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向き合い方



 進級試験の日は着々と迫ってきていたが、フィリスにとっては普段と変わらない日々だった。


 魔術別の授業の時には教室で自習をして、普段の授業の日には友人三人と過ごしていたが、段々と三人は進級試験の日の為に鍛錬に励むようになった。


 進級試験の内容は、二つある。一つは生徒同士の試合。魔法を打ち合って戦闘力を測る試験である。そしてもう一つは魔獣を使った実践試験だ。


 小型の魔獣をどれほど早く討伐することが出来るかという試験になるのだが、普段の学園外演習で向かう王都の森にいる攻撃的ではない小さな魔獣とは違ってもちろん攻撃もしてくる。


 それに森の中という危険が伴う場所ではなく練習場に魔獣が放たれるのでより教師たちが魔獣への生徒一人一人の対応を観察することになる。


 しかし、一対一で魔獣と対峙すると気後れしてしまう者が続出するらしく毎年大勢のけが人が出るので、魔法使いそれから、魔獣を扱うという事で騎士団も招かれて大変なイベントになっている。


「と、言う訳で、反則かもしれないけれど是非フィリス様に魔獣と戦うときの心構えを教えてほしいんです」

「おねがぁい。フィリス様ぁ、魔獣は可愛いのは好きだけど、私たち怖いのは苦手でぇ」

「わ、私は多分勝ち目はないけど、こ、心構えだけでも」


 目の前にいる三人は、べアール先生にきちんとしないと負けるぞという内容の脅しを魔術別クラスで言われて放課後、フィリスにそんな風に声をかけたのだった。


 教室にはまだたくさんの生徒が残っていて、話題が話題だけにすこし注目を集めているような気がしたが、それを気まずく思いながらも、フィリスは困り顔で考えた。


「心構え……か……そう言われてもあんまり有益なこと言えるかどうか……」


 よくよく考えてみると一応、そういう時に意図的に考えていることはあるようなないような気もするが、他人に教えたことなどない。


 フィリスなんかよりも教師たちに教えを乞うた方がいいのではないだろうか。


 鍛錬が必要な時期なのだ、無駄なことはしていられないだろう。


「それでもお願いします。些細な事でもいいんです」

「どんなことでもフィリス様がそう考えてることなんだぁって思ったらぁきっとがんばれると思うんだぁ」

「そ、そうなの。お願い」


 しかし、フィリスの想像に反して彼女たちの決意は固い様子で、ジゼルの腕の中にいたジェラルドも、ジゼルの様子を見て教えてやれよとばかりにフィリスに視線を送ってくる。


 そう責めるような顔をされても、うまくやれるような気はしないが、彼女たちが引く気がないのならば言うしかないだろうと考えて、フィリスは、わかりやすいように頭の中を整理して言葉を選んで言った。


「……わかった……え、と……そうだね」


 了承したことによって三人はとてもまじめにフィリスの事を見て、言葉に耳を傾けた。


「魔獣に対してもそれ以外も……怖いって感情ってもともと必要だからあるんだって、私は思ってる。だって普通に考えて人間って群れで暮らす生き物でしょ。だから言い方悪いけど、いち早く怖いって思って逃げた人間が生き残る確率高いと思う」


 森に入って魔獣たちをしょっちゅう見ているフィリスの考えは少々野性的だった。


 人間もたまに狩られるので普通の動物と同じだ。別に何も変わらない。


 フィリスは人間に愛着があるので人間の側についているけれど、何かあったらそうじゃなかったかもしれないし、人間だけが特別だとは思わない。


 ただ生きたい本能があって恐怖に突き動かされて逃げることが出来るし、逃げていいと思う。


「それが一番いい生存戦略なんだと思う。だから逃げたくなって当たり前っていうか、そういう気持ちが備わってるのは普通なんだ。……でも時には戦って勝たなければならないときがある」


 逃げたくなってしまうのは当たり前でそれがまずは正しい事と認識すること、これはとても大切だ。


 恐怖に意味を見出さずに克服しようとしても難しいし、なによりそれを克服してしまったら、いざというときに逃げる判断を失ってしまう。


 そうならないまま、人は正しく恐れて正しく戦うべきだとフィリスは思う。


「そういう戦うと決めた時は、相手より自分の方が生きる意志がずっと強いと思って欲しい。……戦うとき、実際に実力の差はもちろんあると思う。それは個人個人研鑽を積むしかないけど今話をしているのは、心意気の話だって事は忘れないで」


 話題を履き違えないようにフィリスは一応そう口にしてから、戦う方法については続けて話す。


「魔獣が恐ろしいと感じるのは、自分を傷つけようとしていると思うから、だから逃げた方がいいと恐怖が働く。でも本当は魔獣は私を傷つけようとしているのではなく、生きようとしてるだけ」

「……」

「私たちと同じように恐怖と戦いながら、ただ生きるために戦ってるだけ、生きるために戦っている。……そんな相手に可哀想だとか、やりたくないとそういう雑念を含んで対峙すると気持ちで気圧される、だから相手にも生きたいと思う気持ちがあるのを知ったうえで、相手の心も無視する覚悟を決めて向かい合うといいと思う」


 言い終わって目の前にいる彼女たちに目線をうつすと、若干驚いたような表情をしていて、フィリスはあんまりにも普通のことしか言わなかったから、驚かれているのかと考えた。


 誰でも思いつくようなことをわざわざ長ったらしく話したのはよくなかったかもしれない。


 これは一応受け売りではなく、フィリス自身が悩んでいた時に考えたことだ。


 だからこそたしかに当たり前なことだけれど、それなりに納得してもらえると思って話をしたのだが当てが外れた。


「……って感じだけど……当たり前のこと過ぎたかな……?」


 確認するように彼女たちに言うと、三人はお互いに目線を交わしてそれからレアが自分の胸元に手を当てて、少し眉間にしわを寄せた。


「……ごめんなさい、驚いてしまって……そうですよね。たしかに当たり前だけど倒すって殺すって事ですもの。生きたい気持ちを踏みにじるんだから決死の覚悟で攻撃してきますよね……」

「でもぉ、びっくりしてぇ、すごい参考になったしぃ、すごい為になったけどぉ、重たくて……うん。重たい事だよねぇ」

「フィ、フィリス。教えてくれてありがとうっ、な、なんか心の整理がつくかも」


 三人とも、呆れているのではなく、心に響いている様子で、だからこその静けさだったのだと知ってフィリスも一安心した。


 フィリスなりに悩んで出した結論なのだ。人の役に立てることが出来て良かったと思う。


「もちろん、三人には三人なりの考えがあっていいと思うから、あまり重く考えすぎずにね。その場になると覚悟決まって動ける人っているものだし……」


 最後に人それぞれ考え方があるのだということで締めて、フィリスはそれ以上口にしなかった。


 今の説明はフィリスが悲しくなった時に考えて自分を慰めるように使っているが、正直なところ、フィリスは小さなころから戦っていたので割となんとなく適応していた部分もある。


 森に入ると自分の中でフィルターがかかるのだ。倒すか倒されるかだけの世界で、自分は常に倒す側だと思える。


 そういう感覚的なものはまぁおいおい後から皆もわかるのではないかと思うのだ。


 なのでフィリスの言葉を聞いて、さらに解釈を深めようとする彼女たちを見ながら応援するように笑みを浮かべた。


 そして縋るような思いで盗み聞きしていたクラスメイト達は、やっぱり猛者の言葉は重みが違うなと心の中だけでフィリスを畏怖していたのだった。





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