ジェラルドの本性
夜、就寝用のワンピースに着替えてからフィリスはベッドの上でジェラルドと向き合った。
彼は、相変わらず無害な小型犬みたいな顔をしていて、たしかに外見だけ見れば可愛いのだ。
しかし中身はまったく可愛くない。それは変わっていないはずだ。
たとえ信頼していようとも人を殺すことができる規格外の生き物なのだ。
「ジェラルド、あなた昼の話聞いていたでしょ。私の気持ちを汲み取ってあなたからもジゼルに使役されることは出来ないって言ってもよかったんだよ」
目を見つめてそう言うとジェラルドはぱっと口を開けて、なんだか適当そうな声で言った。
『なんでそんなことしなきゃなんねぇんだよ~。俺に得ないだろ~』
「……じゃあ、ジゼルと契約することを望んでるって事?」
『そりゃそうだ。子供だ子供、うまいぞ!』
……隠す気もないか。
この調子でジゼルの前でも話をさせれば、彼女はあきらめるかもしれないと思う。
しかし、ああしてやめた方がいいと反対してしまった後ではフィリスが言わせていると考える可能性もある。
そんな風にジゼルとの仲がこじれるのは嫌だ。
それにどちらにせよ、彼らが契約をしたら必然的にジゼルもジェラルドと話をすることを許容するほかない。
そうでもしなければ使い魔としての体裁が保てないだろう。それにジゼルは名家の出身だ、実力不足とみなされるわけには行かないはずだ。
……だから、ジゼルもジェラルドの危険さに気がつくと思うんだけど問題はジェラルドが取り繕わないかだよね……。
「その言葉包み隠さずジゼルに言えるの?」
『いうわけねぇだろ!』
「……」
これはダメだ、契約をして対価として魔力をもらうときに無防備になったジゼルを喰らう気満々だ。
外見はこんなだが魔力を注がれると、オオカミの姿に戻ることが出来る。そうなれば最後、気弱なジゼルはぺろりと食べられてしまう。
だからと言ってジゼルの事を食べるなと言い聞かせても所詮は口約束だ。守らなかったらもちろんジェラルドを殺すけれども、その時には既にジゼルは死んでいる。
それでは駄目なのだ。
フィリスはジゼルとせっかく友達になった。助けにもなりたいがなにより死んでほしくない。
「……でも、私がジゼルを食べちゃ駄目っていうよ」
『おう! そうかよ!』
「ジゼルを食べたら、あなたを殺すよ」
『へ~、そうかよ!』
フィリスは真剣に話をしているのに、ジェラルドは適当に耳の後ろを後ろ足で掻きながら答えた。
言葉にも真剣さを感じない。
獣の表情などフィリスは読めないが、明らかにこちらの言葉をまともに聞いていない事だけは確かだった。
その態度に腹が立って彼の両頬をつねるように掴んでぐっと引っ張った。
しかし横にぐにゅっと伸びるだけで痛みを感じている様子はない、それどころかフワフワした毛並みに手がうずまってこそばゆくて心地いい。
こんなことではいけないとさらに頬を伸ばした。
『ふゃめろ!』
「……」
フィリスの行動に抗議の声を出すジェラルドは、何故だか舌足らずな声になる。
人間のように口から声を出しているわけではないくせに、どうして頬を引っ張ると舌足らずになるところまで再現できるのか謎だ。
魔力で大きくなったり小さくなったり、人間からの魔力供給で協力してみたり、魔獣という生き物は随分と謎深い。
だからこそ、危険なのだ。その気持ちをフィリスは忘れたことは無い。だからこそジェラルドを信じているとか、愛おしいとかまったく思わない。
手を離してみる。
しかし、今の彼はフワフワでもふもふで、とてもいい匂いがする。
今までは多少野性的なにおいがしていて、たまに鉄臭いときがあるぐらいだったのに今はほんのり石鹸の香りがしている。
毛艶もよくて毛玉の一つもなくサラサラだ。鼻も肉球もぷにぷにでとてもマメな貴婦人にでも飼われている抱き犬のようだ。
「とにかく、ジェラルド、あなたがジゼルに何かしたら、私はあなたにそれ以上の事をする、これは絶対。逃げ出せると思わないで」
『わかってるって言ってんだろ~』
「わかってないから言ってるでしょ」
睨みつけてきつく言うが、彼にはまったく響いていない様子で適当に立ち上がってベッドから降り、フィリスの部屋に置いてある自分の寝どこまでちょこちょこと歩いていく。
そのキラキラした銀色の毛並みの後姿を眺めながら、フィリスはできるだけ期間中に目を離さないようにするしかないかと思うのだった。