被害妄想だったと? 2
「でも、友人同士の軽い冗談なんでしょう? 大袈裟よフィリス」
もてるだけの荷物を持って帰ってきたフィリスを出迎えたのは、常に屋敷にいる母のダーナだった。
彼女は、父や叔父たちと比べて実に穏やかな人でフィリスの説明にもそんな言葉を返した。
「大袈裟、だったかな……?」
「そうよ。友達を紹介しようとしてくれていたんでしょ、ただの軽はずみで言っただけじゃない?」
「…………」
とりあえず帰ってきて一泊することが出来たが、翌日にはダーナに呼び出されて二人でお茶をしながら事情を聴かれた。
フィリスはずっと違和感のあった話から、昨日の出来事まで事細かに話をしたけれど、ダーナはフィリスの言葉に懐疑的な姿勢を示した。
しかし、冗談だとしても耐えられなかった。あの場所にもういたくないと思うほどにはフィリスにとって苦しい事だった。
「誰だってすれ違うことはあるわ。もう一度向き合ってみるべきじゃない?」
「……」
絶対に嫌だと心では思うのに、上手い反論の仕方が思い浮かばずに、フィリスは俯いてダーナにも真っ向から否定できずにいた。
彼女が親心でフィリスにもう一度がんばるという道を指示していることは理解できるが、今はその気持ちと向き合って渡り合って納得させるだけの気力もなかった。
「責めてるんじゃないんだけどね……」
つぶやくようにいうダーナの言葉に、少し呆れが含まれていることがうかがえる。
フィリスはたしかに女性同士からすれば面倒くさくて察しが悪くて打たれ弱いのかもしれない。
それに実際フィリスが、この屋敷に戻ってくるとなると面倒事が発生するのもまた事実だ。
「ダーナ様、カイルです。少々いいですか」
考えていると、フィリスが戻ってくる事を一番面倒に思うであろう男の声が聞こえて驚いて扉の方を見た。
ダーナが了承すると彼は、部屋へと入ってきて最初にフィリスに視線をやった。
「帰ってきたって本当だったんだな。久しぶり」
「うん……お兄さま」
目が合って彼はニコリとも笑みを浮かべずにフィリスに接し、フィリスも慣れないながらも彼を兄と呼んだ。
「丁度いい所に来たわね。あなたからも言ってあげて、この子ったら少し意地悪なことを言われただけで帰ってきて学園も止めたいんですって、困ったわよね」
「え、ああ……そうなんですか」
「そうよ。それじゃあ将来、社交界でも苦しい思いばかりするわよ。フィリス、特に女性貴族同士なんて悪口を気にしていたら、上手く立ち回れないわよ、ねぇ、カイル」
「……自分は、騎士ですから。女性の社交についてわかりかねます」
ダーナと話をしながらもカイルはフィリスを見ている。
そんな彼の視線に居心地が悪くてフィリスは視線を外した。
彼は、ダーナに同意こそしないがカイルはフィリスを追い出したいはずだと思う。
もともと、フィリスはブライトウェル公爵家の一人娘で、ダーナはすでに子供を産める歳ではない。
しかし、父も騎士団長として詰め所にいたり王宮にいたりすることが多くて、もうこれ以上ブライトウェル公爵家の子供は増えないということは確定している。
そんな状況であるが、父も母も、正直なところ女の子を跡継ぎにすることを望んでいない事をフィリスは知っていた。
代々、優秀な騎士を多く輩出しているブライトウェル公爵の地位を継ぐのが女性ということに抵抗があるのもわかる。だからこそフィリスは早いうちから期待に応える形で、嫁に行くことを決意していた。
そう決めると両親は喜んで、跡継ぎの為に遠縁の親戚であるカイルを養子に入れた。
それは割と最近の事で急に兄が出来たことにも正直戸惑っているような状態ではあるが、仕事で彼とは何度か接触していたのでカイルの強さについてはよく知っている。
彼ならばブライトウェルの名に恥じない行いをしてくれるだろうと思えるが、養子の彼からすれば、目の上のたんこぶみたいなフィリスが戻って来れば迷惑に思うだろう。
「あら、男の人はこれだから。すこしは理解を持つようにしないと将来、お嫁さんに嫌われてしまうわよ。カイル」
「努力します」
「はぁ、そう言っても結局、男の人って女同士の付き合いの辛さを蔑ろにするんだから」
「そうですかね。……ところで、いつまでフィリスはここにいるんだ?」
頬に手を当てて困ったわという仕草をするダーナに適当に返してから、カイルはフィリスに視線を戻して聞いてきた。
その言葉さえもなんだか早く学園に戻れと言っているように聞こえてしまいフィリスは自分が情けなくなった。
「とりあえず一週間ぐらいはいてもいいから、気持ちに整理をつけておくのよ」
カイルのフィリスに対する問いかけにダーナが答えて、それに頷くと会話は終わり、フィリスはそのまま自室に戻った。
今の学園に対する問題もあるし、学園を辞めるとしてもブルースとの婚約や、将来の事に対する問題が沢山ある。
それらすべてをフィリスの望むままにしていったらきっと沢山の人に迷惑がかかるし、この屋敷にずっとお世話になるわけにはいかない。
どうにか自分の力だけで生きていけたらいいと思うけれどそれでは両親をがっかりさせてしまうかもしれない。
そう考えると決断することは難しくて一週間はあっという間に経ってしまった。