幼稚な男
ダルトン侯爵家の王都にあるタウンハウスに、親戚の叔父や叔母、それから隠居していた祖父母まで集まって屋敷内は恐ろしく暗い雰囲気に包まれていた。
兄であるブルースを見ながらユーベルはただ静かに難しい顔をしていた。
「だから、どうして聖女様の機嫌を損ねるようなことになったんだ! あれほどお前を好いている様子だったのに! 理由がなければこんな風に我々の領地が危険にさらされることなどなかったはずだろ!」
ダルトン侯爵である父が大きな声でブルースを怒鳴りつけた。
連日こうして、父は家族一同の前でブルースに事の次第を問いただし、正しい出来事と認識を求めている。
しかし兄は不服そうな顔をしたまま腕を組んでふんぞり返っていた。
「だから、答えてるだろ。あの馬鹿が勝手に俺らの仲間内から抜けたくせにそれを根に持って、親にチクって大事にしただけなんだって……悪いのはフィリスだぞ?」
「そんなわけあるか! お前、いい加減にしろっ、そもそもあの方はただの令嬢じゃない、お前たちが世間知らずなだけで国を支える立派な役目を負っている!」
「はいはい、女神様の話だろ! そんなの子供じゃないんだから聞き飽きてんだって!」
「現実の話だ、ブルース! お前そうしていつまでふてくされてるつもりなんだ? …… お前とともに聖女様を侮辱したダイアナ嬢はその時点で家族から見放されて一生出てこられない病棟に入れられたんだぞ?! 危機感はないのか!」
「ダイアナの事は今関係ない! ってかそんなに父上が言うならフィリスに姑息な手段取りやがって舐めんなって言ってくるから、もう学園に戻っていいだろ!」
「姑息ではない! そもそも人から敬われる程度の事はされて当たり前の権利だ!! 誰の為に彼女が魔獣と対峙してると思ってる!」
父の主張は常に正しく、ブルースの主張は幼く幼稚で、自分の見ている世界だけをずっと信じ切っていて変えられない様子だった。
同じテーブルについている家族全員が、自分の間違いを認めずに喚き散らすだけのブルースの事を冷たく見ていた。
ダイアナと同じようにこんな人間を改心させて謝罪をさせることなど諦めてとっとと教会にでも入れた方がいい。
どうせ、フィリス様との婚約を破棄された時点でブルースは無価値だ。今までどうして自分がこの家で優遇されていたのかを知っても、今更手遅れだろう。
ユーベルはただ冷静にそう考えて今日も話が決裂するところをみて、怒鳴りあう声に耳が痛くなってきた。
父は何とかブルースを更生させたいという思いで間違いを認めさせるために動いているのに、ブルースにはまったく響いていない。
……というか意固地になっているように見えます。
ここで折れてしまえば自分のすべてが台無しになると思っているのか、自分はまだまだフィリス様に何とでも言える立場なんだと主張するように家族の前でフィリス様を罵っている。
それがただの虚勢であり、フィリス様はブルースの事をもうほんの少しも未練もないし、興味もないのだとすぐに新しい婚約者を決めて活動的に動いている彼女を見れば誰もが理解できている。
そのことを見て見ぬふりをするためにブルースはさらに声を荒げて子供のように父の言葉に反発した。
そんな話し合いが今日も今日とて続き、母は静かに泣いていた。
先日、ついにダルトン侯爵家の領地に魔獣が出た。領民が襲われてそれを無視して一番危険度の高い貴族である家族は一目散に逃げてきたらしい。
その日の光景が忘れられず、魔法学園に通っているのにブルースは怯えて役に立たない。ユーベルは騎士見習いとして騎士団に籍を置いているので実家にはあまり帰らない。
そういう状態で恐ろしい目を見たのに、いつまでたっても改心しないブルースにあきれ果てて悲しいという事をここ最近ずっと口にしている。
騎士団務めであるユーベルに今のところダルトン侯爵家の期待は集まっているけれど、ユーベルはブルースがいる限り騎士団に働きかけるつもりもないし、それに正式な騎士でもない人間は無価値も同然だ。
それでもとにかくユーベルは、そういう決意をしていた。あのフィリス様をこんな風に言う人間を野放しにはしたくないし、彼女は守っていかなければならない存在だ。
そう考えるようになったのは騎士団見習いとして初めて魔獣討伐に参戦した時の事である。