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兄妹




 泣き出してしまったジゼルとともに寮へと戻り彼女の部屋で落ち着くまで側にいた。


 すると、ジゼルはフィリスにお茶を淹れてくれて、それからアンドレと自分の話を始めるのだった。


「わ、私は、ルコック男爵家の第二子として生まれて、あ、アンドレ兄さまとは年子なんだ」

「……それにしても随分な物言いだったけど」

「うう、うん。……私は魔術を持って生まれたけどアンドレ兄さまは無かったから、それで跡継ぎは……えっと、い、今も決まっていなくて」


 困ったように眉を寄せて言う彼女は、落ち着くためにジェラルドをよしよしと撫でていて、フィリスは自分には縁遠い跡継ぎ争いについて考えた。


 この国では女性でも爵位を当たり前に継承することが出来る。重要なのはその家系に相応しい人物であるかどうかだ。その判断基準として自分の魔術の有無が存在する。

 

 魔術を一つ持っているだけでも下級貴族の中では相当に有利な方だが、一応男女の性差も勘定に入れられる。


 女性は妊娠しているときや出産で大きなリスクを伴う、そんなときに領地を纏めるためのきちんとした配偶者を娶っているか、というのも大切な要素だ。

 

「でで、でも、アンドレ兄さまがあそこまで、私を嫌ってるのは、私が……家業でも、ぼ、ぼんくらだから……」

「家業って魔獣の調教の事?」

「うん。……そそそうっ」


 自分で淹れた紅茶を両手で包み込むように持って頷く彼女に、フィリスは若干心当たりがあった。


「ふふ、普通は魔獣の調教って、とても……とととてもひどい事をして覚えさせる物なの、叩いたり、食事を抜いたり、閉じ込めたり……」


 ……う、うーん。


「け、けど、どの子も、皆、ここ心の中では優しい気持ちを持ってる、わわっ私は、ジェリーたちと仲良くなりたいだけで酷い事をしたくはないの」


 ……そういう慈しむ気持ちはわかる……けど……危険じゃないかなって思ってしまうというか。


 フィリスの中には友人として、彼女の気持ちを応援してやりたい気持ちが大きかった。


 しかしそう思ったとしても敵としての魔獣を多く見てきたせいでスタンスは簡単には変えられない。


「ふぃふぃ、フィリスの、言いたいことはわかる! 魔獣は危険で調教して世に出すルコック男爵家の家業を継ぐものとして、生半可なことして買い手に迷惑をかけたら、か、家名に傷がつく」

「……うん」

「でででっ、でも誰かがやれるんだって示さないと、こ、このままじゃ、ずっと何も変わらない、だ、だから私はここに来て自分の力を証明し、したかった!」


 危険だとは思うけれど彼女の真剣さは本物で、おどおどしていても意志だけはきちんと持っている。


 覚悟もきっと決まっている、そういう人間を説得することはできないし、それが彼女の生きる道ならば、止める気はない。


「ジゼルは魔獣の為に、やり方を変えられるんだって証明したいんだね」

「そそ、そう! ……だってこんなに……こんなに愛おしいんだよ、純粋で柔らかで、温かい、ね、ジェリー」

『おう!』


 ジゼルがジェラルドに向かって手を広げると、ジェラルドはいままでジゼルの部屋をうろうろとしていたのにすぐに反応して、テケテケと走っていってぴょんと飛んでジゼルの手の中に納まった。


 ……たしかに魔獣は危険で、私は、無理やりでもいう事を聞くように調教する方に賛成だ。


 常に飼い主の事を伺って、手足のように動かすことが出来るのが一番いい。


 人とともに暮らすからには、まずは人を絶対に傷つけることが出来ない存在にしなければならないと思う。


 しかし、フィリスにはわからない、現場の凄惨さをジゼルは知っているように思う。


 そして運よく捕まえることに成功した魔獣を使い魔にするために調教師のところへとおろすと、決まって目に光を失い、生気のない状態でどこかの誰かに飼われている。


 その間に何があったのか、フィリスのような捕らえるだけの人間は感知しない。


 それを知ってそして、脱却したいと望めるのは、それを知っている人間だけの特権だろう。


「……わ、私は、人と関わるのも話をするのも、苦手。でも、どど、動物は違う、それは魔獣も一緒。大切にした分の全部が伝わるとは、お、思わない。でも十分の一でも百分の一でも伝わって居れば私たちは分かり合える」

「……」

「……ごめんなさい、バカみたいだって思われるかもしれないけっ、けど!私は本気なの!」


 ジェラルドはジゼルの膝の上に収まって、撫でられるという事をまったく疑ってもいない様子だった。


 フィリスが手を伸ばすと、疑問を持って警戒するのに今の彼は慣れきってまどろんでいる。


 それにさっき初めてジゼルの部屋に入ったが、ところどころに犬用の家具他が点在していて、何をどうやって使うかわからないが愛だけは感じられるのだ。


「馬鹿だなんて思わないよ……」


 フィリスの言葉は本心だった。


 しかし、ジゼルには傷ついてほしくない、ジェラルドはジゼルを食べる気満々だ、あんなに懐いているように見えても、それとこれとは別だと思ったらどんな残虐なこともできる。


 フィリスは調教師だとか、一般的な常識人の立場ではなく、討伐する側としてどうしても警戒を解けない、だからこそやっぱり手放しで応援できなかった。


「だけど、ジゼル。私はそのやり方の良し悪しはわからない、それでもジゼルに傷ついてほしくないの、ジェラルドは強くてきっと試合に勝つことが出来る、でもどうかジゼルに牙を向いたときは…………私を呼んで」

「わ、わかった。ば、バカにしないでくれてありがとう」

「当たり前だよ」


 本当は容赦なくジェラルドを殺していいと口にしたい、しかし、できないだろうし、やりたくないだろう。それならば慣れているフィリスが手を下す。


 だから迷わず、ジェラルドを見捨てることによって彼女の生存率をあげたかったが、フィリスのこの言葉で何かが変わるのかは少し疑問だった。







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