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合わない母子




 帰りの馬車に無言で乗り込んだ。ふと見て見れば外からでもわかるほどブランシェール伯爵邸は荒れていて、混乱している使用人たちがあちこちで情報を共有している姿が見えた。


 そんな屋敷を出ると、フィリスとダーナは向かい合って無言になった。


 しかし、ダーナはとても真剣に考え込んでいる様子で、フィリスは静かにハンカチで涙をぬぐってガタゴト揺れる馬車の揺れに合わせてごとごと揺れていた。


 なんだか気まずい気持ちになりながらも待っていると彼女はふいにフィリスの方へと視線を移した。


「あなたがあんなに取り乱したところ、とても久しぶりに見た気がする」

「! ……ごめんなさい、なんか頭に急に血が上って……」

「いいのよ。あなただってまだまだ、若いんだから」


 力なく言う母はフィリスの振る舞いを少し笑って許してくれて、それからしばらくしてぽつりと言った。


「……フィリス……あなたは……私の望みに気がついていたのね」


 ダーナはブランシェール伯爵夫人の事ではなく、魔素パワーの事でもなく、先ほどのフィリスの言葉について言及した。


 ダーナの望みについては、彼女が母親として、それをわかりやすく押し付けてくることは無かったし、察せられる程度で合って、そういう風にすることを望まれていると知っていただけだった。


 ダーナは悪くない。ずっと彼女はフィリスにとって良い母で変わり者であるフィリスを守り育ててくれた恩人だ。


「……」

「母親、失格だわ。……それに、あの人の言っていることを信じるだけならだれにも迷惑も掛からないし……もしもそうなったらっていいなって思ってしまっていた」


 言い訳のように言う母は、ブランシェール伯爵夫人を盲目的に信じ切る前に戻ることが出来たらしく、呟くように続けた。


「そう思ったら心の安寧の為に、それらしくて私に都合のいい事を言うあの人の話しか頭の中に入ってこなかったのよ。どうしてかしらあの人の元に行くととても心が楽なる気がして……ああ、私……本当に馬鹿みたい」


 顔を手で覆ってダーナは小さく俯いた。


「心の中に秘めておくはずだった願望が叶って欲しくてあなたの事すら見えてなかった……」


 後悔している様子に、フィリスも悲しくなってくる。そんなに落ち込むことは無い、母親である前にダーナは一人の人間なのだ、フィリスと同じように望みがある。


 それを押し付けないように理解しようとして居てくれたそれだけで、フィリスは選択の余地を与えられたのだ。


「お母さま」


 隣に座り直してフィリスは彼女の肩に触れる。


 やせ細った小さな肩だ、体格もフィリスとそうかわらない。


「……フィリス……あんなに私の為に怒ってくれるようないい子に育ってくれたのに……これ以上ないほど嬉しい事のはずなのに……私はずっと……ごめんなさい」


 声を震わせて謝る彼女にフィリスは笑みを浮かべて母に寄り添った。

 

「私の方こそごめんなさい、期待に沿えなくて。普通ではなくて……お母さまはずっと、私に特別なことはいい事だと言ってくれていた、だから私も自分が好きになれた。たしかにお母さまが望んでいることによせすぎて悩んだこともあったけど後悔はしてないんだ」

「フィリス……」

「本当は、勝手に跡継ぎの話を決めてしまったけど、魔法学園から帰ってきたらもっとたくさん話をしようと思ってたの……遅くなってごめん」


 母の手を握ると冷たくて固い、老人のようだった。悲しくなって強く握る。


 フィリスは自分の道を自分で決められるようになった大人だけれど、どうか健康で長生きしてほしい、親孝行もしたいし。


「いいえ、良いのよ。あなたにはその方が向いている。だからこそ自然なことだから」

「そう言ってくれてうれしい、でもそれなら私のことは心配しないできっとうまくやれる。それよりもお母さまが望むようにして、私は……きっとこれからも普通の令嬢にはなれないし、魔獣を討伐したりする」

「……」


 ……だから今からお母さまの望む普通の親子関係は作ることが出来ない。


「流行にも疎いし、友達も少ない、あ、すこしはいるけど……だから……その、私たちあまり合わないんだと思う。でも、私にとってのお母さまは一人でお母さまの子供も私だけそれは変わらない」


 手を両手で握って彼女の目を見てフィリスは言った。

 

「だからこそ、お母さまも自分の望みをかなえられるように動いてほしい、私を気にして思い悩まないで自分の為に動いて……おねがい」


 フィリスはダーナのたった一人の娘だ。


 だからこそ、母は本当の意味で望みをかなえることはとても難しい、しかし、フィリスに押し付けないように考えながらも望み続けて、悲しくなってしまうぐらいならば、子育てから卒業して新たな道を進んで欲しい。


 変なものを信じて望みをだましだまし満たしていくよりも、別の道を探す方がいい。


 もうそうしてもフィリスは大丈夫だと、帰ってきて伝えたかった。


 そしてそれがきっと幸せに向かう近道だ。


「…………っ、う」


 母は、こらえきれないというように涙をこぼして口元を抑えた。


 母の泣き顔というのは心が苦しくなるもので、フィリスも涙が出てきてしまって親子そろって馬車の中で年甲斐もなく泣いたのだった。





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