さし入れ
屋敷に到着するとすでに父がおり、挨拶をしてから自室に戻った。今日は家族で夕食を囲むことになっていて、久しぶりに格式高いドレスに身を包むことになる。
窮屈なので好きではないがあまり着る機会がないのだ、せっかく持っているのだから着なければ勿体ない。
そういったわけでフィリスは自室で専属の侍女のミラとともに晩餐会のドレスを選んで身支度をしていたのだが、ダーナの専属の使用人であるフルールが突然やってきてフィリスとミラは目を丸くした。
「突然の訪問、失礼いたします。お嬢様! 奥様がどうしてもと仰るのでさし入れをお持ちいたしました!」
フルールは、ダーナと歳が近く若いころから付き合いのあるフィリスにとっても親に近しい存在の人だ。
彼女が突然やってきたからと言って文句はないが、さし入れとは何だろうか。
「……ありがとう。フルール、でもこんなに急にお使いを頼むだなんてよっぽど急ぎで私に渡したかったものなんだね……」
確認するように言いつつも、ドレッサーから立ち上がりフィリスはフルールの方へと向かった。
ミラは状況をすぐに把握して、身支度の為に出していたものを手早く片付けた。
「それはもう、お嬢様も一度手に入れれば最高に気に入ってしまう代物です!」
にっこりとした笑みを浮かべて言う彼女の勢いにフィリスは少したじろいでしまうけれど、それほどの物とは一体何だろう。
「それは楽しみ」
フィリスも笑みを浮かべて彼女の持っているバスケットの中身に興味を示した。
すると、彼女はさらに勢いついて、そばにあったティーテーブルの上にバスケットをおいて、中身をまさぐった。
それからとても自慢げに、珍妙なものを取り出した。
「…………?」
フィリスはそれを大真面目に見つめて、一生懸命どんなものなのか考えた。
それは、ワインボトルのような形をしている物で、中には何か液体が詰められている。
色のついたボトルなので内容物の色については言及できないが、珍妙だと思ったのは、そのボトルにドレスのような高級な布が洋服のように着せられていた。
ボトルの飲み口の部分にはリボンがついていて宝石があしらわれている。
ピンクの可愛いフリルのついたスカート部分にはふんだんに刺繍がされていて、何故こんな風にボトルを着飾っているのか謎だった。
「見てください! お嬢様! これはとても高名な魔法使いの方が十年かけて見つけた魔素パワーの含まれている水脈の水をろ過しボトル詰めしたものなんです!」
「え……?」
一度の説明では聞き取れずにフィリスは聞き返した。しかし興奮気味に続けるフルールはフィリスの言葉に耳を傾けることなく次のさし入れを取り出した。
「そしてこちらは、王国の端にある閉ざされた森から特別に入手された魔素パワーの宿った素晴らしい効能のある宝石なんです!」
……魔素、ぱわー……?
次に出てきたものは宝石とは言ったが、椅子の足につける為のようなくしゅくしゅしたカバーがついているこぶし大の石ころだった。
どこからどう見ても宝石ではない。
たしかになんとなく使われている布が豪華というか、ドレスを着ているボトルと同様に布地からは高級感が漂っているが物自体はいたって普通のものに見える。
「……」
フィリスが黙り込んでいると彼女はさらにヒートアップして、次から次に似たような品々を出してきた。
中でも魔素パワーを含んだとても特別な方法で作られた小麦粉から作られたというクッキーを勧められて口にしたが、当たり前のようにパサついたクッキーだった。
「どうです! お嬢様、感じるでしょう大地の恵み、美しい大自然の魔素、そして母なる女神さまの偉大なる愛を!」
「……」
「これらを感じることが出来るそして、さらに感じられるようになるのが魔素パワーの力なんです!」
熱弁をするフルールにフィリスは理解が出来ずに気難しい顔をしていた。
だって本当に理解不能だ。なんだ魔素パワーって。そんなもの、生まれてこの方一度も聞いたことがないものだ。
「魔素ぱわー?」
「魔素パワーです!」
「……これらに全部それが入っているから、なんだっていうの?」
いよいよわけがわからなさ過ぎてフィリスは真顔でフルールに問いかけた。悪趣味な冗談ならば今すぐにやめてほしい、フィリスは柔軟な方ではない。
冗談だとしても笑い飛ばせる気はしなかった。
しかし、フルールはとてもいい笑顔で、フィリスに言った。
「これが社交界の中で今、大流行しているんです! 特に王都の夫人たちの間でマストの商品ですよ!」
「……う、うん?」
「ダーナ様は最近これらの商品をいち早く格安で譲ってくださる貴族の方と友人になられて、とても喜んでいらっしゃるんです!」
「ちなみに、ひとついくらぐらいなの?」
フィリスは少し恐ろしくなりながらも、彼女に聞いてみた。流行の商品と言われてしまうとフィリスは何も言えない。
そういう自然物に対する崇拝のような流行だってあるかもしれない。
しかし、一応言っておくが王国の端にある禁足地となっている森は、入ると大体の人間が骨になって戻ってくるほど魔獣が多いだけで決して魔素パワーなど存在していない。
「そうですね! 物に寄るのですが、これ一つで大金貨百枚程度です!驚きましたか?」
「……うん、そりゃもう。凄く」
「わかります! あまりに安く譲ってもらえているから奥様もとても喜んでいたんです」
……安く……。
……安いのかな? 安いだろうか、この石ころが? この屋敷を一ヶ月運営しても、有り余るほどの金貨と同額?
フィリスは自分の常識を覆されるような衝撃を受けた。そして頭に浮かぶ二文字の言葉。
……それは……流行を騙った、詐欺では?
「それにたくさんありますから、フィリスお嬢様にも早くプレゼントしたいということで至急差し入れに参った次第だったんです!」
「……そう」
「夕食後も直接、奥様から商品の紹介と貴族の方々の魔法にどんな風に影響があるのかお話があるそうです! 楽しみにしていてくださいね!」
「……あ、いえ……う、うん」
フィリスはとにかく少し考える時間が欲しくなって、笑みを浮かべてそういうフルールに適当に言葉を返した。
するとミラがタイミングよくフィリスとフルールの間に入っていった。
「お嬢様そろそろ、お支度の時間が……」
「あ、そうね。そうだった。じゃあフルール、お母さまにありがとうと伝えておいて」
「はい! 承知したしました!」
笑みを浮かべてフルールはすたすたと去っていく。
彼女がいなくなって静かになった部屋でミラがなんの含みもなく言った。
「貴族の方は流石魔法を使えるだけあって、不思議な流行があるんですわね」
その言葉にフィリスも心の底から同意した。詐欺商品をわかっていて買うのが流行しているのか、それとも本当は詐欺ではなくそういう嗜好品なのか、微妙に断定しづらい所が困ったところだ。
なんせ、たしかに変な流行りというのも存在はする、しかし、これは果たしてどうなのだろう。
真相はまだまだ分からない。