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解決策



 目まぐるしく過ぎていく長期休暇のとある日、フィリスは母に呼び出されて、母の私室へと赴いた。


 ダーナと向かいのテーブルに腰かけて、フルールにお茶を淹れてもらう。


 彼女はフィリスにさし入れだと言って魔素パワーの入ったものを持ってきたときと変わらずににこやかで楽しげな様子で母に仕えている。


 この人はあの時は紹介している物が物だったので異様に感じたが、きれいさっぱり魔素パワーの影も形も、ブライトウェル公爵家の屋敷からなくなるといつもの元気な使用人に戻ったような気がした。


「お嬢様! 今日のお紅茶は苦みの強いものですけれど、お砂糖はおいくつにしますか?」

「じゃあ、一つ」

「はい!」


 手際よく紅茶が仕上がりフィリスの前に出されると、ダーナも同じように手に取って二人で紅茶を飲んだ。


 ダーナは手元に書類を持っていて、呼び出しの用件はそこに書いてある内容の何かなのだろうかと想像しながらフィリスは、母を見つめた。


 すると、ダーナは少し笑みを浮かべて書類をテーブルに置いてから、フィリスに言った。


「急な呼び出しでごめんなさい、連日お茶会に参加して疲れているとは思ったけれど、もうすぐ長期休暇も終わってしまうから」

「うん。大丈夫。それよりなんのお話?」


 申し訳なさそうに言う母にフィリスは気にしないでほしくてそう返した。


 それに確かに長期休暇も終盤、忙しくはあるけれど、ブランシェール伯爵夫人の影響は屋敷の中でも外でも次第に弱くなっている。


 彼女に付け込まれていた人たちはダーナが自分の派閥に引き込むような形で一時的な庇護を与えて、何とか安定してきているし、なにより母がいつもの様子に戻ってきているのが目に見えて分かる。


「そうね、これなんだけど……見てくれる?」


 言われてフィリスは、差し出された一枚の書類を見た。そこには、国で栽培も所有も禁止されているハーブのことが記載されていた。


 しかし、見せられてもまったく心当たりがないので、首をかしげてダーナを見つめた。


「ブランシェール伯爵夫人への王族からの調査が入ってわかった事だけど、彼女はこのハーブを日常的に使用して、私や他の貴族を騙していたみたいなのよ」

「……どうやって使うの?」

「加工してお香のように焚くのだそうよ。覚えがない?」

 

 そう言われて考えてみると、あの時の応接室はすこし煙たくて、変な感じがしたような気がする。


 机の上に置いてあったからフィリスの魔法ですぐに潰れて消えてしまっていたけれど、もしかするとあれがそうだったのだろうか。


「ブランシェール伯爵家の応接室で焚かれてた……?」

「そうなの、このハーブは使い慣れていない人間に使うと精神的に不安定になりやすいんだそうよ。だからこそあの人の言葉を聞く人間は多く出たのね。薄いけれど依存性のあるものだから、あなたの体調に変化がないかと思ったのよ」


 心配そうにダーナはそう口にした。フィリスはここ最近の体調の変化などを考えてみるが特には無いように思う。


 平気だと伝えるために笑みを浮かべて「大丈夫!」と元気に口にした。


「……そう。ならよかったわ」


 ダーナもフィリスの言葉に安堵した様子で書類を手元にもどして、それからすこし、間をおいてパラパラと書類をめくり指先で撫でた。話が終わったのならば終わりだと言うだろう。


 この無言は何か言いづらい事があるから生まれている物ではないだろうか。


 フィリスはそう考えて、ダーナの事を見つめて待った。すると彼女は先ほどとは別の書類を一枚手に取ってフィリスに言った。


「フィリス。改めてあなたにいろいろな迷惑をかけたことを謝るわ。本当にごめんね。それに、私の為に怒ってくれてありがとう。あなたの事が私は本当に大切」

「……うん」

「ただ、やっぱりだからこそ、あなたに言われて考えたのよ。あなたは立派に自分の道を歩けるようになった、だからこそ私もそうしていいって娘のあなたに言われて、自分勝手な話だけれどそうしたいと思ってしまった」


 ダーナは誤解を生まないようにとてもゆっくりとフィリスに言った。しかしそれほど心配しないでほしい、言葉の間違いぐらいで愛情を疑うような育てられ方はしていない。


「これ以上、私はやっぱり我慢することが出来ないのよ。あなたに甘えてしまう、お母さまを仕方のない人だと思っていいから」

「思わないよ。お母さま……私は本当に、お母さまが楽しく幸せでいてほしいなって思ってるだけ」


 落ち込んだ様子で言う母はどこまでもやはり母親らしい人で、フィリスは一層丁寧にダーナに言葉を返す。


 本当なら、欲求を押し付けないために、フィリスの為でもあるのだと責任転嫁してもいいのだ。問題はお互いにあるのだし、フィリスは普通の女の子ではなかった。しかし母も普通に強いこだわりがある。

 

 どちらが悪いわけでもないのだから、ダーナだけが悪者にならなくてもいい。


「……ありがとう。フィリス」


 フィリスの言葉にダーナは感謝を伝えてそれから、手元の書類をフィリスに見せた。


 そこには何人かの名前が乗っており、年齢、性別、性格などが記載されている。


 やっぱりそういう話に落ち着くだろうとフィリスは納得した。


 ダーナは、人との付き合いが好きで関わることを苦に思わない。そして、帰ってこないフェルマンに、もう何人か子供をもうけたいと言っていたことがあった。


 フィリスもそうなった方がいいと薄々感じていたし、妹が出来ることを楽しみにしていたが、彼らは相性が良くなかった。


 そうなるともう自分で産むことは出来ない、となると母の欲求を満たすために出来ることは養子に取ることだ。


 カイルのように跡継ぎの為にではなく、ただ親子として絆をはぐくむためだけの子供。


 そんな風にダーナのエゴだけでどこかの貴族から引き取ってくるだなんて子供が親元から引き離されてかわいそうだという人もいるかもしれないが、そこはうまく調整するしかない。


 フィリスはどこかの誰かの幸せよりもダーナが健全であってほしいと思っている。


「養子に貰えそうな子供のリスト?……それにしても随分ばらついてるね」


 紙を受け取ってよく見てみると、親戚筋の多産の家系の子供などではなく地理的にも、身分にもばらつきのある子供たちだった。


 首をかしげていると、ダーナは少し自慢げにフィリスに言った。


「養子ではなくてね、魔獣が出て両親が死んでしまったり、騎士団から出る殉職者の子供なのよ。すこし前からフェルマンにも進められていて、養育者になって支援をしないかって」

「……養育」

「そう、まだ未熟な子を自分の養子に入れるのではなくて、家名や資産はその子が残されたものを受け取ってそのまま成人できるようにしておいて、一時的な保護者の役割をするという事らしいの」


 話を聞いてもフィリスには正直なところピンとこなかったし、よくわからない。しかしとにかく父の名前が出て、父も母の事を一応は考えていたのだという意外なことを知った。


「やっぱり、養子にしてしまったらある程度大きくなって、私と合わないと思った時に、可哀想でしょう? 今、育ててくれている親に愛着もあるだろうし、ね」

「うん?」

「それなら、こういう事情がある子たちを支えてみたいと思うのよ。もしこの家が気に入ってくれたら、親子になれたらと思う」


 やっぱりその些細な違いがフィリスにはあまり理解できなかったけれど、母が言うのならそうなのだろう。


 フィリスは何かを守り育てようと考えたことが一度もない。母がいいなら口出しをするつもりはなかった。


「お母さまがいいと思うなら、私もいいと思う」

「ありがとう。そう言ってくれるならどの子がいいか意見を聞かせて貰ってもいい」


 言われてまた書類に視線を落とす、新しく我が家にやってくるかもしれない子供の事を語っているダーナはとても楽しそうでフィリスも見ているとすこしだけわくわくした。


 二人だけで向き合っているときには、何かかみ合わない気持ちを感じるばかりで辛く思っていたけれど、こうして関わる形を変えて、また母と寄り添えたことはフィリスにとってとても嬉しい事だった。





長期休暇編これにて終了です。次は進級試験編へと続きます。

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