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騎士団の女神





 もともとユーベルは人を守ることが出来る騎士という仕事にあこがれを持って見習いとして試験を受けて入団した。


 もちろん誰でもなれるわけでもないし、そのために剣術も習って何とかつかみ取った入団資格だった。


 だからこそ兄であるブルースから聞いていたというのもあるし、普通の令嬢が小さなころから騎士団の強くてかっこいい人たちに紛れて戦っているという言葉を信じられずにいた。


 兄の言うとおりに普通の女の子が森に入って戦えるとは思えない、けれども父の話によれば敬うべき人らしく、兄との話は対立している。


 それに婚約破棄をされて、フィリス様を侮辱した罪でダルトン侯爵家は危機に陥っている、それにも父は納得しているけれどユーベルは腑に落ちないでいた。


 入団してからしばらくすると、見込みがあると言われてユーベルは魔獣討伐に同行することとなり、フィリス様の姿を初めて知った。


 騎士団はフィリス様よりも先に到着して、群れで現れた魔獣に対して領主である貴族の屋敷を守るために森へと入り、タヌキの魔獣が姿を見せるのを待っていた。


 森はうっそうとしており、なんだか空気が重たい。


 深い森へと入るのは貴族にとっては自殺行為、戦闘力のない子供などはできるだけ森へは近づかずに過ごすし大人になっても入ることはまずない。


 だからこそ、魔獣が出たと言われる森の中を数歩前に進むだけでも暗闇の中を手探りで歩いているような不安が襲ってくる。

 

 幼いころから蓄積された恐怖のイメージはユーベルの手足を重くして異様に疲れさせた。


 ユーベルの前を行く騎士の男たちも、剣を力の限り強く握り警戒しつつ、ゆっくりと前に進んでいく。鎧が重く視界も悪い、足を取られそうな木の根にイラつきながらユーベルは必死についていった。


 ガサガサッと素早く草が揺れる音がして、途端に体が強張る。


「ユーベル!」


 誰かが鋭く叫んだ、木の葉の隙間から魔獣特有の美しくキラキラと光る宝石のような魔力の灯った瞳が見えた。


「っ」


 目の前が赤く染まり、炎の魔法を魔獣に放たれたのだと理解する前にユーベルは攻撃を受けて、めったやたらに剣を振り回す。


 魔法道具も、毎日研ぎ澄ました剣技も、この深く茂った森の中では無力で、すぐに安心できる場所に戻ってただ静かに暮らしておけばよかったという後悔すら芽生えた。


「待たせてごめんなさい! 私の後ろに!」


 ふと背後から声がして目の前から炎が消え去っていく。ユーベルは自分の足で歩くことができずに倒れこむと、先輩の騎士に担がれて急いで後方へと下がった。


 その途中にはすれ違った少女は見習いのユーベルよりも小さく、菫色の髪をなびかせて、杖を握っていた。

 

 そして日雇いの平民の護衛みたいな防具しかつけていない。


 体を守るための一応の鎧は着用している。しかし、中は制服だし剣も持っていない。完全に装備不足だ。


「あ、何匹いるか、聞いている?」

「はっ、確認できている限りでは、五匹以上とのことです!」


 彼女はまるで、お茶会で必要なクッキーの数でも聞くように魔獣の数を確認した。


 それに騎士がすぐさま返答をした。


「多めだね……タヌキか、子供のタヌキがいたらドミニクとレアが喜ぶかな……」


 フィリス様はすこしだけ笑みを浮かべながら騎士を振り返りそんな風に口にする。


 しかし、そんな彼女の隙を狙っていたとばかりに草の陰からタヌキの魔獣が飛び出してフィリス様へととびかかるのが見える。


「……でも、これジェラルドよりは可愛くはないか……」


 しかし次の瞬間には鋭い石の柱が一本出現しており魔獣の急所を串刺しにしていた。


 光を失っていく魔獣の瞳を見ながら可愛くないというフィリス様は、どこかこことは別の場所にいる様な不思議な印象を受ける。


「おい! ユーベルぼうっとしてないで傷を治せ、まだまだ戦闘中だ!」

「っ、は、はい!」


 先輩に言われてユーベルは呆然と見とれるのをやめてすぐさま火傷を水の魔法で治す。


 その間にも、魔獣の串刺しが一本ずつ増えていく。


 フィリスが小さく杖を振りながらゆっくりと歩くたびに、とびかかった獣が死んでいく。


「いざというときがあるかもしれん! フィリス様がいるとしても気を抜くなよ!」

「はい!」


 フィリス様の後ろを騎士団の人間はそれはもう警戒しながら歩いたが、彼女はなんの恐れもなく適当に、木の根をよいしょとまたいで、岩の上にいる魔獣を串刺しにする。


 そうして探索を続けていくと、ふとある地点で彼女は止まった。


 いままでは木や草の陰から不意打ちを狙うように攻撃してきた魔獣たちだったが、フィリス様と向かい合うように出てきた魔獣は、異様なオーラがあった。


 手足の爪も牙も赤く染まった化け物のような恐ろしい風貌の魔獣。普通のタヌキよりも一回り以上大きい。


 恐ろしいうなり声をあげており、ひしひしと魔力を感じる。今日初めて人間を襲う魔獣を見たユーベルにも、この生き物は自分の天敵なのだと理解できた。


 体が震えて、必死に握っている剣がカタカタと小さく揺れる。他の先輩騎士たちもその様子にたじろいでいる様子だった。


『……おのれ、聖女め……』


 魔獣は口を開けて、鈍く呪いの籠った声を発する。魔獣が言葉を発するのは人間を相当数食った後だ。きっとその中にもユーベルと同じ貴族もいただろう。


『よくも我が子供たち━━━━がぎゃぁ!』

「……」


 しかし、何やら今まで殺された魔獣たちについて言及しようとしたところで素早く土の壁に囲まれて逃げ場をつぶされた後に同じように串刺しになり、言葉を放った魔獣は絶命する。


 騎士団の座学で習う事だが、魔獣には魔力を溜める核になる部分が存在する。


 そこを壊してしまえば、一番簡単に魔獣を仕留められる。


 フィリス様の攻撃が常に一撃で魔獣を仕留めるのは間違いなくその部分を狙い撃ち、壊しているからだ。


 それが出来るだけの素早い攻撃、狙いの正確さは、やはり魔法使いとは比較にならない。


「肉食の動物は喋るのはたまに見るけど、草食動物が話すの見たのは久しぶりかも……これは毛皮にする?」


 当たり前のように口にしながらフィリス様は一番位の高い騎士に問いかけ串刺しになった魔獣を引き抜いて丁寧に渡した。


 それは明らかに異様な光景だったが、この恐ろしい森の中で唯一の安心できる光景な気がして、ユーベルはフィリス様からずっと目を離せずにいた。


「領主と相談し、どのように加工するか検討する予定です!」

「うん。じゃあ後は、よろしく、怪我をした人もお大事に。私は学園に戻るから」


 それだけ口にしてフィリス様は小さく頭を下げて、来た道を適当に戻っていく。


 ただそれを呆然と見ていると、ユーベルは先輩に声をかけられた。


「ユーベル、お前フィリス様を初めて見ただろ! 挨拶してこい、ついでに怪我をしっかりと森の外で治してこい!いいな!……フィリス様!こいつが道案内します!」

「……えっと……わかった。じゃあいっしょに戻ろう」

「あ、え、はいっ」


 森に入ってそれほど進んでいないので道案内は必要ないとフィリス様も思っている様子だったが、フィリス様は何も指摘せずにユーベルと森の中を出口に向かって歩いた。


 歩いている最中にユーベルは、心の中では彼女にお近づきになりたいと思っていた。


 こんなに素晴らしい才能と力を持った人間は、この国にはいない。知る機会が少ないだけでフィリス様は国の宝であり、騎士団の女神だ。


 この人がいれば人は死なず、貴族は安寧を手に入れることが出来る。


 そう思うほどにすでにその力に魅了されていた。しかし、ユーベルは、こんな人を侮辱し、貶めた愚か者の弟だ。


 家名を名乗ればフィリス様に嫌な思いをさせてしまうかもしれない。


 それは避けるべき事項であり、フィリス様が無言で森をずんずん進んでいくのでユーベルはただその後ろで、自分の正体に気がつかれないようにできるだけうつむいて歩いた。


「……あっ」


 しかし、短く声をあげてフィリス様はユーベルの方を見た。


 その声にドキッとしてバレてしまったかと考えるが、フィリス様は恥ずかしがるように言った。


「ユ、ユーベルといったっけ? あの……タヌキは雑食動物だった……恥ずかしい、私自信満々に言っちゃって……騎士団の人と合流したら訂正しておいてほしいんだけど……」


 お願いするように言う彼女は、こう見えて細かなことを気にするらしい、皆あの状況ではまったく獣の言葉に耳を傾けずに淡々と処理をしていった彼女の冷酷さと、潔さに驚いていたし、指摘しようという気が起きる者などいないだろう。


 それでも普通の令嬢らしく、細かな間違いを気にして顔を赤らめている。


 それがユーベルから見てとても不思議でならなかった。






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