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無関心ゆえに




 晩餐会は奇妙なものに見て見ぬふりをしながら、それなりに楽しく進んだ。


 カイルの実の両親に挨拶に行くのはいつにするのかや、魔法使いの称号も取ったらどんな仕事がしたいのか、そういう楽しい話をしていたのだが、デザートの時間がやってきて、フィリスは異様な光景に驚いて声も出なかった。


 運ばれてきたデザートの皿、ケーキの上に母の分だけ、頂点にフルーツではなく小石が乗っかっている。


「……お母さま、異物が混入してるけど……」


 ついに堪えられずにフィリスは皿の上のそれを指摘した。すると母はうつろな瞳をまん丸にして、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


「やだ、フィリス。あなたったら本当に流行りに疎いんだから。そんなでは、この家を継いだ後でもうまくやれないわよ? もっと敏感にならないと」


 フィリスと同じ紫色の髪をさらりと耳にかけつつその魔石を口に運んだ。

 

 かみ砕くわけではなくごくりと飲み込んで、笑みを浮かべる彼女にフィリスは正気を疑った。


 おかしいおかしいとは思っていたがまさかこれほどだとは。


「そうよね? フェルマン、フィリスは女の子だから、って私は何度も言っているのに、いつも疎くて困っちゃうわ」

「……そう言った女性同士の事に私は口出しできないからな。しかし、母が言うのだからそうなのだろうフィリス。社交界というのは騎士団と同じでとても立ち回るのが難しい場所だ、母の行動を良くまねるといい」


 彼は、尊重しているように見えて興味もないし、真偽も確かめるつもりもないといった様子でダーナにそう適当に返し、フィリスに見習えという。


 確かに父にとって親和性の低い話題だと思うし、理解できないというのもわかる。しかし、フィリスに見せてくれたような相手を思いやる気持ちは父は母に向けていないからこんな風なのだと思う。


 それでは理解し合うことはできないだろうし、父はその固定概念を変える気も変えた方がいいのだということをほんの少しも考えていない。


 そういう人なのだとフィリスは理解している。だからこそ彼に母とのことで頼るつもりは最初からなかった。

 

「ほら、フェルマンもこう言っているでしょう? フィリス。そうそう、あなたの休暇中に沢山の社交上手のご婦人と会う約束をしているから楽しみにしていてね。魔素パワーの話を聞いたらフィリスもきっと皆と語らいたいと思うはずだわ」

「それは……」

「大丈夫、初めは怪しく思うかもしれないけれど皆が使っている物だから安心してほしいのよ。それに完全に自然の素材でできているから安全だし、あなたの望みも私の望みもきっといい方向に向くはずよ」

「え、ええと……」

「今晩にも話をしに行くから準備しておいて、昼にさし入れもしたし多少は体になじんでいるはずだわ」


 突然まくし立ててくるダーナにフィリスは勢いに押されて、ケーキ用のフォークを持ったまま硬直した。


 何か断るいい口実はないかと思考を巡らせているけれど、母の勢いに頭が追い付かなくていい案などまったく思い浮かばない。


 しかしなんとか断る為に頭をひねっていると、ちらりとこちらを見たカイルがとても自然にフィリスに助け舟を出した。


「そんな予定があったとは知りませんでした。ダーナ様。明日からもお茶会で予定の埋まっているフィリスと、今夜だけはそばにいたいと自分は考えていたのですが……」


 落ち込んだようにいうカイルに、フィリスは、すぐにその言葉に乗っかるようにして「そうっそうだった!」と比較的大きな声をあげた。


「私、今夜だけはカイルと夜を過ごしたいの。もう婚約も決まっているし、許してほしいと思ってるんだけど」

「でも、大切な話なのよ?」


 悲しそうに言う母にフィリスは少し心苦しくなりながらも、その考えを振り払っていった。


「そ、それでも今日はカイルと二人で過ごしたいから!」

「そう、それなら仕方ないけれど……フィリス、私ね、あなたをちゃんと愛している。だからあなたにより良い選択をしてほしくてきちんと知ってほしいのよ」

「……う、うん」


 突然言われた母からの言葉に、フィリスは驚きつつもその言葉を素直には受け取れなかった。


 母がフィリスを大切におもってくれていることなど知っている。何か嫌なことがあった時にはきちんと最後まで話を聞いてくれるし、消して自分の理想を叶えるためにフィリスをないがしろにしたりしない。


 態度や言動ににじみ出ていることはあって、フィリスは察してしまう事も多いけれどそれでも母親らしく尊重しようという彼女の愛情を感じている。


 しかし、知っているからこそ、苦しいだろうことも容易に想像がつくのだ。


「だって私にとってたった一人の娘なんだもの、フィリス」

「……」


 たった一人の娘だからこそ、母には選択肢がない。せめてもう一人でも兄弟がいれば母の、望む当たり前の娘と母の関係を育めたのかもしれないのに。 


 フィリスとダーナだけではダーナの望みはずっと叶えられないし、そのことはフィリスが今回跡継ぎになるといったせいで行動で示してしまった。

 

 それはひどくショックだったはずだ。

 

 その気持ちが、歪んでしまっているのではないだろうか。


 しかし考えてもそのことをすぐには口にできなくてフィリスは、黙り込んだ。


 大切にしてくれているのはうれしくて母親という物をダーナはとても重たく価値観として持っているだからこそその役割と、望みが衝突していたら苦しいだろう。


「今日は、久しぶりの再会だからと言って夜更かししてはダメよ。節度を持って過ごすこと、良いわね」

「うん」

「それならいいのよ。楽しんで、フィリス、カイル」


 にっこりと笑みを浮かべる母の声には優しさがにじんでいる。

 

 それにフィリスはずきりと心が痛くなるのだった。






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