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お茶会ばかりの日々




 それからフィリスは母がセッティングしたお茶会に片っ端から参加することになった。


 一日目二日目ですでに魔素パワーという単語については聞き飽きるほど聞くことになり、行く先々でブランシェール伯爵夫人の名前を聞いた。


 移動の馬車の中ではひたすらに同じ内容の話をフルールとダーナからされて、フィリスは耳にタコができるかと思ったほどだった。


 しかし、よくよく聞いていると魔素パワーの持っている力がどんなものかがわかってきた。


 魔素パワーあるものを身近に置いておくと引き寄せの力が働いて、物事が勝手に良い方向に向かい、願いが叶うというような内容らしく、多くの人が縋るようにそれを信じているのだと知った。


「フィリス様もこれがどんなにすごいものだか感じるでしょう? だって聖女様なんですもの!」

「……うん」

「私もこれで、自分の魔術を授かることが出来るんですって! すごいことでしょう?」

「うん……」


 フィリスは絶賛魔素パワーの力に染まっている自分より少し小さな令嬢から話を聞いていた。


 彼女は満面の笑みでこれまた珍妙な、木の枝が布で装飾された物に頬ずりをしていて非常に奇妙な光景だった。


 魔術というのは生まれ持つもので、人生の途中で授かったりしない。


 それは貴族の中では常識だが、彼女の母親は隣でダーナとともにブランシェール伯爵夫人がどれほど素晴らしいかという事を話し合っていた。


 こんな母とともにずっとそばにいれば、外の世界に触れない貴族令嬢は簡単に思考が染められてしまうかもしれない。


 魔法使いや騎士のような手に職を持つことを目指さない貴族令嬢の世界はとても狭い。


 屋敷に親の選んだ家庭教師がやってきてマナー、座学、魔法の基本的なレッスンを受ける。次に身内と、それから親の選んだ友人とのお茶会を得てデビュタントを迎える。


 そのころにはすっかり母親そっくりの子供が出来上がっている。そして、親の決めた婚約者の元へと嫁に入り、次は自分が親になる。

 

 そういう無限に続く輪の中に存在している歯車のような子供はたくさんいて、今目の前にいるこの子もその中の良くない歯車の一部にされている。


 自分で選ぶことが出来ない以上は、周りが環境を変えてやるしかない、しかし環境を作っているのは親で親もまた歯車として生まれた一部だ。


「わたくし、今までこんなに素晴らしいものに出会ったことは無かったの! フィリス様もそうでしょう?」

「うん」

「だからお母さまと一緒に、お父さまにもっと予算を割いてくれるようにお願いしてるのよ」

「……」


 このままではこうして騙されている彼女たちは、爵位をもつ夫に捨てられるかもしれない。そうなってしまった後の人生は目も当てられないほど悲惨なことが多い。


 ……私にできることは多くないのに、早くなんとかしないとって思ってしまう。


 無邪気に笑う令嬢が酷いめに遭って欲しくなくてフィリスは、気分が落ち込んだ。

 

 そんなこんなで今日もお茶会を終えて、フィリスは母と一緒に馬車へと乗り込んだ。


 帰りの馬車の中でダーナはフィリスに魔素パワーのたくさん入った御石なるものをフィリスに持たせて、語り掛けてきた。


「どうかしら、フィリス。あなたもすこしは女性らしい付き合いをうまくやれそう?」

「……どうだろう」

「おかしいわねぇ、御石の力であなたも自分の真の姿に目覚めるはずなんだけど……」

「うん。……ねぇ、お母さま」

「あら、なに?」


 目の前にいる母をフィリスはじっと見つめて、言葉を探した。


 昨日までは何も言わずにただ首を縦に振っているだけだったが、それだけではいけないだろう、しかし単に否定しているだけではきっと駄目だ。


 フィリスは母の気持ちをより正確にりかいしたい。何か寄り添いつつも彼女がどういう風に思ってこれを信じているのかわかるような質問はないだろうか。


「……お母さまは、あの令嬢が自分の魔法を授かると思う?」

「それはもちろんよ。彼女の母親はたくさん魔素パワーのあるものを買い与えているしきっと望むようになるのよ」

「じゃあ、それに目覚めるためにもっとたくさんのお金が必要だと言われて、彼女たちが自分たちの領分以上に家のお金を使って家を追い出されるのと、魔法に目覚めるの、どちらが早いと思う?」


 効力については否定せずに、これが彼女たちにとって正しい事なのかを母に問いかけてみた。


 すると母は、キョトンとして、すこし言い淀んだ。それから、静かに言ったのだった。


「それはとても、難しい問題ね」

「うん」

「ただ……ただそうね……私はきっと望みがかなうと思っているけれど……」


 それ以上は言葉が出てこない様子で、ダーナの中にも深い葛藤があるのだと思う。


 母はきっと効能を信じたいと思っている。しかし、人を選んで勧めるところを鑑みると、妄信しているようでいて、わきまえて信じている。


 現実を知っているのだと思う。ダーナは立派な公爵夫人なのだ。心が弱ってなければこんなものを信じたりしない。


「お母さま。お母さまはどうしてブランシェール伯爵夫人の言葉を信用しようと思ったの?」

「……彼女はとても素晴らしい人だからよ。あなたも会ったらきっとあの人の事を信用したくなるはずだわ」

「わかった。ただ、よく考えてほしい。解決策って一つではないと思う。さっきの令嬢が魔法に目覚めるのを待つのではなく、自分の今できることを探した方がきっと早く実りがあるように、別の場所にも糸口は転がってる」

「……言いたいことはわかるわ」

 

 フィリスの遠回しな説得に彼女は理解を示してくれる。しかし共感はしてくれない。


 会えばわかるというのならば、もう会うしかないだろう。カイルの証拠集めは順調に進んでいるらしい。後はフィリスがダーナをいつもの彼女にもどすだけだ。


 それは簡単なことのように見えてわかりやすい正解がないので難しい、しかし根気強く付き合っていくしかない。


 フィリスにとって唯一の母であるように、母にとってもフィリスが唯一の娘だ。フィリスにしかできない事だ。





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