楽しいお茶会
お茶を飲んで落ち着いたジゼルにフィリスは安心して笑みを向けた。
「ごめんねジゼル。私が混乱させるようなことを言ってしまって……」
「いい、いいんだ。ご、ごめん私も見かけだけで、こ、怖がってしまって」
真横にいるジゼルはジェラルドをソファーの上に置いて胸をなでおろし、ゆっくりと向かいに座っているカイルとリオネルへと視線を向けた。
彼らは、落ち着くまでの間仕事の話をしていた様子だったが視線を向けられるとカイルはジゼルに言った。
「気にしてない、それに自分はそういう風に他人に見えていることを知っているのに、配慮が足りていなかった、フィリスの友人に会うことが出来てとてもうれしい」
「俺も急に声かけてごめんな。しっかし副団長も学園に来て一番にフィリス様に会うだなんて、隅に置けないですね」
「なんだ悪いのか?」
「いやいや、そんなこと言ってないですって、ただ、副団長みたいな朴念仁も婚約者には会いたいもんなんだなって思っただけですよ」
リオネルはそんな風に軽口を叩いて、カイルは相変わらず怖い顔をしているがそれでも雰囲気は悪くない。
騎士団は殺伐とした実力主義の場所だが、彼らは付き合いも長いのでこんな風に気軽に接することが出来るのだ。
その要因の一つにリオネルの人間性もあるだろう。彼もまた騎士団の人間らしく難しい顔をしていると怖そうに見えるが話をしてみるととても気さくな人なのだ。
その割に、案外強く、魔獣の討伐の時にも突っ込んでいくタイプで、いつだか丸呑みにされたが腹の中から平然と戻ってきたようなこともあった。フィリスにとってはその一件以来割と印象深い人物だった。
「私から会いに行くって言ったから、あまりそういう風に揶揄わないで欲しいんだけどリオネル」
「え、そうだったんですか。仲いいんですね」
「う、え……あ、そ、そう」
仲がいいと言われるとフィリスの方も急に恥ずかしくなってカイルの方をちらりと見る。
彼はまんざらでもない様子で少しうれしそうで、心臓がきゅうとして恥ずかしいけれどぎこちないながらもうなづいた。
やっぱりカイルと会うとどうにも心臓の音がうるさい。勢いに任せて会いに来たが他の人もいてくれてよかったと思う。
丁度適切な距離でカイルと交流を持てているような気がするし、これからはしばらく学園の中でも見かけることになるのだから、慣らしは大事だ。
「わー……初々しい反応。っていうか俺、急に会話に混ざってますけどいて良かったですか? 何か大事な話でもあったんじゃ……」
気を使ってそう言うリオネルだが、フィリスも特に用事があったわけではない。それにジゼルも連れてきているし、婚約者同士のフィリスとカイルの二人と混ざるよりもジゼルも気さくな人がいた方がいいだろう。
「そういうわけじゃないから、気にしないで……ジゼルは明日が試験だし、私は試験がないから丁度やることがなくて会いに来たの、ね。ジゼル」
「あ、うんっ。フィ、フィリスの婚約者様がどんな方か気になって」
「そうか、自分もフィリスの話によく出てくるジゼル嬢がどういった友人なのか気になっていたから、改めて会えてうれしい。試験は明日なんだな。是非、がんばってくれ」
カイルは、少し柔らかな雰囲気でジゼルを見ていて、同じ友人としてダイアナと対峙していたときとはまるで違う。
あの時は本当にフィリスの為を思って色々と行動をしてくれたのだなと、心の奥底がじんと温かくなってついにやついてしまいそうだった。
「あ!……明日が試験なら、一年生か。どうりでかわいいサイズ感なわけだ」
「たしかに小柄だな。……これでジェラルドを御しているのだから、君も相当なつわものなんだろう」
「そそそっ、そんなっ、ジェリーはただ……私にほだされてくれただけなんです!」
「ほだされるって、そう簡単じゃないと思うけどなー……それに明日の試験っていえば順当に行くとアレが誰かに当たるんじゃなかったでしたっけ?」
ジゼルの言葉に感心したような様子で、ジェラルドとジゼルを見ながらリオネルは思いだしたように口にした。
……あれ……ああ、あの魔獣……でもそれ口止めされてるやつ……。
フィリスはリオネルが口を滑らせたことに少し困った。
「リオネル。試験の魔獣については口止めされているだろ」
「あ、そうでした!……でもいいんじゃないですか、せっかくフィリス様のご友人なんですし、なんだかんだ言って情報仕入れてる学生が多いですよ、せっかく今日会えたんですし、特別に」
気軽に言う彼に、それもまた事実なのでフィリスは何も言わない事にした。
試験の魔獣についてはその時まで対策が出来ないように、生徒には知らせないように一応なっているが、騎士が身内にいる人間はこっそり教えてもらったり、賄賂を贈って情報を仕入れることもある。
ジゼルならば情報を変に使うこともないだろうし、大丈夫だろう。
「それに俺が口を滑らせただけって事にしとけばいいんですよ」
「……あ、あの?」
「実は試験の魔獣に今年は鳥の魔獣がいるから要注意だよ、ジゼル嬢、あと何か言っとく事あります? 副団長」
「そうだな……今年は比較的、一年生の魔獣の強さが前年に比べると高いな」
「それ、フィリス様が気合い入れて取り過ぎたせいじゃなかったでしたっけ?」
「え、わ、私!?」
リオネルの言葉を考えてみるが、試験がないかわりにここで学園の為に貢献しようと考えての参加だったのに、もしや裏目に出ていたのだろうか。
「う、嘘、皆に申し訳ない……」
「大丈夫ですって、教師陣も魔法の技術を見てるだけなんですから。倒せなくても問題ないですよ」
「え、そそ、そうなんですか? べアール先生たちは死ぬ気で、や、やれって」
「もちろん! でも負けても一年生なんて戦えてたら合格点らしいし」
笑みを浮かべて採点基準まで明かすリオネルに、彼はどうしてこうも口が軽いのだろうと思いながらも、隣で少しホッとしている様子のジゼルにフィリスは何も言えなくなった。
自分の判断ではそういう事を伝えるかどうかは正直、判断がつかなかったので言わなかったが、あまりに緊張しているよりもジゼルは気楽に構えて実力を出した方がいいだろう。
それからもペラペラと情報漏洩するリオネルの話に最後にフィリスとカイルがジゼルへと口止めをしてその日のお茶会は終わった。
帰り際、ジゼルは聞いてはいけない事を聞いてしまったと顔を青くさせていたけれどあまり気にしない方がいい、知っている人も多い事だ。
練習場の方へと出ると人の通りが多くなり、中からは歓声が聞こえてきた。
普段とは違い私服の大人も多くいることになんだか違和感があって、不思議な気分だ。
「…………ちょっと驚いたけど……フィ、フィリス、た、たしかに優しい感じの人たちだったね」
不意にジゼルはそう口にしてフィリスに視線を移す。
そう思ってくれたら何よりだ。ああ見えて彼らは怖い人たちではない、何ならジゼルも騎士団から配偶者を探せばいいと思う。
「うん。そうでしょ。ジゼルも騎士団から婚約者を探すなんてどう? カイルが紹介してくれるよ」
「え、え!? いや……う、うそそ、そうだよね。本気で探さないといけないんだからっ」
一度否定しようとしてから彼女は、考え直した様子で真面目な顔をしながらジェラルドの頭を撫でた。
ジゼルが騎士団に勤める人を婿に貰えば、頻繁にお茶会を開くことも可能だろう。
学園では毎日会っているけれど卒業した後の事を考えると寂しい、大人になってもジゼルとは仲のいい友人で居られたらいいなと思うフィリスであった。