決戦の時 3
野生の獣のような興奮しているぎらついた瞳も、血濡れの鋭い牙にも恐れをなさずに彼女は純粋な笑みを浮かべている。
顔の半分は赤く焼けただれていてとても痛々しいのに優しい瞳は変わらない。ジェラルドの大きな鼻に抱き着いて、驚くジェラルドに気にせず体を押し付けた。
すると彼は黙り込んで、目を丸くしながら空気が抜けるようにするすると小さくなっていく。
口元と手は真っ赤なままだったけれど、もとの小型犬ほどのサイズに戻ってジゼルの腕の中に納まった。
彼はジゼルに頭を撫でられて目を細めて耳を寝かせて受け入れる。
あんなに興奮していた様子だったのに、フィリスもあんな状態のジェラルドに言う事を聞かせることは出来ない。なんなら今処分してしまおうかと思っていた。
…………すごいな、ジゼル。
感心していると、彼女はふうっと息をついて、ジェラルドに指示を出す。
それは負傷したアンドレのそばに落ちているボールを回収させて手に取ってから、教師たちに視線を向けた。
「しょ、勝敗は、私の勝ちで! いい、いいはずです!!!」
珍しく声を大にして教師たちにそう宣言し、次に負傷した個所を必死に水の魔法で治しているアンドレに視線を向けた。
「っ、クソ、クソクソ! いてぇ……」
「あ、アンドレ兄さまッ!!」
声が裏返っていたけれども、ジゼルは弱気にならずに彼を厳しく見つめていた。
ジゼルの呼びかけにアンドレは気がついて彼女を見上げた。
「わわ、私の勝ちです! 私はたしかに、ぼんくらかもしれない!!で、でも魔獣の動きを鈍くする魔法道具なんて使わなくても、上下関係などなくても、魔獣と人間は分かり合えます!!」
「っ、……ジゼルのくせに……」
「その、ジゼルに負けたんです!! アンドレ兄さまはぼ、ぼぼ、ぼんくらに負けたもっとぼんくらです!」
ジゼルは必死に彼に伝えて、何故だか涙を見せた。感情が高ぶると泣いてしまうタイプなのかもしれない。
「私は、自分の道を進みます、ああなたにどれほど文句を言われようとも、私はこここっ、この子を、魔獣たちを愛しているから!」
そういって、彼女は胸の中にいるジェラルドをより一層強く抱いて、身を翻す。
それからこの場を去っていく。魔力も使ったし治療を受けたりジェラルドに魔力を与えたりと色々とやることがあるのだろう。
しかし、きっちりと彼女は実力を示して、見返したのに当のアンドレは頬を引き攣らせてイラついた様子でジゼルの後姿を見ていた。
そんな姿を見て、せっかくジゼルががんばったことが報われてほしいと思いフィリスは彼が落とした風の魔法道具を手に取った。
あたりは血まみれで酷い惨状だったが、そんなことは気にせずに、フィリスは平然とアンドレに言った。
「今は聖女として発言するけど、アンドレ、これはルコック男爵家に伝わる調教師の秘術でしょ?」
予想外のフィリスの発言に、彼はジゼルをにらむのをやめてすぐにまずいという顔をしてこちらを見た。
教師陣の元へと向かうとべアール先生がいたので、それを見せて彼女を交えて話をする。見知った先生がいてくれて助かった。
「こういう物の使用はルール違反では?」
「そうね、使用できるのは予め申請して性能が把握されている魔法道具のみだから……勝敗以前にアンドレは失格かな」
「うん……それに、こんなに便利なものがあって、こんな場に持ち込んだんだから、この国の魔獣討伐に役立てて然るべき……秘術をわざわざ外に持ち出したのはルコック男爵家の秘術を国王陛下に貢献するためで、学園で性能を披露した」
アンドレが言い逃れできないようにわざと口にして、べアール先生にも聞かせる。彼女は少し首を傾げたけれど、なんとなく頷いていた。
「それならば、私がきちんと騎士団と王族に届けて置くことにしようと思う。ルコック男爵家は、自らの家だけで独占できていた生業を捨ててでも国に貢献することを選んだ素晴らしい貴族だと名誉を受けることになる」
「……ま、まって、くれ、それがなければ、我が家系は……」
「ジゼルもいるし大丈夫。それにきちんと伝えるから安心してほしい……ジゼルの兄アンドレが、公の場で使用してさらには、秘術を持ち出さなかった妹に大敗をしたと伝えておく」
そう口にするとアンドレは目を見開いたまま固まって、震える手をこちらに伸ばしてきた。
もちろん返すつもりなどない。
調教師としての仕事はたしかに実績があるからこそ独占できるが、それだけではなくその家系だけがもつ秘術があるから、独占することが出来ていた。
今回の件でこれが公になれば、もっと多くの魔法使いがその仕事にありつけるだろう。そうすれば少しでも風通しが良くなる。
今でも魔獣を大切にしたいと願っている人々はいるのだから、きっと変わっていくことが出来る。
「ご苦労様、アンドレ。帰って傷を癒したら、あなたこそ婿入り先を探すといいと思うよ」
フィリスは最後にジゼルが言われていた言葉を思い出して彼にそう告げた。すると、がくりうなだれたアンドレは、やっと折れたように見えたのだった。