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懲りない人間



 という出会いがあり、ユーベルはとにかくフィリス様を妄信していた。彼女が駆けつけてくれると思えば安心できるし、誰よりも弱そうな風貌をしているのに誰よりも冷静で、迷いがない。


 まさしく女神だ。大地の女神さまはきっとフィリス様の形をしているに違いない。


 しかし、そんな彼女も学園やお屋敷では普通の令嬢として、歳が近い友人たちと普通に暮らしているということは、ブルースの話を聞いてユーベルは知っている。


 フィリス様の婚約者となった騎士団副団長のカイル様以外は、まさかそんなわけがないと騎士団の先輩たちは思っている様子だが、どうしてか普通に生きるということにこだわって学園にも律儀に通っている。


 だからこそ、こんな幼稚な兄のような人間をユーベルは放置するわけにはいかない。


 フィリス様を傷つけて彼女が引きこもりになったり、人間嫌いになったらどうするのだ。彼女が人間に牙をむいたらきっと誰一人フィリス様には敵わないだろう。


 だからこそ頑として譲らないブルースにユーベルは優しい顔をして近づいた。


「クソッ……なんでダイアナの話を引き合いに出すんだよ! 俺には関係ないだろ! フィリスの奴ッ次あったら今度こそ……」


 兄は元から性格はよくないが、それなりにうまく立ち回って、同年代の中でもうまく大人の評価を得て人の上に立つような人間だった。


 しかし、フィリス様を見下したのが運の尽きだ。


「兄上、どうか落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるかッ! あのドンクサのせいで俺がこんな目にあわされているんだぞッ、ちょっとやそっとの謝罪じゃ許せない」


 ブルースはイライラとした様子で、小刻みに体を揺らしていて、酷い隈が刻まれた目元は人相が悪くまるで精神異常者のようだ。


「あんな奴の言い分を皆信じやがって、あんな性格悪いやつ俺は他に知らないぞ」

「……」

「あいつのせいで俺の人生台無しだ、クソ。……ダイアナも、フィリスのせいであんな場所に送られたんだ!」


 まるで悲劇のヒーローのようにいう彼にユーベルは、自業自得だと心の中で思っていたが口には出さない。


 飛んだお門違いの被害妄想に、から笑いが出そうになる。


 こんなものの餌食にされたらフィリス様が不憫でならない。


「ああ、ダイアナが不憫だ、最後に俺に送られてきた手紙を思い出すと俺は泣けてきて仕方がない!」


 一人で独白のように続けるブルースは、そんな風に言うが、実際のところ何があったかは正直分からない。


 しかし詳しく話を聞いたところ、フィリス様は自らの魔力を使って細工をした様子だったらしいし、あの穏やかで冷静な人にそこまでさせた二人が悪いのだと、彼女を知っている人間なら誰だって思う。


「あんなに気高い貴族だったダイアナが、フィリスに本気で謝罪をしたいから助けてほしいだなんて……きっとそれだけの扱いを家族から受けたんだ」

「……」

「焦ったような書きなぐりの字を見て俺は恐ろしくなってその手紙をすぐに破り捨ててしまったが、今ではそれも後悔している、今までも、フィリスのせいで色々な困難があったが……俺はダイアナを愛していたんだッ!」


 フィリス様が今でも怒っているのならその手紙をフィリス様に見せたら喜んだだろうかと考えてみるが、そういう人ではなさそうだろうし、破り捨てたらしいしもう無理だろう。


 ……というか自分の兄ながら清々しいクズです。


 愛していたなんて言いつつ、結局助けに行くこともなく思い出のなかだけで後悔して、すべてを他人のせいにするだなんて到底人間の所業とは思えない。


「ダイアナ……今はきっと酷くつらいだろうな……あんなにフィリスにやさしくしてやっていたのに……」


 つぶやくように言うブルースは、悲しげに瞳に涙を浮かべている。


 彼にそんなことをしている余裕があるかと問われれば答えは否だし、ブルースは正しく自分の状況を把握できていないと思う。


 ここまで意固地になっている兄は哀れにも思えた。


 家族たちもブルースのこの意固地な態度に呆れつつもある。


 ブルースを抜いた家族話し合いの場でブルースを廃嫡にし教会に入れ、フィリス様の怒りを収めてもらおうという話も出ているのに、のんきなものだ。


 しかしそれでもユーベルがこの兄を放っておけない理由があった。


「しかしその無念も俺が果たしてやる。あの馬鹿フィリスはきっと俺にまだ気があるはずだ……学園に戻ったら、絶対に……」

「兄上、何をなさるつもりなんですか?」


 ユーベルは敵対心を顔に出さないようにしてブルースに問いかけた。すると彼は恐ろしく歪んだ笑みを浮かべて、ユーベルの問いかけに答える。


「なぁに、この苦悩を終わらせる簡単な方法を決行するだけだ。多少骨が折れるかもしれないが、フィリスが油断してる時に……」

「ぐ、具体的に教えてください。私はずっと兄上の話を聞いて家族の中でも唯一味方ではないですか」

「……俺はな、フィリスの弱点を知ってるんだ。あいつは加護なんて大層なものを持ってるがそれを突けば……くくっははははっ!!」


 ……フィリス様の弱点?


 それを彼が口にさえしてくれればユーベルはすぐにでもカイル様に報告をして対策をすることが出来るのに、彼は何度ユーベルが聞いたとしてもその内容を口にしない。


「今に見てろ……わからせてやる」


 つぶやくように言うブルースはすでに崖っぷちにいるが、それでも父はまだブルースを信じていて、きっと最後のチャンスを与えて学園に戻すだろう。


 そうなったら、フィリス様に危害が及ぶかもしれない。


 彼女の事を崇拝しているが、ユーベルは身分も爵位継承者ではないし、騎士団見習いの立場だ。派手に動くことは出来ない。


 それでも身を案じてフィリス様を助けたいと思っている。


 なんとか兄からの信頼を得るべく実家にいる間にブルースの元へと何度も足を運んだのだった。





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