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練習場にて




 使い魔対抗戦は週末に差し迫り、フィリスとジゼルとジェラルドは一匹と二人で放課後の練習場へと繰り出していた。


 周りに観客席がぐるりとある闘技場のような場所で、実際に進級試験などもここで行われる。今回の使い魔対抗戦もここで行われる予定だ。


 進級試験などの大きなイベントの近い日には使用許可が下りない事がほとんどだが、使い魔対抗戦は参加人数が少ないので使用が許可された。


 それでも上級生もいる場なので自由に、とはいかないが、それなりに思い切り対戦をすることが出来る。


「きゃあっ」


 フィリスが適当に岩石を飛ばして攻撃をすると、あっという間にジゼルに当たり、ジェラルドだけがこちらに走ってくる。


 オオカミの姿は他の人には見せていないし、この小型犬の姿で戦うことが前提なのだがオオカミの姿の時に比べて必然的に移動も遅くなるし攻撃力だって低い。


「ジェラルド! 何度言えば守りながら戦うってことを意識できるの? 今のあなたの動きだと完全に負けていた」


 駆けてきたジェラルドは言われてから振り向いて、やっとジゼルがフィリスの攻撃をさばききれずに倒れていることを理解できたらしい。


 クーンと情けなく鳴いてトテトテと走ってジゼルの方へと戻る。


「ジゼル! あなたも守られるためには自分からもジェラルドと離れないようにすることが大切!」

「はははっはっ、はい!」

 

 ボケッと立っているジゼルも叱責すれば、彼女も何とか走ってジェラルドの方へ向かった。


 使い魔対抗戦のルールは、使い魔を使って魔法使いの持っているボールを奪う事。


 魔法使い同士は攻撃をすることが出来るが、直接的に相手のボールを奪ってはいけない、使い魔を使ってどれほどコンビネーションを見せて戦えるかが肝の試合になってくるはずだ。


 その試合の練習相手としてはフィリスは役不足ではあるが、そこは手数でカバーできる。


 それに彼らについてはまだ、フィリスが相応しいとか相応しくないとかそういう段階にいないと思う。


 始めた瞬間にはしりだすジェラルド。まったくついていけずに自分の魔術を使わないジゼル、これではいくらジェラルドが良い魔獣で強くともジゼルのボールを取られてしまう。


「お互いに合わせる努力をしないとうまくはいかないと思う。ジェラルドが勝ったとしても、ジゼルが倒れてしまっていては意味がないから、少し話し合ってみて」


 そばに寄り添った彼女たちにそう声をかけてフィリスは、ひと息ついた。


 急に参加することになったのだとしても、やるからにはがんばってもらいたい、杖をしまってフィリスもそばに寄った。


「私がついていけなくてごめんね、ジェリー」

『おう! もっと俺についてこい!』

「うん、魔法の展開も頑張らないと……」


 そうつぶやきながらジェラルドの頭をなでる彼女に、フィリスは道は遠そうだと思うが、仕方ない。


 結局のところジェラルドは一つのことぐらいしか頭に入らない。


 ジゼルについていけといえばジゼルについていくし、敵を倒せと言われればそれに向かっていく、守りながら戦うという選択肢は彼のなかには存在していない。


 この短期間でそれを身に着けさせるのは無理がある、ジゼルが自分へと向けられる攻撃をさばきつつそばに寄るしかないのだ。


 ……それにしても、ジゼルは本当にジェラルドを大切にしているというかなんというか……。


 もっと魔獣なのだから、厳しく接してもいいはずなのだが、どうにも仲良く戯れている彼らを見るとフィリスはそういう気になれなかった。


 ふと三人して固まっていると人の影が差してちらりと視線を向ける。


 するとそこにはジゼルとよく似た黒髪の青年が立っていた。


「相変わらずだな、ジゼル」


 一言その言葉を聞いただけで、すぐになんだか嫌な雰囲気というか嫌悪感を感じてフィリスは驚いた。


 しかし、フィリスよりもさらに驚いた様子ですぐに立ち上がったジゼルは、後ずさって彼を見た。肩をすくめて顔を俯かせるその姿に、彼が、誰なのかフィリスは理解することが出来た。


「あああああっ、アンドレにいしゃまっ」


 どもるどころではなく短い言葉を噛むほど動揺しているジゼルは怯えているという様子が正しい表現だろう。


「っ、ははははっ、なんだその声、気色悪いな。我が妹ながら本当に見苦しい」

「……」

「まぁいい、今日は急に決まった使い魔対抗戦の為に、練習に来たのか? 」

「……はははい」


 彼は小さな声で同意するジゼルのすぐそばまで歩いていき、彼女を見下しながら言う。


「お前のような奴でも、エントリーしたからにはやる気になるんだな、俺はてっきり逃げ出すと思ってたが」

「……」

「それにしてもお前、戦えるのかよ? お前みたいな魔術があるだけのぼんくらに何ができる、言ってみろよ」

「っ、っ、わ、私は……」


 どもるジゼルの肩を小突いてアンドレは威圧的に声を低くする。


 フィリスから見てもジゼルを嫌っていることがわかるほどに、恨みの籠った瞳をしていた。


「ほらいつものおどおどした態度、そんなじゃあルコック男爵家の名に傷をつけるだけだっていい加減、気がつけよ」

「っ、でで、でもアンドレ兄さまが、かっ勝手に……」


 ジゼルの態度に文句を言う彼に、ジゼルも何とか言い返そうと、エントリーの件についてはアンドレのせいではないかという趣旨の事を口にした。


 しかしその意図に気がついているのか将又そうではないのか、彼は、大袈裟に耳に手を当てて「はぁ?」と聞き返した。


 聞き返したくせにジゼルに言葉を言わせる余裕を与えないまま、性格の悪そうな笑みを浮かべて言った。


「魔法学園に居て、お前はルコック男爵家の女だろ、そんな人間がこの使い魔対抗戦に参加するつもりがなかったとでも言いたいのか?」

「ななっ、なかっ━━━━」

「ないってんなら、学園をやめろよ。家業を継ぐのは俺一人でいい、お前はとっとと結婚相手を見つけて嫁に行けよ! 自分の力を過信して魔法使いを目指すなんて飛んだ親不孝な娘だな! まぁ、お前みたいなのと結婚したい男もそう居ないだろうけどな!」


 その言葉にフィリスは、眉間にしわを寄せた。もし、カイルが自分の立場に固執する人間だったら、フィリスだってこんな風に言われていたかもしれない。


 早く嫁に行け、この家にお前の居場所はない。


 そんなふうに不安な時に言われたら、いくらフィリスでも引きこもりになっていたと思う。


 さらにはそれを血のつながった人に言われるなんて想像もつかない。


 唾を飛ばしながらジゼルに興奮して叫ぶアンドレを見て、フィリスは一歩踏み出した。


「ぼんくらなお前みたいなやつはどうせ跡継ぎに選ばれない、お前はただ家で大人しくしてればよかったん━━━━」


 ジゼルの肩を掴んでいるアンドレの手をフィリスは強くつかんだ、そのまま払いのけて間に入る。


 彼は歳の近い貴族で、フィリスも正直、嫌な気持ちを向けられるのは怖かったが、今のフィリスには、ちゃんと本当に対等だと思ってくれる友人がいる。


 足元はきっちりと固まっているので、胸を張って立つことが出来た。


 それにフィリスは人の外見には恐ろしいという感情は覚えない、年上の男だろうがフィリスの方が強いのだ。


 今この場所は何があっても事故で済まされる場所だ、物理で来たら物理で返す。


 むしろ物理できてくれたほうが、反撃の理由が出来ていいぐらいだ。


「なんだ、下級生のくせにっ、お前……」


 アンドレはフィリスと向き合って、すぐにはジゼルと同じように侮った目線を向けてきた。


 しかししばらく睨み合えば、彼はフィリスの立場に気がついたらしく、適当に距離を置いてそれからジゼルを見つめた。


「ジゼルお前、同学年だからって聖女なんか味方につけやがって卑怯な真似を……」


 恨みの籠った声で言う彼にフィリスは毅然とした態度で返した。


「卑怯なんかじゃない、私はただジゼルが好きで友人になっただけ、何か問題があるとでも?」


 相変わらず、すぐには返せないジゼルの代わりにフィリスは言い返す。


 するとアンドレはこれ以上この場にいて、フィリスを貶すような行為は自分の得にならないと理解が出来たらしい。


 ぎりっと歯を食いしばって「見てろ、試合でお前の実力を思い知らせてやる」と捨て台詞を吐いて、自分が練習していた場所へと戻っていった。


 それを確認してから振り返ると、ジゼルは悔しいのか悲しいのか、大粒の涙を流していて、今日の練習を切り上げてフィリスとジゼルは寮へと戻ったのだった。




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