緊張
週末、ついに使い魔対抗戦の日がやってきた。フィリスとドミニクとレアは三人で練習場へと向かった。
参加しない生徒に取っては、ただの休日なので私服で学園街に出かけていく人や友人と遊びに出掛ける人が多い中、三人はちょっとだけ緊張した面持ちで制服を身にまとって二階の観覧席に座る。
一階の試合会場では、教師たちが忙しなく試合コートの整備を行っていて、出場者の点呼を取っていた。
あれ以来何度も練習を繰り返し、アドバイスをしたり、様々なサポートをしたりしてきたフィリスは、自分の事のように緊張していてその緊張がドミニクとレアにも移って三人とも無言だった。
しかし、一番緊張しているのは遠目から見てもジゼルだということはわかる。
彼女は機械人形のようにカクカクとした動きをしていて、何もない所で二回もつまずいた。
転びそうになると担任であるレアード先生が気がついて、助けに入り、少しでも見知った人間がいてくれてほっとする。
けれどもそれはつかの間の安心であり、今度は連れてきたジェラルドが他の魔獣に絡まれて『なんだこの野郎、かみ殺すぞ!』と大きな声をあげる。
それをみてジゼルはぎょっとしてから、すぐにジェラルドを抱きかかえて猛ダッシュで試合会場の端まで逃げた。
あたりにいた人は首をかしげて、また作業に戻る。
どうやら魔獣が言葉を発したことについては、誰も気がついていない様子だった。
しかしついた先でもまた、転びそうになったり上級生の輪に突っ込んでしまったりして非常に忙しない。
普段からコミカルな動きをするとは思っていたが、遠くから助けられない状況でそうなっているとひやひやして仕方がなかった。
「あっ」
「ジゼルっ、それは」
思わず声をあげるフィリスとともに、横に座っていたレアも驚いた様子で口元に手を当てて心配そうに彼女を見ていた。
「フィリス様も心配なんですか?」
「う、うん。凄くドキドキしてる」
「なんでぇ? んははっ、見てると面白いじゃん」
心臓が痛くなってきたフィリスは胸を抑えて顔を青くしたが、フィリスとレアを見て、ドミニクはのほほんとした笑みを浮かべる。
彼女は準備をしている生徒たちが連れている魔獣にしか興味がない様子で、すでにぽわぽわとお花畑状態だった。
「ドミニク、魔獣を見るのは楽しいですけど、私たちが言っているのはジゼルの事です! ……あ、ほらまた人とぶつかってしまいましたっ、大丈夫でしょうかジゼル……」
「ね……本当に心配……」
レアの言葉に同意してフィリスは手をぎゅっとにぎって彼女を食い入るように見つめた。
そしてその心配は当たり、ジゼルは混乱とパニックからコートのど真ん中で硬直し、ぶるぶると震えだした。
フィリスはそれを見ていて、もう心臓が締め付けられるような思いだったが、隣にいたドミニクが、祈るように握っていたフィリスの手をやさしく包み込んでおっとりした笑みを浮かべる。
「大丈夫……ジゼルはがんばってたもん。きっと何とかなるよぉ。レアもフィリス様もそんなに心配しても何にもなんないんだからぁ、笑顔で手でも振ったらいいよぉ」
そういってドミニクはジゼルに向かって両手を大きく振る。
確かに観客数は少ないし、丁度、ジゼルからして正面にフィリスたちがいるのだ。
フィリスたちが不安そうにしているよりも、楽しそうにしていた方がジゼルにとってもいいかもしれない。
ドミニクに励まされてフィリスは握っていた手を開いて、ぎこちないないながらも手を振った。
すると、彼女はハッと気がついて、反射的に手をあげて振り返した。
そうするとジェラルドがぴょんと彼女の腕から飛び降りて、いくぞとばかりに一吠えしてから、尻尾を振りながら進んでいく。
そんな彼を追いかけるようにジゼルはトテトテと走って、いよいよ始まる使い魔対抗戦の為の控室へと向かっていくのだった。
しばらくすると特にアナウンスもなく、二組の使い魔と生徒が出てきて、試合が始まる。
確かジゼルが参加するのは中盤だったはずだ。それまではただ観戦しているだけでいいので随分楽になる。
そう思ってゆったりと観戦しようと背もたれに体を預けると、両サイドにいた二人が興奮気味に前かがみになって、瞳をギラギラとさせながら魔獣を見つめていた。
「見てください、あの使い魔、珍しい中型の鳥類です! 空を飛ぶ魔獣は捕らえることがとても難しい魔獣ですが、その分使役するととても役に立つという話を多く聞きますね。……それもそのはず、地上の障害物など無視して先行することが出来るのですから、偵察にも役立ちますし、鳥を使って文通も出来るでしょう! ロマンを感じざるを得ません!」
「うんうん。もっと大きくてぇ、巨大化した鳥の魔獣に乗ってぇ、私は空を飛びたいよぉ、きっとふさふさのふわふわで最高なんだろうなぁ。でもでも大型鳥類のエサはぁ、ちょおっとグロテスクだってジゼルも言ってたしぃ、耐性が欲しいよぉ」
「見てください! それに比べて相手の使い魔は自然界でも鳥類の獲物であるネズミの魔獣です。ちょこまかと移動して攻撃をかわしていますけど、いったいどこまで持つんですか?! それにまさか食べてしまったりしないですよね?」
「そんなことしたら反則負けだよぉ、でも確かにネズミ使い魔さんあまり魔力をもらってなさそう、ちょっと弱いかもぉ。というか逆にそれが狙いかなぁ、だって本能的を刺激して、使役してる使い魔を殺させて勝ち狙い? だとしたら初戦から卑怯だよぉ」
彼女たちはとても饒舌に戦いの解説をしていて、フィリスは驚きつつも納得した。
あんなに弱そうな魔獣を連れてくるだなんて調教師として、魔法使いとしてやっていけるかという資質を見られているこの試合で、何故そんなことをするのかと謎だったが、そういう勝ち方もあるのか。
であれば何体もスペアがいるのだろうか。
そうでなければ、相手の反則で勝ったとしても次に戦えないだろう。それに相手が魔獣をきちんと従えていれば使い魔殺しの反則は起こらない可能性がある。
随分と相手に頼った戦い方だ。
しかし、やはり鳥類の魔獣の使役は難しいのか、生徒の制止を無視して、鳥の使い魔はネズミの使い魔をついに鷲掴みにして空高くに飛び上がった。
「わあぁぁあ! 私、可哀想なのは見られないんです!」
「私もぉ、血が出るのは悲しいよぉ」
そういって彼女たちは自分の目を覆って光景を見ないようにする。
「おい、止めろ! 今すぐ戻ってこい!!」
「ヨシッ、早く殺れ!」
生徒たちは、声を荒らげて使い魔たちに声をかける。鳥の魔獣は観覧席の柵に止まってネズミの魔獣をその嘴で引き裂いた。
確かにそれは多少なりともグロテスクな光景で、なんとも言い難い。
……それにしても使い魔を使役する戦いで、これは少々想像と違うというか……。
「フィリス様、フィリス様、どうなりましたか? ネズミさんは大丈夫ですか?」
「痛々しい事になってなぁい?」
「……なってる、かな……しばらく見ない方がいいかも……」
「ううっ、無念です。せっかくの可愛いネズミさんが」
「元気に指示に従ってたのにぃ」
悲しむ彼女たちにフィリスは、気になって問いかけた。
「そのままでいいから、ちょっと聞きたいんだけど……こういう界隈っていうか調教師の人たちって、あまり魔獣を尊重してないの?」
先日ジゼルが言っていたことを思い出しつつ、彼女たちに聞いた。
たしかにこれでは残酷すぎるし、フィリスから見てもいくら危険な魔獣だとしても可哀想だと思う。
「……ええ、調教をする方々にとって魔獣をどれだけ道具のように扱えるかそれが肝なんです、だから、捨て駒にされても逃げ出さないほど調教できたときっと学園は評価します」
「悲しいけどぉ、そういう人たちから買うのが安全だって皆が言うもんねぇ、私たちは、がんばって自分で探すけどぉ」
「そうね、それにやっぱり使い魔が好きなのでこうして見に来ますけど!」
迷わずにいうレアとドミニクに、少数ではあれど、ジゼルのような考え方に同意をしてくれるような人はいるのだという事、それから、フィリスも確かに変えられるのならば変えた方がいいと思う。
ジゼルの見ている世界は、フィリスが想像していたよりも残酷でその分決意が固いのも理解が出来る。
……それにしても、この二人は二人で割と変わり者かな……。
いろいろ考えたが、次の試合が始まるころにはまた興奮して実況を始めた二人にフィリスはそう思ったのだった。