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策略の夜



 フィリスの部屋にやってきたカイルとフィリスは二人で向かい合ってティーテーブルに座っていた。


 しかし、フィリスは妙に意識してしまって、部屋には重たい沈黙が流れていた。


 カイルはフィリスの様子を見て、適当に茶菓子をつまんだ後に、問いかけてきた。


「フィリス、今日はダーナ様の予定を回避したいだろうと考えてあの場では提案したが、君が気まずく思うのならば、夜に会うという目的も達成したことだし自室に戻ろうと思うがそれでいいか?」


 優しく言うカイルの気遣いにフィリスは、途端に申し訳なくなる。決してカイルといることが嫌ではない、ただ、変なのだ最近どうにも落ち着かない。


 しかし、そんなことを言っていては、いくらフィリスとカイルでもすれ違ってしまうことがあるだろう。


 フィリスは、いつかカイルと結婚する。


 その時に夫婦になってもああしてお互いの事に無関心な関係にはなりたくないと考えている。


 今までは明確にそうは思っていなかったけれど、今日の時点で母がおかしな状況になっているのに興味を持たないような父のようにはなりたくないと思った。


 母は悪い人ではないのだ。けれども人並みに騙されたり人並みに思いつめたりする人だ。


 そういう機微に気がつかない関係性はフィリスにとって、他人と同じだ。


「カイル、ここにいてほしい。私はカイルの事が好きだし、全然気まずく思わないし……だから、少し話を聞いて」


 ちぐはぐになっている心を落ち着けてそう口にした。


 すべて事実だ、しかし口にするとやっぱり恥ずかしくてもだえてしまいそうであるが、堪えて、先ほどの晩餐会の事を考えた。


 フィリスの言葉を聞いて意外そうな顔をしながらもカイルは「わかった」と口にして座り直す。


 とにかく母は今、いろいろとおかしい。


 原因の一部は彼女が、異様に勧めてきている流行りの品物だという魔素パワーの製品だろう。


 正式名称はわからないがあんなものが大々的に王都で流行っていたら流石にフィリスの元にだって話が来ると思う。


「……カイル、お母さまの買ってる商品ってどこから購入しているの?」


 端から否定するようなことを言うのは角が立つというか憚られるので、フィリスはなんとなく販売元の方から探っていこうと考えて言った。


 もし大手商会でも扱っていてどこでも買えるものなのだというのならば、流行りのものだと頷ける。


 しかし、フィリスの言葉にカイルは意図をくみ取った様子で、ため息交じりに口にした。


「たまに話にも出ているブランシェール伯爵夫人だ。彼女がどこかから仕入れてきてダーナ様に特別価格で売っているらしい。詳細は自分自身はお茶会には参加できないからな、把握していない」

「伯爵夫人から……あの、直球で言うけど怪しいと思う」

「同意見だ。特別に格安で買っているらしいが、それでも高価な代物であるはずが、よく見ると作りが荒い部分も多い、十中八九適当に作成されている安価なものだろう」


 フィリスが決心して言うとカイルはそれにこたえるように続けてそう口にした。彼もやはり妙な代物だとは思っていたのだろう。


 しかしダーナはそれにすら気がつかずに妄信しているような状態だ。


 そんな風な母とこうして屋敷に頻繁に帰りフィリスとの橋渡しをしてくれていただなんてカイルには頭が上がらない。


「そうだよね。ごめんなさいカイル、今までお母さまに商品を勧められたり困ったりしたことは無かった?」

「どういった基準かはわからないが、自分にもフェルマン様にもダーナ様は勧めるようなことは無かったので問題ない。しかし、フィリスが来た途端に熱烈だ」

「そうなの?」

「ああ、ただでさえ少々過激になっているというのにこのままでは貧血で倒れかねないな」

「……貧血?」

「そうだ。……フルールの話によると、美しく白い肌を作るために血管に針をさして血を抜く瀉血という方法が流行っているのだとブランシェール伯爵夫人に勧められたらしく、たまに行っているらしい。石を食べていたのもその一環だな」


 カイルの言葉を聞いてぞっとする。人に迷惑をかけていないならば一安心かとも思ったがそうでもない、これは放っておけるような事態じゃないだろう。


 どう考えても怪しいのはブランシェール伯爵夫人だが、どんな人物かも、ダーナをだましている目的はお金なのか、他の何かなのかも見当もつかない。


「フィリス、そこで相談だが、ブランシェール伯爵夫人については自分が調べようと思う。もしなにか良くない事をしているのならばその証拠もつかみたい」


 なにからどのようにやればいいのか考えつかなかったフィリスは、カイルの言葉をキョトンとして聞く。


「……これだけ多くのものを販売し、他のご婦人方も巻き込んでいるとなると何かしらの犯罪が明るみに出ると考えている。しかし、大元の問題はダーナ様自身にあるだろう」

「お母さま自身?」

「そうだ。ダーナ様が望んでブランシェール伯爵夫人と付き合っているからには、彼女を庇う可能性が出てくる。仮に何らかの罪を犯していると告発できたとしても、同じようにダーナ様が別の人間に騙されないとも限らない」

「……うん」

「もちろん、この件での損害や、ダーナ様の心の隙をつかれて騙されたことを責め立てダーナ様に関する監視をつけることも可能だろうが、それは……君は望んでいるか?」


 カイルはフィリスの思考よりもずっと先の事を考えていて、フィリスがブランシェール伯爵夫人をどんな風にしたらいいのかと思っている間に、根本の問題まで見つけていたらしい。


 よく考えればカイルはフィリスのように、今日この出来事に気がついたのではない。前からダーナの異変を知っていてそしてフィリスの意見を聞くためにこの日まで待っていた。


 今日戻ってきたばかりで情報が多く急展開に目が回りそうではあるが、カイルが問いたいのは最後の話だろう。


 つまりは、フィリスが母をどうしたいかという事だ。

 

 ……もちろん、ちゃんと向き合いたい、お父さまにもお母さまにも私の生き方を認めてほしいと思っている。


 そのためには、まずは母も父も健全であってほしい。


 いままではこう言ったことはなかったしきっかけがあるはずだ。

 

 思いつくのは、フィリスが母と同じ他家に嫁に行く普通の令嬢らしくするのをやめたことだろう。


 結局のところこの問題もフィリスの将来の話につながっていて、将来の為に変えたフィリスの行動のせいで母は他人に付け込まれるような心の歪を抱えることになった。


 それはフィリスのせいだけではないかもしれない。


 けれども、それを母だけのせいにして責め立てる様な他人行儀な関係にはなりたくない。


「……私は、お父さまのようにお母さまの事を何も理解しないままでいる様な関係になりたくない、出来ることなら寄り添って根本的に解決したいと思う」

「そうか。……なら、それは君に任せてもいいな」

「うん」

「では自分はブランシェール伯爵夫人についての調査を進めようと思う」


 フィリスが言うとカイルはそういう答えを予想していたらしく、平然とそう口にした。





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