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食欲

 ジェラルドは腹を空かせてジゼルの事を見つめていた。


 彼女は火傷を水の魔法道具でなんとか治しながら身を引きずるようにして歩いていて、控室ではなく寮の自分の部屋へと向かっている様子だった。


 しかし歩みは遅く、これではしばらく二人きりになれそうにない。


 ジェラルドは魔力を与えられていない状態での本来の姿への変身で疲れ切っていて、できるだけ早く補充したいと思っている。


 だからこそ満身創痍のジゼルの手から飛び降りて、体を大きくして彼女を咥えて寮まで運んだ。


 その間に何度も生徒たちの耳障りな悲鳴が聞こえてきてうるさかったし、魔力切れでジェラルドもふらふらだったがなんとか到着すると、ジゼルは自分の足で部屋へと戻る。


 その後ろをジェラルドはオオカミの姿のまま、のしのしとついていく。


 扉をあけっぱなしでベッドへと倒れこむ彼女の為にきっちりと扉を閉めて、それからごちそうを見つめた。


 やっと傷の治癒が終わった様子だったが、負傷したという事実は変わらない。


 体は疲れるし魔力もすり減る、なにより心が摩耗するだろう。


 この状態では抵抗など皆無、できるはずもない。


 予想していた通りジゼルをむしゃむしゃと食べてしまうことが可能である。


 こんなにうれしいことは無い、ここ数年フィリスのせいで人間を食えていないのだ。手始めに味見をするようにジゼルのふくらはぎをべろりと大きな舌でなめる。


「ふふっ……くすぐったい」


 小さくつぶやくように言う彼女に、ジェラルドはジゼルをやっぱり阿呆だと思った。


 たった今、自分が食べられそうになっているというのに笑ったりして。


 でも、ジェラルドだって別に人間が苦しむのが楽しいとは思わない。


 フィリスに関してはイラつくので、多少なりとも苦悶の表情を浮かべているところを見ればスッキリすると思うが、ジゼルは違う。


 ジゼルが苦しんでいるところなど見たいとは思わない、思わないけれど食べてしまいたい。ジェラルドは今、とても空腹なのだ。

 

 フィリスの魔力で満たされて、長らく忘れていた空腹を思い出した。


 爪を木の床でチャカチャカと鳴らしながらジェラルドはジゼルの横になった頭の方へと向かう。


 彼女は疲れ切った様子でゆっくりと呼吸をしていて、放っておいたらそのまま眠ってしまいそうだった。


 それなら、それでいいかもしれない。


 眠っているうちに丸呑みにしてしまえば、ジゼルはずっと夢の中でジェラルドと楽しく過ごす夢を見続けることが出来るかも。


 そうなったらいいなと思ってジェラルドはジゼルのことをじっと見つめていた。


 しかし、ジェラルドの思惑とは裏腹に彼女は眠ったりしないで、目を合わせてそれから「よいしょ」と小さく言いながらけだるい体を持ち上げた。


 そうしてベットに座り、ジェラルドの頭を撫でた。


 小さくなっているときには頭全体を包み込むような掌だったのに、この状態では心細く小さな掌に感じる。


 緩やかに注がれる魔力も腹を満たすには足りない量しかなく、体に対して見合っていない量だ。


「ごめんね、待たせて。でももう大丈夫。……なんでもできるよ」


 優しく言う彼女は、試合を始める前と同じようにそう口にした。


 それなら俺に黙って食われてくれ、そうジェラルドは言いたくなったし、言うつもりだった。


 頭を撫でてくる手を振り払って、大口を開けてジゼルの手を口に含んでみて、その柔らかい皮膚に牙をゆっくりと押し当てた。


「?」


 しかし、ジゼルはまったくジェラルドの行動の意味が分からない様子で小首をかしげてジェラルドを見上げた。


 意味を理解して逃げ出すなり、恐れるなり山ほど適切な行動はあるだろう、そのはずなのにジゼルはゆったりとほほ笑んでいるだけだった。


 そんなジゼルにジェラルドは、なんだか自分の行動がバカバカしくなって手を噛むのをやめて舌なめずりをした。


 もうとっとと食ってしまえばいい、そう決めてジゼルを見るが、彼女は、なにかを思いついたような顔をしてジェラルドに向かって手を広げた。


 それを見ると、勝手に体がシュルシュルとしぼんでいって元の大きさに戻る。そして反射的に彼女の膝の上に飛び乗った。

 

 そうなればもういつもの心地で、とにかくなんだかまどろんでしまって眠たくなってくる。


「ジェリー、疲れちゃったけど、お風呂に入らないとね。血まみれだもん」

『……』

「やってほしい事は決まらない? それならいったん寝るでもいいかな、私、魔力が限界で……」

『……』


 ジェラルドと同じように眠たくなってきたのか、そんな風に言う彼女にジェラルドは心地よさを感じながらいよいよ口にした。


『……お前を、喰らって、肉を味わいたい……』


 適当に言った言葉に、ジゼルは少しジェラルドを撫でる手を止めた。


 けれども、数秒後にまた丁寧に撫でつけて、それから心底申し訳なさそうに言ったのだった。


「……ごめんね、それはできないよ」

『なんでもしてくれるって、言っただろ~!』

「そうだね。嘘ついちゃった……私は、やりたいことがあるから」

『ケチだな~! ……ケチだ…………じゃあ、他には思いつかねぇから、寝る』


 まっこうから否定をされて、駄々を捏ねる子供のようにジェラルドはジゼルを責めた。


 それに困ったなぁとばかりに反応する彼女に、こんなにやっぱり阿呆ならいつかでいいかと思う。


 魔獣は人間と違って魔力がある限り生き続けることが出来る。強い魔獣はとても長生きなのだ。


 だからこそ、この阿呆が逃げないのであれば、いつだって喰らい尽くす機会がある。


 今はどうやら駄目そうだし、ジェラルドだって疲れた。

 

 それに今、ジゼルを喰らったら風呂に入れてもらうこともできないし、バカみたいな首輪をつけてもらうことも、毛玉をほどいてもらうこともできなくなってしまう。


 こんなにジェラルドに尽くした人間はほかにいない、腹が減っているならジゼルを人質にフィリスに魔力をよこせといえばいい。


 アレは魔力だけは濃厚で潤沢で最高なのだ。わざわざこんな良い人間を喰らう意味がどこにあろうか。


「私も疲れちゃった……一緒に寝よっか」

『おう』


 ベッドに倒れこむように横になる彼女が撫でやすいように移動して、ジェラルドは柔らかなベットの上で眠りに落ちた。


 温かい少女のぬくもりに、すこしだけ納得できない自分がいた。


 腹を満たすだけならフィリスでいい、でもどうしてもジゼルを、彼女を食べたいと思う自分がいる。


 その気持ちがどこから来るのか、食べてしまいたいほどもっとそばに寄り添いたいと思う気持ちは、人間で言う所の何という感情なのかジェラルドは魔獣なので知らないのだった。



これにて使い魔対抗戦編終了です。


次は長期休暇編へと続きます。頑張ってまいります!

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