良かった。じゃあ、迷惑をかけるけど、よろしくね。カイル、私、立派な公爵になるから」
「こちらこそ……悪い。確認の為にもう一度、抱擁してもいいか?」
「うん。いいよ」
話を決めてさっさと部屋を出ていこうとするフィリスをカイルはもう一度抱きしめた。
簡単に持ち上げられそうで、ひな鳥のように温かくて小さい。可愛らしいとその時初めてカイルはフィリスに愛情を覚えた。
これから結婚しようという二人なのに、愛情の芽はカイルの中に芽吹いたばかりで夫婦という関係になるのはまだまだ遠い未来の事であった。