お迎え
学園は長期休暇に入った。
それぞれ迎えの馬車がやってきて、どんな長期休暇にしようかと心を躍らせている令嬢、令息たちはわくわくした様子で馬車に乗り込んでいく。
普段は、窮屈な規則やルールに縛られた学園生活を送っている生徒たちも、一時の羽を伸ばせる期間に心を躍らせていたが、ジゼルはまるで戦場に赴くような表情で帰っていった。
もちろんジェラルドを連れて。フィリスは彼女の健闘を祈っている。
それと同様にフィリスも自分の迎えの馬車を妙な気持ちになりながら待っていた。
というのも使用人だけでいいと言っているのに、今回もカイルが来るらしく、彼は忙しくしているはずなのによくもまぁこんなにフィリスに構ってくれるものだと思う。
…… いや! 決して嫌ではないし、むしろうれしいんだけど。
うれしいんだけど……カイルに対して妙な気持ちを抱いてから、どうにも彼に会うのが心苦しいというか後ろめたいというか、あれからカイルの事を考えると変なのだ。
実家に帰ってやることも沢山あるし、母ときちんと向き合ってフィリスが生き方を変えることを認めてほしいと思っているし、それに伴っていろいろな提案をしたいと思っている。
それなのにこんな気持ちを抱えていてはいけないと思うのだ。
思うけれどもどうにも処理しがたい。
そんなことを考えていると、他の生徒たちと馬車が入り乱れている状況の中で、きょろきょろと辺りを見ているカイルの姿が目に入った。
彼はさほど目立つ髪色というわけでもないし、特別目を引くほど美しいというわけでもない、それなりに大柄で眼光は鋭いが常識の範疇内だ。
それなのに、フィリスはすぐに見つけることが出来て、気が進まない気持ちはありつつもトランクを持って、彼の元へと駆け寄った。
「カイル! お迎えありがとう」
言いつつそばに迎えば彼はすぐにフィリスに気がついて、当たり前のようにフィリスの手からトランクを奪い去って、久しぶりのフィリスに目を細めた。
「良かった、早く見つかって。重い荷物を持ったまま君に待ちぼうけを喰らわすわけにはいかないからな、ブライトウェル家の馬車はこっちだ」
「……」
……帰省用の荷物を持って待っているぐらいでは私はへこたれないし、そんなにひ弱じゃない。
カイルの言葉に心のなかだけで言い返す。
はたから見たら、親子、良くて歳の差の兄妹に見られるほどに体格がかけ離れていることぐらいはフィリスも知っていて、言い返しても分が悪いので口にはしなかった。
しかし、こういう扱いはどうにも慣れない。今まではなんとなく受け入れていたけれど、今はいろいろ考えすぎていてカイルの行動に対して妙に敏感に反応してしまう。
「どうかしたか?」
「と、特には」
「そうか、しかし長期休暇の初日とはいえ人が多いな、君は動きづらいだろう。自分が先導するから手を握ってくれ」
「……うん」
フィリスは頷いて手をこちらにむけるカイルの手を取って、引かれて歩く。
前を歩く彼の背中は大きくて、前にいてくれるだけで人避けになって随分と歩きやすい。
この行動に特に意味なんかないのだろう。
しかし、今まではただの人肌だと思っていたカイルの掌は、フィリスよりも固くて、ごつごつしている。
「それにしても皆、楽しそうな顔をしているな。やはり学生にとっての長期休暇はそれほど嬉しいものなのか?」
カイルはあたりの生徒を微笑ましそうに見ながらそんな風に口にする。
しかし彼の言う言葉よりもフィリスは繋がれた手の方が気になってしまって「わかんない」と短く返した。
フィリスだって楽しみにしていた休暇のはずだが、優しく包まれている掌が熱くて、力強く引いてくれるとどこまでもついていきたいような気持になるのに、心を許せる友人であるジゼルの元に戻りたくもなる。
「そうか。自分は君に会えて嬉しい。今日からしばらくともに暮らせる事を考えると浮足立ってしまうが、君は冷静だな」
つまらないフィリスの返答にもカイルは楽しそうに返してくれて、その答えを聞くと心臓がぎゅっとなって思わず俯いた。
これは重傷である。こんなことでは長期休暇の予定に支障が出るではないか、早急な対処が必要だろう。
そうは考えるが建設的な思考などできるはずもなく、もはやここら一帯をすべて吹き飛ばせば万事解決ではないかと意味の分からない事を考えているといつの間にか馬車へと到着していて、カイルとともに乗り込んだのだった。