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恋とか愛 1



 フィリスとダーナは屋敷に到着するころには二人とも落ち着いていて、二人そろって戻るとカイルがおり、三人で事後処理の話し合いになった。


 証拠をすべてそろえるまで待ってからカイルが動き王族へと告発するはずだったが、フィリスが怒って彼女の屋敷をぼこぼこにしてしまったので、大急ぎで書類を固めた。


 そしてとりあえず損害を請求される前に、ブライトウェル公爵家の詐欺被害についての損害を先に提出することができた。


 それから母はカイルへと謝罪をし、自らの心の内を話して少しこれからの生き方について考えてみようと思うと口にしていた。


 そんな母にカイルは出来ることがあれば協力すると返して、屋敷内の話はまとめることが出来た。


 しかし、休暇が終わるまでの残り半月、相当に忙しい事を覚悟しなければならないだろう。


 フィリスが予定を崩してしまったのだから母とともに、残り半分のお茶会相手を回ってブランシェール伯爵夫人を妄信している人たちに、彼女の罪を広めて目を覚ましてもらったり、今回の件もあるし王族に呼び出される可能性もある。


 というわけで、後半の長期休暇は休んでいる暇もないと想像できる。


 それならば、カイルとの約束を忘れないうちに果たしてしまおうとフィリスは立ち上がった。


 その日のうちにカイルの部屋へと向かって気軽に中に入れてもらい、出てきた紅茶をコクコクと飲んでからちょっと眠くなって、フィリスは思いだした。


 カイルの部屋は、騎士団に勤めているのにとても知的な印象を受けるというか、落ち着いた色でまとめられていて、大きめの本棚がある。


 男の人の部屋らしくあまり装飾が多いものはないが、彼のいつもつけている香水の匂いが羽織りからふわりと香ってきて、思わず顔が熱くなった。


 …………ど、どうしよう。というか、男の人の部屋に入ったのは初めてだ!


 フィリスは今更困りまくって、なんでこんなことをしようと思ったのか必死に考えたが、疲れていて思考が回っていなかったということ以外は思いだせない。


 とにかく隣にいる彼にこれ以上ドキドキしないようにフィリスはじりじりと移動して距離を取った。


 しかし、ふとカイルはこちらを見て、その怖そうな顔つきをさらに怖くしてフィリスを見つめた。


 これは睨まれているのか将又考え事をしているのか、フィリスには理解できなかったけれど、目を逸らしたら何か負けな気がして、赤くなりながらもしばらく見つめ合うような状態が続いていた。


「……今夜は自分との約束を果たしに来てくれたんだろう?」


 ゆったりとした優しい声で言われて、フィリスははっと思い出す。そうだった、ここで逃げて飛び出すわけにはいかないフィリスには使命があったのだ。


 そうだと示すためにフィリスは猛烈に首を縦に振った。


 するとカイルはそんなフィリスが面白かったのか口元だけ少し笑ってそれから、フィリスの手を取って繋ぎ止めた。


 突然の行動に驚く間もなくカイルは言った。


「自分が聞きたいことはただ一つだ。……フィリス、自分は君に何かしてしまったか?」

「……どういう……こと?」


 たしかにフィリスとカイルが約束したのは、カイルの質問にまったく嘘偽りなく答えることだ。


 しかし、質問の意味が変わらなければ答えようがない。フィリスは首をかしげて聞き返した。


 するとカイルはより丁寧に言った。


「自分の勘違いかもしれないがフィリス。ここ最近、自分は君にすこし嫌われている気がする。……だから何かしてしまったのならば謝罪をさせてほしいと思ったんだ」

「そっ、そんなこと……ない……はず……」


 カイルの言葉にフィリスはすぐに否定するために口を開いたけれど、心当たりしかない。


 フィリスだってカイルの事が嫌いではないはずなのに妙に避けてしまうというか、うまく接することが出来ないのだ。


 もちろん、彼が失態を犯したなんてことは無い。カイルはフィリスから見てもとても立派な大人でフィリスだって家族のように思っている。


 しかし、たしかに避けてしまっているというのは事実でこの事実はどうあっても覆らない。


 だとしても答えはカイルは何もしていないだ。


「そうか? 君との距離が開いて、以前のように抱きしめることすら叶わない。自分はとても遠く感じる」

「……でも……」


 たしかに遠い、しかし今抱きしめられたら多分フィリスは風船のように膨らんで丸くなって爆発してしまうような気がするのでできないというだけだ。


 答えに困るフィリスに、カイルはさらに続けていった。


「素直に話をしてくれると約束してくれただろう。……それでも何もきっかけがないというのならばそれでいい、ただ、自分は寂しく思っているという事だけを伝えたかった」

「……う、うん」

「自分のエゴを押し通してしまって申し訳ない、フィリス……そう困った顔をしないでくれ」


 カイルの寂しい思いは声音からも伝わってきて、フィリスもどうにも可哀想になってくるし、包み隠さずに言うと約束したのだ。


 彼はフィリスが困っていると理解して引いてくれたが、それでは駄目だ。約束は約束……それにフィリスもこのままではいけないと思う。


 しかしありのままの思いつくきっかけをカイルがやってしまった事ではないのに話をするのはあまりにも恥ずかしすぎる。


 こんなに恥ずかしがり屋ではなかったはずなのだが、カイル対する今のフィリスは何もかもが難しく抱きしめられることもできない、原因を話すことも恥ずかしくてできないと来た。


 こんなのはわがまま過ぎるだろう。


 ためらいがちにやさしく頭を撫でてくれるカイルの手を感じつつ、フィリスは、ぐっと覚悟を決めて、立ち上がった。


 そうすると大柄な彼はフィリスの丁度胸元の位置に顔があって、フィリスは勢いよくカイルの頭をグイッと抱き寄せて胸元に抱いた。


「っ……」

「……フィ、フィリス……?」


 ぎごちなく問いかけてくるカイルは、珍しく驚いている様子でフィリスはさらにぐっと胸に顔を押し付けた。


 顔というか、おもに耳をフィリスの胸の中心に押し当てる。どうしようもなくわがままになってしまっているフィリスだが、このどうしようもない気持ちをどうしたらカイルに伝えられるか、そう考えての行動だった。


「聞いて、カイル。わ、私、最近はずっとこんなで、カイルとそばにいるのと普段通りにできなくてなんだか苦しくて、嫌いではないのにっ、カイルの事、ちゃんと大切なのにっ」


 切実に思いを伝えたくてフィリスは続けて言った。聞いてほしいのは言葉ではなく心音だ。どこどこと鳴り響いていて心臓が苦しい。


 そんなことさえも説明できずにフィリスはただ、ただ勢いのままに続けた。


「きっかけはあったっ、でも、恥ずかしくて言いづらいけど、いうから! あのね、送られてきた香水をベッドに振ってみたの、そしたら抱きしめられているときみたいに安心して眠れるかなって思った!」


 今日のフィリスはよく喋っている気がする。普段から声を荒げたりおしゃべりに夢中になったりするタイプではないのに、今日は口がオーバーワーク気味だ。


「でもベッドに入って想像してみたら、なんだか変で、ドキドキしておかしくて、あなたの事、家族みたいに思ってるのにっ」

「……フィ、フィリス、わかったもういい、いったん離れよう」

「良くない! このまま離れたら私きっとこれからも恥ずかしくてカイルに近づくことが出来ない気がするからっ、カイルは悪くない、私がただ勝手に変なことを考えて変になってるだけ」

「落ち着いてくれ、フィリス。それにしてもこの体勢は、羞恥心が勝つだろ」

「でも、ほらその、心音を聞けばどれほど私が、変になってるかわかるでしょ! だからこ、このまま!」


 一生懸命に今の状況を説明するフィリスに、カイルはしびれを切らして、ぐっと彼女を引き離した。




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