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長期休暇




 やっといろいろなことが片付き始めた今日この頃、フィリスは、相変わらず隣で楽しそうに戯れているジゼルとジェラルドを眺めていた。


 今日の彼らはお揃いのフリルのついた首輪とリボンを髪につけていてその様はさながらカップルのようだった。


 机の上をころころと動き回って愛嬌を振りまくジェラルドに、ジゼルはパンパンと二つ手を叩く。すると彼は机の上にちょこんとお座りをしてジゼルを見上げる。


「すごい! 急だったのに反応してくれたね、ありがとう」

『俺の反射神経をなめるんじゃね~ぞ! ジゼル』

「うん、ごめんごめん」


 にっこり笑ってジェラルドの頭をなでるジゼルは、数週間前よりも明るく見えた。


 ところで今のやり取りは何かというと、ジェラルドをこれからも学校に置いていくために仕込むことになった芸だ。


 使い魔対抗戦でジェラルドは本来の姿に戻り、そのうえで言葉を発してアンドレを、ジゼルの命令ではなく傷つけた……かのように教師陣からも観戦していた生徒たちからも見えた。


 しかしその後のジゼルの振る舞いと、フィリスの事後処理により、あれらのすべては予定通りですべては調教師の業界の風通しを良くするために行われたものだったと結論付けることが出来た。


 そういう事なので、調教師の家系だけに存在していた秘術である風の魔法道具は王族によって回収され、研究されておりゆくゆくは騎士団でも実用されるはずである。


 あの魔法道具は後からジゼルに聞いた話によると、普通の動物の調教に使う笛を改造して、魔獣にしか感じられない音を風の魔法で発生させて行動を抑制するものだったらしい。


 くわしいことはフィリスは専門ではないからわからないのだが、いろいろなことを考える人間が世の中にはたくさんいるのだと思った。


 そんなこんなで、ことはまとまったのだが、ジェラルドについてだけは教師たちから、危険な魔獣は学園内に置いておけないということでお達しがあった。


 しかし、それに対する対抗策がこの行動である。


「じゃあ、これは?」


 ジゼルが言ってジェラルドの額に手を乗せるとジェラルドは、自信満々に伏せを繰り出す。


 そうするとジゼルは大げさにほめたたえて、抱きしめた。


 こうして如何にも従順であり、ルールの範囲外で人間を襲うことは一切ない、芸を覚えさえて他の犬型の魔獣と同じだと示すこと、それから何か問題を起したらフィリスが責任を取るという契約もむすび、晴れてジェラルドはこの場にとどまることができている。


 面倒だから騎士団に返してこようかとも思ったのだが、こんなに仲がいい二人を引き離すこともできないし、なんならジゼルさえよければジェラルドを貰い受けてくれてもいいのだ。


 あの状況下で食べることが出来ない人がいるということはジェラルドにとってとてもいいことだ。


 きっとそばにいた方がいい。


「そそ、っそう言えば、フィリス。も、もうすぐ、長期休暇だね」


 彼女たちを眺めながら考えていると、ジゼルはふいにこちらを向いて少し緊張しながら言った。


 普段から、人間と話すときはジェラルドと話をしているときの倍ぐらいは緊張しているが、今日の彼女はそれ以上に緊張しているような気がして、首を傾げつつジゼルに応えた。


「……そうだね。予定は決まってる?」

「わ、私は、その、そつ、卒業するまでの間に、配偶者になる方をっ見つけなければならないので」

「ああ、たしかに。実家を継ぐなら重要なことかも」

「うう、うん。……でも、こ、今年はどうかな。家のなかも、ご、ごたつくと思うし親戚も……」


 少し気落ちした様子で言う彼女にフィリスは言われてから思いだして納得した。


 調教師の家業の事だろう。ジゼルが望んでいることとわかっていたとはいえフィリスは独断でその秘術を暴いてしまった。


 それは公の事実とされて近く、きっと今までの名家だけが仕事を独占することはできなくなる。

 

 調教師の他の名家がルコック男爵家とは全く違った魔術を編み出して使っていたとは考えづらい。


 ここ数年のうちに業界は新しい参入者との折り合いの付け方や差別化の方法を模索していくことになる。


 しかし、その前に今年の休暇にアンドレも帰省するとなると、新しい確変を起こした二人の兄妹に多くの人間が接触しようとするだろう。


 いい意味でも悪い意味でも……今年の長期休暇こそがジゼルの頑張りどころではないだろうか。


「……そっか、大変だね」

「う、うん……」


 フィリスが言うとジゼルは同意してこくんと頷く、しかしそれ以上に言葉が返ってこない、何かもう少し話したそうというか、何か言いたげなのはわかるがフィリスもそれほど察しのいい方ではないので、気長にジゼルの言葉を待った。


「……」

「……」

「……ああああ、あの!」


 決心した様子でジゼルは、フィリスの方へと体を向けてジェラルドを膝の上にのせて、フィリスをまっすぐに見つめた。


 なんだか真剣な雰囲気を感じてフィリスも彼女に向かって体の向きを変えた。


「長期休暇、ジェラルドを預からせてほしい、そそ、それにゆくゆくはこの子を、私の使い魔にしたいと思ってる」

「……」

「どんなものでも支払うし、どんな要求にも、ももちろん答えるつもり! ふぃ、フィリス、の意見を聞かせて」


 そう言った彼女にフィリスは、突然の話題に驚いて、固まってしまったが好都合だ。


 フィリスも丁度、ジェラルドとジゼルは一緒にいた方がいいと考えていたところだ。


 そうしてくれるなら、願ったりかなったり。


 一時的に長期休暇をフィリスなしで過ごしてみて、どうなるのかを見てからその話をすればよりスムーズだ。

 

 対価など要求しないし、国の平穏を脅かす魔獣がそこら辺の犬のようになって平穏に生きられるのならその方がずっと良い。


 素直にそう伝えようと考えた。


 しかし、はたと思い至ってフィリスは困った笑みを浮かべて「じゃあ、一つだけお願い」と口にする。


「ははは、はいっ」


 身構えたようにジゼルは体をびくっとして返事をした。


「……えっと、その……変な話なんだけど、ジゼルに婚約者が出来たら是非、相談に乗ってほしい」

「……え、そ、それだけ?」

「うん……うん。ちょっと今、もうすぐ帰省だっていうのに、困ってて」

「そそそ、それはた、大変、私でよければ、今でも、聞くよ!」


 婚約者のいない相手にカイルへの気持ちの変化など話をしてもつまらないだろうと思っての言葉だったのだが、ジゼルは友人の悩み事にすぐさま興味を示して聞く姿勢をとった。


 ジェラルドは面倒くさくて聞きたくなかったので暴れようとしたが、フィリスがすぐに魔力を注ぎ込んでやればすぐに大人しくなる。

 

 それから二人はカイルに対するフィリスの思いの変化を話し合ったが、お互いに人間への恋などしらないお子様であったために話は解決の糸口を見つけられないまま進んだのだった。




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