恋とか愛 2
フィリスは自覚がない様子だったが、そんなことも意識していないような子の胸元に顔をうずめている状況はカイルには流石に看過できない状態だった。
ぐっと引きはがして勢いのままにフィリスは持ち上げられた。
驚いて猫のように固まっていると、カイルはよっぽどフィリスの急な行動に驚いたらしく焦っているように見える。
しかし、少し考えてから、険しい顔をしてそれから「わかった、君の気持ちは尊重する」と言った。
そしてそのまま自分の膝の上に横抱きにするようにフィリスを置いてぎゅっと抱きしめる。
「っ、尊重してない!」
「だから、離れたら羞恥心が勝ってそばに寄れなくなるんだといったのは君だろう、こうして話をする分には問題ないじゃないか」
「うっ、うう」
確かにフィリスの言葉だけ聞くとそういう判断になるだろう。
抱きしめられないのだったら、抱きしめてしまおうと思ったのと同様に、抱きしめられないならば捕まえておけばいいというのだって正しい。
しかし彼の主張に反論できないほどにフィリスは色々な感情が駆け巡った。
それからどうにもならないような気がしてシャツ一枚向こうに感じるカイルの体温に身が焦げるような気がしてくる。
温かいというか自分も羞恥心のせいで熱いぐらいで、身じろぎすると固い男の人らしい体を感じていつも以上の密着具合にこのまま死んでしまいそうだった。
「なぁ、フィリス。……そういう事なら、君は別に変になってなんかいない。家族のように自分を大切に思っているのに、変だというが……自分は当たり前のことだと思う」
ぐっと強く抱きしめられて後頭部を摩られると体がぞわぞわして心地いいんだか、恥ずかしいんだかもうわからない。
「自分たちは夫婦になる。そういう風にそもそも異性だと認識して接触に対して様々な感情になるのは当たり前だ」
「……」
「むしろそういう話なら、自分は少し嬉しいぐらいだ。しかし、まったく触れ合いがないのも、寂しい。慈悲のつもりでこうしてたまに抱きしめさせてくれればそれでいい……だからあまり気負わないでくれ」
カイルの声はどこか悲しそうだったけれど、事情がわかれば問題もないらしくフィリスをゆっくりと離す。
きつく抱きしめられていた腕が緩んで、間近でカイルの顔を見ると母の優しげな顔とも、父の親しげな表情ともこれまた違った、熱っぽい不思議な視線をしていて。
それはたまにカイルの瞳に宿っている熱と同じで、熱くてじりじりとしているというか緊張してしまうような怖くなるような熱なのだ。
「焦らせてすまない。フィリス、嫌われていないならそれでいい」
フィリスを求めているのだと感じるその瞳、しかしカイルはフィリスを繋ぎ止めたり無理やりに何かを奪ったりしない。
というか、こういう行為にもフィリスとカイルは、女性と男性なのでそれ以上がある。
そういうことはフィリスは聖女なので全然知らない。しかし、いつかこの熱の宿った瞳でフィリスは知ることになるのだろう。
けれども今はその時じゃない。というか、彼はその熱を抑えてフィリスを離してくれる。とても真摯で優しい人なのだ。
緊張はするし暴れて逃げ出したくなるけれど、カイルが我慢をするだけになるのなら、フィリスだって多少なりとも我慢できる。
というか、するべきだ。しないとこうしてそばにいられないし。
「……」
「……まだ何か、考え事か?」
伺うように聞いてくる彼に、フィリスは心臓の奥がやっぱりぎゅうっとなって苦しいけれど、それを我慢してすすすと移動して彼の胸元に戻ってみた。
「……可愛いな」
つぶやくように言うカイルの声は優しくて、甘ったるい。子猫でも甘やかしているような声だ。
聞くと耳がびりびりする。
「……」
胸元に戻ると、腕を回されて人肌に包まれる。
酷く緊張するし彼の香りがしてやっぱり落ち着かない、しかしそればかりに囚われていて気がつかなかった感情を覚えて、フィリスはぐりぐりとカイルの胸元に頭を押し付けた。
……変にドキドキして、苦しいのに、ぎゅって出来るのが嬉しくて泣きそうな感じ。
ちょっとだけ落ち着いて見たらそんな風に思えて、フィリスもこうして抱きつけなくて寂しかったような気がしてくる。
「……フィリス、あまりそうしてくっつかれすぎるのも考え物なんだが」
「一度離れたら、また数カ月は逃げ回るような気がするから……もう少し」
「……ああ、なるほど。それは困るな」
フィリスの言葉にカイルは、苦笑しつつ言った。
ゆったり低い声で言う彼の言葉にやっぱり耳がびりびりして、今までのように心地いいだけではないけれど、こんなにそばで聞けて嬉しいと思う。
それにやっと、こういう感情が、カイルがさっき言った意識しているというやつでそして、こういう状態が、噂程度に聞いたことのある恋とか愛というやつではないだろうか。
「愛してる、フィリス」
「……ありがとう」
フィリスの考えをまるで読んだかのようにタイミングよく彼は言った。それにいつか「私も」と返せる日が来るのかと考えながらフィリスはカイルの胸板に頬ずりをするのだった。